望郷
高く積もった雪の壁が天然の防護壁となった面もあり、札幌コミュニティはほとんど死人を出すことなく冬を乗り切った。
4月に入り徐々に防壁は溶けて小さくなっていく。
不安に思う者もいるようだが、春の訪れというのは気持ちを前向きにさせてくれる。
きっと、生物としての本能なのだろう。
4月18日。
僕にとっては、待ちに待った完全な雪解けである。
これで、東京に帰れる。
しかしながら、それを仲間に伝えたところ、様々な理由で反対された。
・本土都市部は当初よりほとんど連絡がとれない……要するに壊滅状態なこと
・札幌の状況や地方のコミュニティとの無線連絡での情報交換から、都市部な程ゾンビに変貌した者が多くいるらしいこと
・ゾンビは昼間は比較的活動しないが、流石に車やバイクの音がすれば勘付かれること。放置車両や倒壊したインフラ等で足止めを喰らった時に囲まれたらさすがに死ねる。
・第一、青函トンネルは新幹線が脱線して道を塞いでるとのことなので、車両はとても通れないこと。
・てか、整備されて動く車やバイクは貴重で貸せない。自衛隊員の生き残りもいるしヘリも飛ばせれるらしいが、貴重な燃料や消耗品を僕ひとりの為に消耗できないこと。
……反対理由はまだまだある。
あるのだが、いちばん言いたいのは「どうせ行っても危険に見合わない。絶望しかないぞ」ということだろう。
僕が第三者でも、そうやって引き止めるかもしれない。
だが、諦められなかった。
と言うか、諦めると言う選択は、そのとき僕には無かった。
4月22日。
僕は車のディーラーのショーウインドに飾られていた比較的状態の良いハイブリッド車を市内で見つけると、予備燃料や食料等を集め、旅の準備を始めた。
ゾンビの少ない郊外はエンジンで、多い街や都市部は電気駆動で切り抜けるつもりだった。
これで函館までは行けるはずだ。
青函トンネルについては、徒歩でいくつもりだ。
最悪は小型船で津軽海峡を渡るのも考えよう。
素人なので死ぬかもしれんが、大なり小なりの危険は常に隣り合わせの世の中だ。
少々のリスクは仕方あるまい。
青森に入ったら、なんとかまたハイブリッド車を調達しよう。見当たらなければその時はその時で考えよう。
……なんて思ってたら、同行者が名乗り出た。
恰幅の良い人の好さそうな50代の初老の男性だ。
彼は三重県に家族を残してきているらしく、実は三重の離島の生存者コミュニティとの連絡は着いていて、息子さん夫婦の無事の確認は取れているらしい。
そして、これは息子夫婦からもらったモノだと、特徴的な人懐こい小さな目を更に細め、金のネックレスを自慢された。
……そりゃ、逢いたいだろうな。
ちょっと羨ましかったりする。
更に朗報。
この男性は小型船舶の免許持ちということなのだ。
函館港の小型船を動かすことができるなら、大幅に時間と労力の削減になるだろう。
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