自殺

おっさんを埋葬した翌日の早朝の9月11日。

僕を乗せた船は函館港を出港した。


初めての操船はおっかなびっくりではあったが、ただ向こうに霞がかって見える陸地目掛けて進むだけなら然程さほど問題は無かった。

車もそうだが、初心者は停車したり、マニュアルならばギアをチェンジしたり、曲がるタイミング等を判断することが難しいのであり、ただアクセルを踏んで真っすぐ進むだけならば子供でもできるのだ。

まあ、未熟故に壁とかに擦ったり激突させたりして壊してしまうかもしれないが、予めその車を壊してもいいと言われていれば気楽なものである。

この船も同じで、上陸時に少々ゴンとぶつけてしまったり浜辺に乗り上げてしまっても誰も文句を言わないので、その点では同じである。

あまり気を抜きすぎて沈没とかは勘弁して欲しいが。


そんな感じで1時間ほど波に揺られたところで陸地が近づいてきた。


どうやらそこは漁港らしい。

いきなり上陸してゾンビに囲まれましたってのも勘弁して欲しいところなので、港まであと数十メートルのところで何とか停船させて様子を見ることにした。


……いたよ、やっぱり。

この船のエンジン音を聞きつけたゾンビたちが、わらわらと物陰から姿を現した。

このゾンビ密度は異常である。きっと、以前推理した通りに北海道に帰りたいゾンビが海の壁に阻まれて停滞していたのであろう。


どんどん船着き場まで集まってくる。

その数はやはり、100体を越えた。

うへえ、こりゃ別の上陸ポイントを探すか、ここから狙撃して駆除しないと何とも

ならないな。


ただ、問題がある。


前者はまさしく操船しないといけない。

今まではただ真っすぐ津軽海峡を突っ切れば良かったから何とかなっただけで、任意の場所まで安全に操船するとなると話は別だ。

下手したら遭難することになるかもしれない。


後者は海の壁があり安全に駆除できそうに思うかもしれないが、そもそもクロスボウの矢が全滅させるほど手元にない。

しかも、函館のときと違って今回は水平撃ちである。

只でさえ揺れる船から狙撃しなければならないのに、ほとんどの矢は自家製の羽根さえ付いていないものなのだ。確実にゾンビの頭を破壊できる距離となると、5mくらいまでは近づきたい。

近付きたいのだが、そんな操船技術は、ない。

近付きすぎて大量のゾンビに雪崩れ込まれて終わりという未来が容易に想像できた。


……さて、意外と打つ手がない。

どうしたものか。


真剣に悩む僕に対して、ゾンビどもはフラフラといい気なもんである。

新たな獲物である僕をまっすぐに見つめ、あうー、あうーとか言いながら両手を僕に翳している。


無性に腹が立ってきた。

ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ!!!

何でこんなに苦労しなければならないんだ。

あー、ムカつく!


「邪魔なんだよお前らっ!!!」


僕はイライラをそのまま声にのせ、そう叫んだ。


すると、ここで思いもかけないことが起こる。

ゾンビたちは突如として、船着き場より次々と海にドボン、ドボンと身を投げ出しはじめたのだ。


「はあ?」


僕はポカンと口を開けたまま、その光景を眺めていた。

自発的に飛び込むゾンビもいたのだが、それよりも後続のゾンビの圧に押されてい

るのが拍車をかけているらしい。

海面はアッと言う間にプカプカと浮くゾンビどもの頭と突き上げた腕で埋め尽くされていく。


一瞬、もしかしてコイツらは人間の橋ならぬゾンビの橋状態にでもなって僕のところまで辿り着こうとしているのかもしれないとか考えてゾッとしたが、それは杞憂だったようだ。

そこが海中と認識できてないのかロクに泳ごうともしないヤツらは、そのうち一人、また一人と海底へと消えていったのだ。


察するに、ゾンビどものこの行動は、「海に入れば溺れ死ぬ」という本能と「生者に喰らい付きたい」という欲求の均衡が、僕の挑発じみた叫びによって崩れた結果かもしれないな。

いやはや、予想斜め上の習性だ。

このことをもっと早く知っていれば、函館でももっと楽な駆除法があったかもしれない。

結果オーライだが、僕は脱力を禁じえなかった。



こんな感じで、時々僕の奇声やエンジンの空ぶかしで周囲のゾンビを誘き寄せては煽ってみた結果、ゾンビどもは船着き場に数体を残して姿を見せなくなったのだった。

あとはこいつらを射殺して、ゆっくり上陸するればいい。

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