キモロン毛、裏山椎名の野望!!!!!
役割
人格というのは0歳から3歳までの間に形成されるらしい。その期間の間に人格の根元のようなものが出来上がるのだ。まあ三つ子の魂百までというくらいだ。
黒髪の短髪、163センチの身長に垢抜けないニキビ面を持つパッとしないルックスの少年、田畑畑作(たはたはたさく)は、学校の帰り道、自身の気弱な性格は一体何が原因なのだろうか、と思いにふけっていた。
彼の両親はとことん彼に愛情を注いでくれた。それは間違いない。決して甘やかしたりはせず、分別のある大人になるよう、熱心に教育した。全ては彼を思っての事だった。
『人の気持ちがわかる人』そうなってほしいと心から願った。
両親の教育は功を奏し、田畑は見事善良で誠実な精神の持ち主へと成長した。彼は虫一匹殺すのさえ、ためらう性格になった。
だが、それが彼にとって幸運だったかはまた別だった。
彼のおっとりした物腰が柔らかい態度は性根の捻じ曲がった者達にとっていじめの格好の的だった。
人に頼まれると嫌と言えない彼の性格は、彼の美点でもあったが、同時に短所でもあった。
いじめっ子たちはそこにつけ込み、彼を使いパシリにした。
嫌がらせは日に日にエスカレートし、殴る蹴るなどは日常茶飯事となり、時にはコンビニに万引きに行かせたりもした、朝、学校に出席すると自分の席に花瓶が置いてある日もあった。
彼の純粋でまっすぐだった心も、もはや崩壊寸前にまで達していた。
「いって…」
田畑は立ち止まって右足の太腿をさすった。野田に執拗に蹴られたため、痛みがまだ尾を引いていた。
その時、横の車道をトラックが過ぎて行った、水溜りを踏んだようで田畑は思い切り水しぶきを喰らった
「ぐああ」
彼は肩を落とし、大きくため息をした。両親に相談しようと思った時もあるが、二人の悲しそうな顔を思い浮かべると、踏ん切りがつかないでいた。
田畑はふと、学校での事を思い出した。あの転校生は、野田から自分を庇ってくれた。彼のような人物こそ、まさしく救世主と呼ぶのだな、と思った。
それと同時に自分は何故彼のような勇気や度胸が無いのだろう、と自己嫌悪に陥った。
田畑はまた、とぼとぼと歩き始めた。
「おい田畑」
背後から耳なじみのある粘着質な甲高い声が聞こえた。田畑が振り返ると、立っていたのは裏山椎名(うらやましいな)という名の男子生徒だった。
187センチの身長に、ギラギラとした三白眼、市松人形を思わせる髪形をしており、体躯は病的なまでに細い、どこか異様な雰囲気を醸し出している少年だった。
彼は田畑にとって唯一の、気の置けない友人と言っていい存在だった。
内気な田畑とは対称的に、裏山は見た目に反し社交的な性格で、よく言えば世渡り上手、悪く言えば八方美人と言えない事も無かった。
田畑にとってディストピアである学校の中で、彼は数少ない心の拠り所だった。
「派手にぶっかけられてたな、兄弟」
裏山はそう軽口をたたき笑みを浮かべながら田畑の傍まで寄ってくると肩に手をまわしてきた。身長差の為か、裏山は若干猫背になった。
「なあ、最近どうなのよ」
裏山が顔を覗き込みながら言った。田畑は何となく彼が言わんとしてる事を察したが、とぼける事にした。
「どうって別に、普通だよ」
「水臭いな、本当かよ。野田の奴にからかわれてんじゃないの?」
田畑は押し黙った。奴の名を聞くだけで腸が煮えくり返りそうになった。裏山に肩に手をまわされているので彼の髪が幾度も顔にちらつき、不快だった。
その時、田畑は歩道の縁石の向こう側にあるものを発見した。
猫の死骸だった。体毛は黒と茶の縞模様。顔や手足には外傷はないように見受けられたが、腹からは内臓が飛び出ていた。恐らく車に撥ねられたのだろう。
二人はそれを横目に通過した。
「ああいうの見てどう思う」
裏山が薄ら笑いを浮かべながら問うてきた。田畑は質問の意図が読めなかったが、素直に答えた。
「どう思うって…気の毒だとは思うよ」
「気の毒…か、まあそうだよな。俺はああいうのを見る度、役割ってのを実感させられるよ」
裏山は冷淡な口調で呟いた。
「役割?」
「そうさ、人や全ての生き物は生まれた瞬間から役割が決まってるんだよ。人生はその役割という軌条に沿った道を歩んでいるだけなんだ。あの猫はああやって車に轢かれて死ぬ役割だったって事さ。俺の考えだけどな」
彼の陳腐な見解に田畑は苦笑いした。
「じゃあ僕はさしずめパシリの役割って事かな」
そう言って田畑は自嘲的に笑った。裏山は遠回しにそう言いたいのではないか邪推した。
「おいおいそう悲観的に捉えるなよ、とはいえ実際気を悪くしないでほしいんだがお前は人の上に立つようなキャラじゃないのは確かだな」
そんな事は百も承知だ、と田畑は思った。
「まあ安心しろよ、野田の奴はお前をからかっていい気になってるようだが、あんな奴はなんの将来性もない、社会のヒエラルキーの最下層に存在する人間だ。それを俺がアイツにわからせる」
裏山は田畑に耳打ちした。
「それが俺の役割だからな」
裏山はいつもの薄ら笑いを浮かべていたが、その眼はどこか剣呑な雰囲気を放っていた。
その迫力に思わず田畑は気圧された。
「わ、わからせるって何する気なんだよ。」
「まあ、それは明日を楽しみにしてろって」
それだけ言うと裏山は田畑の背中を軽く叩き、踵を返してその場を去った。
田畑は去ってゆく彼の姿を見ながら言いようのない不安を感じた。
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