黒刃刀姫と水氷蒼刃 Ⅱ
「ふん……思考制限に思考誘導か。相変わらず趣味の悪い能力だな」
白髪の男は顔を歪め嘆息し、白い刃の刀を握り直す。
「あ、の人、は私、が……護、る!」
少女は何かに取り憑かれたかのように刀を振るうと、少女の周囲には空気中の水分が凝集し出来た水の玉がいくつも浮かび上がる。そして終いには、大小様々な水の玉が部屋を埋め尽くしていた。
白髪の男の頬に水の玉がかすかに触れると、一瞬で弾け飛び火傷痕のような傷が出来る。
「ははは! それが水氷蒼刃の力だ! やってしま――」
「これが水氷蒼刃の力だと? 笑わせるな。本質を理解せずに振るう力など恐るるに足りん。――
男が得意げな様子で高らかに煽るが、その声よりも早く白髪の男が動いていた。
白髪の男は握っていた刀に一瞬で力を込めると、刀が白い輝きを放ち始める。白い輝きを湛えた刀を右下段から少女に向けて切り上げる様に振り抜く。刀は周囲に浮かぶ水の玉を切り裂きながら純白の弧を描き宙を裂いていく。白髪の男は刀の刃を少女に当てるつもりはなかったらしく、刀で少女が切り裂かれることはなかった。しかし、代わりに刀から発せられた真っ白な閃光が少女を襲う。
一瞬で閃光に包まれる少女。少女の眼前は真っ白に染まり、何も見えなくなってしまう。調子に乗って笑っていた男の顔から笑みが消え、驚愕の色が浮かぶ。
「ば、馬鹿な!? 一瞬で!? 水氷蒼刃もろともだと!?」
「何を言っている? よく見るがいい」
その言葉を聞き、男は閃光で包まれている場所を見る。閃光に飲み込まれ求めていた刀人もろとも消え去ったと思っていたが、よく観察すると閃光の中に人影があった。徐々に閃光が収まってくると、中から少女が現れる。水色の刀を握り呆けたような表情で立ち尽くしている。少女の体には傷一つ無かった。
「は、ははは! 驚かせるな! お前の力はその程度か」
男は再び得意げな声を上げると、醜悪な笑みを白髪の男に向けた。閃光に包まれた少女が無事だったのを見て、相手の力が大したことはないと確信したのだろう。本来は白髪の男がわざと傷つけないようにしていただけだなのだが、そんなことには気づいていなかった。
「哀れな男だな……娘。調子はどうだ?」
白髪の男は憐憫の眼差しを男に向けた後、少女に向き直って問うた。少女は軽く頭を振り、
「えっ? 調子なんて……」
と、そこまで応えてはっとする。先ほどまで男を護りたい、護らなければならないという意志に支配されていたはずなのだが、今はそれが無い。母親や男に対する恐怖心やおぞましさは残っているが、不自然なまでの守護の意思は跡形も無く消え去っていることに気づく。
「上手くいった様だな」
「な、なんだ? 何をした!? ええい早く
男が混乱して喚くが、少女は先ほどまでのような強迫観念じみた意志は抱けなかった。しかし、やはりまだ男に対する恐怖心が残っているせいか、震える手で刀を握り締め白髪の男に対峙する。その切っ先は恐怖にかたかたと震えていた。
「娘。その手にあるのは
「え?」
白髪の男は再び問う。その手に握るものがなんなのかを考えろと。少女は手に握る刀に目を落とす。自分はこの刀で確かに水を操って戦おうとした。制限された思考の中でも、記憶がなくなっているわけではなく、自身が刀を振るおうとしたことは覚えている。普通では考えられない能力が今この手の中にある。
そう思うと少女はいびつな笑みがこぼれるのを抑えられなかった。腹の底にどす黒い何かが湧き上がってくるのを感じる。そして、少女の傍らに霊体化した幼女がふわりと現れてささやく。
「……大丈夫。見て。怖くない」
幼女がすっと男を指差す。部屋の奥で無様に喚きながら膝を着く男。その奥には頭を抱え恐怖に包まれパニック状態に陥っている母親。少女の中で何かが切れる音がした。
「何で……何で私はこんな奴らを恐れて」
少女の中から恐怖心は消えていた。代わりに芽生えたのは明確な殺意。身体を弄ばれ、痛めつけられ、向けて欲しかった愛情は幻で、友との時間だって許されず、全てを支配されて生きてきた。その支配していた存在がこんな矮小な存在達だったなど、そう考えるだけで許しがたいことであった。
少女は部屋の奥へ視線を向けると、一歩踏み出す。
「あんた、何してんのよ! ――ごぶ!」
「おい! 何をしている! 早く――がぼっ!」
男と母親が言い終わる前に少女は刀を振って、大きめな水の玉を作り出し、二人の顔面目掛けて発射する。水の玉は男の頭をすっぽりと包み込む。
「がぼっ! ごぼごぼ!」
二人とももがきながら手で頭を覆う水の玉を払おうとするが、ばしゃばしゃとわずかに水が散るだけで一向に離れる様子がない。そうこうしているうちに二人の抵抗がどんどん弱くなっていく。
「ごぶ……」
そして二人とも脱力し手がだらりとたれ、意識が飛びそうになった瞬間、頭を覆っていたみずがばしゃん、と弾ける。二人は酷く荒い息を繰り返し必死で酸素を求め呼吸をする。
「あは。あはははははははははははは!」
少女がけたたましく嗤った。少女はとても晴れやかな気分だった。自分を支配していた人間が、無様に這いつくばって苦しんでいる。ああ、そうか。母親もこの男もこんな気分をいつも味わっていたのか。そう思うと少女は歯止めが効かなくなっていった。
少女は水の玉をいくつか作り出し、同じようなことを男と母親に対して何度も何度も繰り返す。溺死寸前まで追い込んでは解放し、息が整う前にまた水の玉で苦しめる。そしてまた解放する。最初は少女に対して高圧的な態度を取っていた男と母親だったが、数回繰り返すとすぐに態度は一変し、解放される度に許しを請うようになった。
もちろん、今まで少女の許しを請う言葉に耳を貸さなかった者の言葉など聞くはずもなく、少女は男と母親で遊び続けた。
そうして、散々に弄ぶと男も母親も精神が崩壊したのか目がうつろになり、殺してくれと請う様になっていった。
「もう、いいや」
少女はそう言うと、刀で男と母親を斬りつける。二人の頬にはわずかな傷がつくが、当然致命傷となるほどではない。が、次の瞬間男と母親の体が膨張し始めた。
「おぐっ、ぶべべべべべ!」
「きゃあああ! おごごごご!」
「あははははははははは! あははっはははははははははははは!」
男と母親の断末魔を聞きながら、少女はなおも嗤う。頬に一筋の涙を流しながら。二人の体はなおも膨らみ続け、もはや原型が人かどうかも分からなくなるほどに膨らんだ後、風船が割れるように弾けとび部屋中に肉と内臓の破片、血が飛び散った。
少女は自身を刀の力で覆っており、返り血を浴びることはなかった。一部始終を見ていた白髪の男は、血と肉で染まる部屋で呆然と立ち尽くす少女を見つめる。少女は涙を拭い、部屋をぼーっと見ながら白髪の男に言う。
「……私、あなたと一緒に居てもいい? どうしたらいいかわかんないし」
白髪の男はぶっきらぼうに答える。
「無論だ。帯刀者を仲間にするために俺はここに来たからな」
少女は男の方を見ると、男は背を向け歩き出していた。
「じゃあね、ママ……さよなら」
一瞬少女は悲しげな色を瞳に浮かべる。少女は母親に別れを告げると、白髪の男の後を追って部屋から出て行くのだった。
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