黒刃刀姫と水氷蒼刃 Ⅴ
空也と黒亜が病院に運び込まれてから数日。
「これで身体は問題ない。退院でいいだろう」
「ありがとう菫叔母さん。痛みも痺れも全然ないみたいだ」
空也は両手を握ったり開いたり、膝を屈伸したりして身体の状態を確認していた。菫による治療が行われ、傷は跡形も無く消え去っていた。
「黒刃刀姫ももう大丈夫だろう。会いに行ってやるといい。私も後で向かう」
空也は目が覚めてからすぐにでも黒亜に会いに行きたかったのだが、思ったより傷が深かったらしく、菫から面会謝絶を言い渡されていた。
「ああ!」
だが、自分も、そして黒亜も完全に回復した。やっと黒亜に会いに行くことができる。逸る気持ちを抑えきれず、すぐに部屋を出て黒亜がいる部屋へと一直線に向かう空也だった。
白く塗られた壁に包まれた廊下を進み、目的の部屋の前に立つ。扉を隔てて、この中には黒亜がいる。共にすごした時間はたった一日。だが、その一日が酷く濃密だった。会えなかった数日がとてつもなく長く感じるほどに。
空也は深呼吸をして、ドアをノックする。甲高い乾いた音が響く。
「はい。どうぞ」
中から凛とした透明感のある声が聞こえた。その声音を懐かしく感じる空也。確かな安心感と僅かな緊張感を抱きながらドアを開ける。
「空也!」
ドアを開けた人物を目にして、黒亜の顔に笑顔が咲く。黒亜は腰掛けていたベッドから立ち上がると足早に空也の傍に駆け寄ってきた。
「身体は大丈夫ですか!? どこか異常はありませんか?」
真っ先に空也の身体の心配をする黒亜。やはり黒亜は自分のことよりも他の誰かのことを気遣うのだと実感する。
「はは、大丈夫だよ。ずっと病院にいたわけだしな。黒亜こそ大丈夫なのか?」
「私も問題ないです。
黒亜はわずかに呻き、頭を押さえる。まだ戦闘の怪我が全快ではないのだろうか。
「だ、大丈夫か……!?」
「だ、大丈夫です。少し頭痛がしただけです。でも空也が無事でよかった……」
お互い見つめあいながら、しばし無言の時間が流れる。秋達との戦闘でお互い満身創痍の状態で気を失ってから会うことができていなかった。ようやく会うことが出来、お互いの無事な姿を目にして嬉しさが込み上げて来ていた。
「取り込み中悪いが、少しいいか?」
「うわ!? 菫叔母さん!?」
「
二人の間を割って、菫が声を掛けてきた。二人だけの空気を醸し出していた空也と黒亜は急に現れた菫に驚き、ぱっと距離をとった。
「何を驚く? 後から行くと言っただろう?」
菫はやれやれといった風に肩を竦める。
「……というか空也、叔母さんって?」
「え、ああ。えっと
「そうだったんですか!?」
「ああ、そうだが……ふん、そんなことはどうでもいい」
そう言って菫は興味なさ気に鼻をならし話し出す。
「二人とも、刀人と帯刀者、それをとりまく状況についてどこまで理解している?」
菫はつかつかと黒亜の部屋の中に入り、ベッドの脇に置いてあった椅子におもむろに座り、二人を見据えそんな問いを投げかけた。
「どこまでって……正直、全然」
「私も、黄菜……友とのことを考えていたので……父から聞いたことだけしか知りません」
黒亜は黄菜の名を口にすると唇を噛み締め、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。失ってしまった友とのことを思い出しているのだろう。泣き出してしまいたいのに、それをなるべく表に出さないように押さえ込んでいる様子が痛々しい。
だが、菫はそんな黒亜の様子などお構いなしに話を進める。
「そうか……すぐにでも詳しく説明してやりたいところだが、生憎今日はこの後用事があってな……夜にまたここに来れるか?」
「夜に? 別にいいけど……黒亜は?」
「私も用事はないので……」
「そうか。ならば夜の九時にこの病院に来てくれ。守衛には話しておく」
菫はすっと立ち上がると一方的に話を切り上げ、部屋を出て行ってしまった。
二人は呆気に取られて菫の後姿を見送る。
「牧区上昆子先生、独特な方ですね……」
「菫叔母さんいつもあんな感じなんだよな……」
空也と黒亜はお互いに顔を見合わせ、苦笑いするのだった。
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