黒刃刀姫と黄金雷刀 終

 轟音と共に崩れ落ちるビル。瓦礫が大地を打つ度塵埃が巻き起こり、それらが倒壊による暴風に乗って空也と黒亜を襲う。空也は目を開けていられず、辛うじて上げることの出来た両手で顔を護る。両手や身体にぱちぱちと細かい砂や塵があたり、耳をつんざく倒壊音は雪崩のように次から次へと鳴り響いていた。


 全身を襲う暴風が治まると、空也は腕を下ろし愕然とする。黒亜も膝を着き目の前の光景に唖然としていた。


「……納刀」


 空也が小さな声でぼそりとつぶやくと、黒亜は実体を取り戻す。だが、自身が納刀されたことに気づいていいないのか、それとも気にかけるだけの余裕がないのか、黒亜はその場から微動だにしなかった。


 二人の目の前にはかつてビルだったものの残骸がうず高く積み上がっていた。


 もちろん、その下に居たはずの人間など見る影も無い。当然だ。落ちてくる瓦礫に巻き込まれ、その下敷きになってしまったのだから。


「黄……菜……」


 黒亜の口から、蚊の鳴くようなかすれた声が漏れた。


「そ、んな……私はただ止めたかっただけで……こんな……」


 黒亜の願いは友をだった。決してその命を奪うことではなかった。だが、その友は瓦礫の下敷になってしまった。生存は絶望的だろう。


 黒亜の頬を涙が伝う。涙は止め処なく溢れ留まるところを知らない。黒亜は涙を拭うこともなく、ただただその場に脱力してへたり込んでいた。


 空也は節々の痛む身体で、なんとか黒亜の隣に移動するとその身体をそっと抱き寄せる。空也の暖かさに触れた黒亜は緊張の糸が途切れたのか、空也の胸に顔を埋め大声を上げて泣き始めたのだった。


 静まりかえった夜の街に響き渡る少女の慟哭。少年にはその悲しみを癒すことはできず、ただ抱きとめることしかできなかった。


「つっ!」


 ただ静かに黒亜の涙を受け止めていた空也だったが、一瞬激しい頭痛に襲われる。それは黒亜も同じだったようで、うっとわずかに呻き顔を歪めていた。


「大丈……夫……」


 空也は黒亜に声を掛けるが、その直後急激な眠気に襲われる。激戦の直後だったせいか知らずに堪っていた疲労が噴出したのだろう、異常な倦怠感に包まれていた。


 黒亜も同じく眠気に襲われているようで、しゃくりあげる音は聞こえるが次第にその音も弱くなっていった。


「くそ……眠っ……あんだけ戦えばそりゃそうか……」


 これまでのこと、これからのこと、黒亜のこと、自分のこと。考えなければいけないことは山積みだったが、襲い来る睡魔には抗えず空也は意識を手放していた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「こりゃ派手にやったなぁ~。でもまぁ……」


 ざりっという靴の底が砂利を踏みしめる音とともに、間延びした少年の声が響き渡った。赤茶色の髪にシルバーの十字架のネックレス。全開のワイシャツとその下から覗く真っ赤なTシャツ。やや垂れた目。荒廃した街の一角に現れたのは正志だった。


「真銘抜刀でこの程度だとしたら、拍子抜けだけどねぇ」


 ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、正志は頭を後ろに倒しながらとぼけた様に言った。


 正志の数メートル後ろには、黒髪をぼさぼさに伸ばし、よれよれの白衣を着た女性が立っていた。女性はふかしていた煙草を右手の人差し指と中指で挟み、口から離すとふぅーっという呼気とともに白い煙を吐き空を仰ぐ。


「あれは真銘抜刀ではないな。ただの過負荷状態オーバーロードだ。真銘抜刀はもっと根源的なものだからな」


 女性は良く見ると端正な顔立ちをしており美しいのだが、化粧っけもなくその出で立ちが全てを台無しにしていた。白衣に包まれた肢体も引き締まっているが、出るところはしっかりと出ておりスタイルは抜群なのだが、その全てを無駄にするほどに女性は見た目に気を使っていなかった。


「ああ、やっぱねぇ。最大出力の真銘抜刀なんてした日には街のひとつやふたつ消し飛んでもおかしくねぇしなぁ」


「そういうことだ。まぁ、派手に暴れるだけが真銘抜刀というわけでもないのだがな」


「あぁ、まぁねぇ。つーか、街こんなにしちまっていいのかよ? 何人死んだかもわかんねぇけど?」


 正志は足元にあった小さいコンクリート片をつまらなそうに蹴飛ばす。正志の言うとおり街の一部は廃墟と化し、そこに居たであろう多くの人々が黄金雷刀の過負荷状態に巻き込まれ命を失った。通常の人間の感覚ならば何かしら思うところがあって当然なのだが、女性は違っていた。


「ふん。この街の人間などただの実験体モルモットにすぎんよ。刀人と帯刀者のデータが取れれば他の人間など知った事か。情報操作くらいどうということはない」


 こともあろうに女性は街の人々を実験体と言い放ったのだ。この女性にとって多くの人の死など取るに足らない瑣末なことだった。そんな女性の様子を見てこれ以上の問答は意味がないと判断したのか、正志は呆れたように言って話題を変える。


「そーかよ。相変わらずなこって……んで、空也と黒亜ちゃんはどうすんだよ?」


「無論、回収する。空也は任せたぞ、正志。私は黒刃刀姫を運ぶ」


「へいへい、了解ですよっとぉ」


 正志の視線の先には道路の上に倒れ眠っている空也と黒亜の姿があった。空也は黒亜をしっかりと抱きとめ、黒亜はその腕の中で安らかな寝息を立てている。


「おーおー、熱いねぇ。さっさと運びますかね」


 ぴったりとくっついている二人を引き剥がし、正志は空也を持ち上げる。うぅっとわずかに呻き声が聞こえるが、空也が目を覚ますことはなく、そのまま正志は右肩に空也を担いだ。


「よいせっ、とぉ。そういや黄金雷刀の方はいいのかよ?」


「問題ない」


 と言う女性の言葉と同時に爆発音が街に響き、崩れたビルの残骸が弾け飛ぶ。正志は、ひゅうっという口笛と共に音のしたほうを見やると、そこには一人の少年が碧色の直刀を携えて立っていた。


「俺だけ二人も運ぶのずっこくね!? なんだかんだ結構大変なんだけど! これ!」


 崩れ落ちたビルの残骸は周囲に散らばり、その中で金切り声で喚く少年。身長は百六十少しといったところか。頭に捲いたバンダナから覗く金髪が目を引くが、さらに特徴的なのはもみ上げと襟足の毛先が深い碧色に染まっていることだ。右手にはリストバンドが捲かれている。黒いティーシャツの上に白いワイシャツを羽織り、下は黒いスラックスという格好だった。


 そしてさらに驚くことに、少年の後ろには丸い薄い膜のようなものに包まれた秋と黄菜が空中に浮いていた。どうやら二人に意識はなく、ピクリとも動かない。少年も帯刀者なのだろう、おそらくその力を以ってして二人を空中に持ち上げているようだった。


「なんだ、居たのかよ? みどりちゃん」


「碧ちゃん言うな!」

 

 碧と呼ばれた少年は憤慨する。どうやら中性的な名前をあまり好ましく思っていないようだ。碧が正志に食って掛かるが、そんな様子を見ていた女性がため息をついて口を開く。


「いい加減にしろ、お前たち。さっさと運べ」


 女性は二人を一喝し、黒亜をひょいっと持ち上げると肩に担いで先に歩き出す。


 それを見ていた碧と正志は、


「ちっ、お前のせいで怒られたじゃねーかよ!」


「いやいやぁ、碧ちゃんのせいでしょ?」


 ぶつくさ言いながら、正志は空也を担ぎ、碧は秋と黄菜をその刀の能力で宙に浮かせたまま、女性の後について歩き出すのだった。


 三人の人物が立ち去った後には、無数の瓦礫と三人の背中を見つめるひとつの視線があった。


「ふふふ。あぁ、彼が私と一緒の存在だったなんて! ヤバイわぁ! あぁもう、達しちゃう!」


 建物の影から現れた人間はパーカーのフードを目深に被って居るせいで表情は読めない。が、その声音が酷く艶やかな響きをしているのはわかる。


 パーカーの人物は棒つきの飴を丹念に口の中で転がしながら、ぶるりと身体を震わせると月が浮かぶ夜空を見上げる。フードからは透き通った蒼色の髪の毛がちらりと零れた。パーカーの人物は舐めていた飴を口からちゅぽっ、と引き抜くと再び宵闇の中へと消えていった。

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