執念
そう。
あの、おっさんだ。
以前に僕とここまで来て、ゾンビの群れに食い散らかされたはずのおっさんだ。
そのおっさんが、ズル、ズルズルと這いながら僕ににじり寄ってきていた。
その姿は、酷いものであった。
四肢はどれも途中から欠損し、顔面の肉も半分無くて頭蓋骨を剥き出しにさせている。
背中もありとあらゆるところが削り取られており、うつ伏せになり様子がわからない腹部からは腸がはみ出て引きずられていることから、食い破られていることが伺えた。
そんな状態で何故おっさんだと確信できたかと言うと、真っ赤に染まっているとは言え特徴的な小さな目と、息子夫婦から送られたと自慢していたネックレスが奇跡的に首に残っていたからだ。
なんてことだ。
ここまでの肉体を破壊されていながら、このおっさんは生きていたのだ。
人間のままであればこうなってしまえば外傷性ショック死で即死レベルの損傷であったとしても、ゾンビならば重要な臓器に損傷を受けない限りはなかなか死なない。失血死もするのだが、心臓の活動が極端に低い為か、時々失血死前に傷口の血が凝固して生きながらえる個体がいる。
この様な個体は見た目のダメージ相応に脆く、対処は容易だ。
ほんのひと押ししただけで傷口が開き、そのまま失血死するなんてザラである。
普段であれば脅威にはなりえないゾンビってことだ。
しかしながら、上目遣いで僕の目をじっと見ながら、失った手足をゆっくりと前後させながら這い寄るその姿からは、言いようのない気迫のようなモノを感じてしまう。
僕はしばらく、蛇に睨まれたカエルのように動けないでいたのだった。
何分そうしていたであろうか。
おっさんは、僕の目の前2m程のところで前進を止めていた。
千切れた
広がる赤黒い血液。
どうやらギリギリの損傷具合であったおっさんは、お構いなしに動いた結果、自分にトドメを刺してしまったらしい。
僕の目を見たままの赤い目から見る見る生気が失われていくのがわかる。
そして、完全に動かなくなった。
僕は、呆然としばらくおっさんを眺めていた。
そうか。そうだよな。
「……ああ、わかったよ」
僕は我に返りそう呟くと、おっさんに近付く。
そして開いたままの瞼を閉じさせると、彼のネックレスを首から外し、懐にしまった。
「行こう、本土に」
おっさんはきっと、ゾンビの本能のままに僕に喰らい付きたかっただけなのだろう。
しかしながら、僕にはおっさんの帰郷への執念と思えてならなかった。
「いつか必ず、届けてやる」
これで、生き残らなければならない理由がひとつ増えた。
結局、その日は出航しなかった。
本土の港も函館港同様、北海道からの旅行者や出張者、出稼ぎ労働者のゾンビで溢れている可能性もある。下手すれば何日か上陸できないかもしれないので、できるだけ食料や飲料水を積んでおきたかったことがひとつ。
そして、おっさんの埋葬である。
四肢欠損してるとは言え、大人ひとりを獣に掘り起こされない程度の深さまで土を掘るのは結構な重労働だった。
おっさんをやっとの思いで埋葬し、詰み石をする。
そして、札幌の書店から拝借してきた北海道の地図上の埋葬場所にバツ印と「おっさんの墓」と記入した。
いつか、ネックレスと一緒に遺族に渡してやろうと思う。
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