黒刃刀姫と水氷蒼刃 Ⅶ

「しっかし、空也もついてないよなぁ。あのガス爆発に巻き込まれるなんてよぉ」


 正志がハンバーガーを頬張りながら気だるげに口を開いた。空也と黒亜、それに正志は三人で繁華街の方へ連れ立ってファストフード店で食事を取っていた。


 空也達の昨晩の戦いは大規模なガス爆発として発表されており、街にはその傷痕が刻まれていた。


「あ、あぁ。本当にな……」


 事の顛末を知っている空也からすると嘘をついているような罪悪感と、自身では抱えきれない大きな問題に対するプレッシャーでどうにも歯切れの悪い答え方しか出来なかった。


「どしたよ? 退院したばっかで食えねぇのか?」


 空也の前に置かれたトレーを指差し正志が問う。その上には手付かずのハンバーガーやポテトが鎮座していた。


「ああ、いや。入院中は病院食ばっかりだったからな。久しぶりのハンバーガーに感動してたんだよ」


 茶化した答え。空也自身ふざけた答えだと思う。だが正志は、


「ハンバーガーに感動する奴があるかよ! まぁいいや。ところで黒亜ちゃんとはどこで知り合ったんだよ? こんな可愛い子、お前の知り合いにいねぇだろ?」


 と、笑いこそすれ、様子のおかしい空也を深く追求するでもなく話題を変えた。それが意図的であることに空也は気づく。触れられたくない部分には深入りしないような正志の気遣いが、空也には嬉しかった。


「ああ、いや、爆発のときに黒亜とは近くに居て、搬送された病院が一緒だったんだよ」


 嘘は言っていない。ガス爆発、ということになっている秋との戦闘に巻き込まれたのも事実だし、同じ病院に運ばれたのも事実。事実では在るが、やはり友に隠し事をするのは胸が痛む空也であった。


「そうだったのか。黒亜ちゃんも災難だったねぇ」


「いえ、そんな……空也に助けてもらったので、そんなに大きな怪我はしませんでしたし……」


「そっかそっか。大事無くて何よりだなぁ」


 正志はうんうんと頷き、ふたりの無事を喜ぶ。その仕草が嫌にわざとらしく空也の瞳に映る。


 空也は内心でため息をつく。正志がこういう態度をとる時は何かよからぬことを企んでいるときであることが多いからだ。


 案の定、正志はにやにやしながら口を開く。


「で、ふたりはもうお互い呼び捨てで呼び合うような仲なのか?」


 空也の予感は的中した。二人の関係性について正志が話題を広げてきたのだ。空也も何の気なしに黒亜のことを呼び捨てにしてしまっているあたり、なるべくしてなった事態であった。


 答えに窮し逡巡する空也を余所に、黒亜は迷いなく答える。


「空也は私の主です」


「ちょっ!? 黒亜!?」


「へぇえ~! 主、ねぇ~?」


 慌てふためく空也と、益々嫌らしい笑みを浮かべる正志、そして何がおかしいのか分からず小首を傾げる黒亜。


「まぁ、その話は空也の家でじっくりと聞こうじゃあないの? なんか外も天気悪くなってきてるみたいだし?」


 正志はにまにまと口角を吊り上げながら提案した。確かに大きな一枚張りの硝子から見える外の景色は、店に入るときと打って変わって薄暗く不気味なものになっていた。


「確かに、急に天気悪くなった……って、お前、うちに来る気か?」


「当然! 空也と黒亜ちゃん二人にしたら何が起きるかわかんないだろ? 主呼びなんて特殊なプレイはちょっと親友として見過ごせないしなぁ?」


「んな!? そんなことしてねぇ!」


「空也? 特殊なぷれいとはなんですか?」


「ええい! もうしっちゃかめっちゃかじゃねぇか!」


 正志が口走ったあらぬ疑いに黒亜が真面目に取りあい、収集がつかなくなっていく。空也はがたっと勢い良く体上がると、


「もういくぞ!」


 と叫び、一人さっさと店を後にする。


「空也!? 待ってください! 何を怒ってるんですか!?」


 すたすたと歩いていく空也の背を追いかける黒亜。そんな光景を眺めながら、正志は静かに呟く。


「……青春だねぇ。刀人も帯刀者もそんな生温いもんじゃねぇけどなぁ」


 その呟きは空也と黒亜の背には届かず、店内に溢れる人々の雑踏に溶けて消えるのだった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 店を出ると、外は深い靄に包まれていた。昼間だというのに店の明かりが靄に拡散し、白い世界にところどころぼやっとした灯りが浮かぶ、どこか幻想的な光景が広がっていた。


「これは……全然前が見えないぞ」


「最近の天気、大丈夫かねぇ? とは言えこいつはまさか……」


 そんな光景を見た空也は間抜けな顔でその光景を見つめていた。先ほどまでは鬱陶しいくらいに晴れ渡っていたのに、急に靄が出たかと思えば街が包まれて一寸先も見えないほどの状態になっていた。


 黒亜も二人の横でその光景をただ見つめていた。幻想的な光景はどこか落ち着きさえ覚えるような景色だった。


 対して正志は、気の抜けた声を上げながらも何か思うところがあるらしく、目を細めながら目の前に広がる靄を見つめ続けていた。


「正志? どうした?」


 そんな正志の様子を怪訝に思い、空也が声を掛けた。それに返事をしようとして正志は驚愕する。


「ああ、いやぁ、何でも――!?」


 隣に居たはずの空也が居なくなっていた。ついさっきまで自分の横に居たはずなのに、その姿がない。


 確かに靄は濃く、視界の確保も難しいがそれでもなにも見えないほどではない。そんな状態で隣に居たはずの人物を見失うなどありえない。異常な事態が起きていた。


 だが、正志はうろたえることなく瞬時に頭を働かせる。


「ミスったなぁ。こんなに早く仕掛けてくるとは……この靄、帯刀者はどこに……」


 正志が独りごちたそのとき、どこからともなく声が聞こえてきた。


「てめぇにゃあたしを見つけらんねぇよ! 赤熱炎刃! 空也があたしのもんになるのをそこで指くわえて見てな!」


 荒っぽい口調の少女の声があちこちに反響するように聞こえてくる。深く濃い靄と不自然な反響のせいで声の発生源がまるで特定できない。


「そういうわけにもいかねぇよ。こちとらお目付け役を言い渡されてるんでねぇ! せいぜい足掻かせてもらうぜぇ!」


 声の主の居場所はわからないが、ひとまず大声で叫ぶ正志。その手にはいつの間にか、揺らめく炎のような刀身を持つ真紅の刀が握られている。


「はっ! やってみろよ! あたしの水霞天幕で一生惑ってな!」


 今度はその声に返事をすることはなく、正志は手にした刀を固く握り直すのだった。

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