黒刃刀姫と黄金雷刀 XXIII

 大上段から振り下ろされた黒刀から、これまでとは比にならないほど巨大な暗黒の球体が放たれる。球体は全てを飲み込むような勢いで雷切に飲み込まれようとしていた黒滅にぶつかると、一気に押し返していく。


「真銘抜刀だと!? ぐっ、そんな都合のいい展開があってたまるか!?」


 秋は驚愕の表情で目の前の光景を見つめる。追い詰めていたと思ったら、土壇場で真銘抜刀で返された。それは認めたくない事実だった。今まで思い通りに行かないことの方が多かった。だからこそ、強大な力を手に入れた今は縛られること無く思う様生きてやろうと、そう思っていた。しかし目の前には秋にとって甘い考えとしか思えない思想を抱く空也と黒亜が立ちはだかり、そんな未熟な二人に尽くが阻まれている。


 秋にとっては悪夢でしかなかった。


 だからこそ、秋は全てを吹き飛ばそうと持てる全ての力を雷刀に注ぎ込む。どれだけ血を吐こうとも、血を失い目の前が霞んでも、傍らに立つ黄金色の美しい女性が倒れそうになろうとも。


「ひひっ! がはっ! ひゃ、ははははははははははははは! まだまだぁ!」


 秋にはもう周りは見えていない。目の前にいる不愉快な二人組みを殺す。ただそのことに頭の中は支配されていた。


 黄金の渦巻く雷・雷切と、暗黒のすべてを飲み込む球体・村雨が激しくぶつかり合い、周囲の建物を車を何もかもを巻き込んで暴れまわる。黄金の力の奔流と漆黒の力の奔流が混ざり合う光景は幻想的なものであったが、しかし拮抗するエネルギーの余波は周囲を吹き飛ばす勢いを持っていた。


 強大なエネルギー同士はぶつかり合い、そして最終的には二つとも激しい衝撃波を伴い炸裂音と共に破裂する。雷切と村雨は対消滅を起こしたのだった。


 衝撃波に巻き込まれる空也達。立て続けに黒滅を行使した上に真銘抜刀まで行った影響か、その身体にはほとんど力が残されておらず、吹き飛ばされてしまう。


「うわっ!」

「きゃっ」


 だが、それは秋達とて同じことであった。真銘抜刀の連発と左足の怪我。とてもその場で踏ん張れるような状況ではなかった。


「ぐあっ」

「うっ!」


 お互い吹き飛ばされ、空也達は瓦礫に、秋達は背後のビルに強かに背中を打ちつける。衝撃波の影響でビルの上からぱらぱらと秋達に細かい瓦礫が降ってくる。


 両者共にほとんど立ち上がれるような状況ではなかった。


「くそ! 立ち上がるなよ。もう動けないぞ……」


 空也は背中の痛みに耐えながら、正面を見つめる。瓦礫に衝突した拍子に頭を切ったらしく、右目に血が入り片方の視界は真紅に染まる。その視界の中には同じくビルに背を預けぐったりしている秋達の姿があった。ここで立ち上がられたら空也達にもう成す術はなかった。


 祈るような気持ちで秋達を見据え続ける空也達。秋は微動だにしない。ああ、終わったのだと空也達が安堵したその瞬間、雷刀を握る秋の手に力が篭り、雷刀を地面に突き刺す。


「嘘、だろ……?」


 それは悪夢のような光景だった。秋が雷刀を支えに立ち上がったのだ。身体はぼろぼろで、左足の怪我も痛々しい。口からは相変わらずおびただしいほどの血が流れている。それでも、秋はそんな傷などお構いなしに立ち上がった。


「ははっ! あはははははははははははははははははははははははははははははは!」


 けたたましく響き渡る笑い声。空也達は耳を塞ぎたい思いであった。やっとの思いで真銘抜刀を打ち消したと言うのにまだ秋達は諦めていなかった。


 地面に突き立てられた雷刀の輝きが増していく。強まっていく放電は辺りの建物にもぶつかり衝撃を与え始め、落ちてくる破片の数も増えていく。秋の背にあるビルが徐々にだが倒壊し始めているようだ。


「まだなんだよ!」


 際限なく高まっていく雷刀の輝き。秋は空也達に止めを刺すことしか考えていないようだ。自身の真上に振ってくるコンクリートの欠片が次々と落ちてきていることなど、全く気にしていない。


 黄菜もふらふらになりながら、秋の手に己の手を添えている。


「誰一人として俺を必要としなかった! 俺を必要としねぇ社会なんぞいらねぇ! お前らも、この街も全部吹き飛ば――」


 雷刀が一際強い輝きを放ったと思った次の瞬間、雷刀から一瞬で光が失われていた。秋は何が起こったのかわからなかった。もう少しで真銘抜刀できるというところで、急に刀が反応しなくなったのだ。


「あぁ!? おい、なんでっ!?」


 秋は手の中にある刀を握り直そうとしたそのとき、手のひらに感じていた柄糸の感覚が消え、次いで急にバランスが崩れ倒れてしまう。そして、数瞬遅れてのち、すぐ隣からどさりと言う音とともに地面に何かが落ちた。


 秋が音をした方に眼をやると、そこに横たわる人影がひとつ。黄菜だった。


「おい! どうした!? 何寝てやがる!」


 そう言うと秋は乱暴に黄菜の頬を平手で叩く。しかし、うぅっという呻きは聞こえるものの黄菜が眼を覚ますことはなかった。


「くそくそくそっ! 使えねぇ!」


 今まで付き従ってきた存在に対し倒れたら労わるどころか暴力を振るい、挙句使えないとのたまう。空也と黒亜でなくても酷く不快な光景だった。


「おまえっ! 今までその人はあんたを支えてきてくれたんじゃないのか!?」


 自由の利かない身体を少しずつ起こしながら空也は叫ぶ。立ち上がるだけの体力は残されていないが、秋を糾弾することくらいならできる。酷い倦怠感で今にも気を失いそうになりながらも、空也は必死で言葉を発する。


「周りはあんたを必要としなかったかもしれないけど、んじゃないのかよ!?」


「っっっ!」


 空也の言葉に一瞬はっとする秋。ほんの一瞬だが確かにそうだと思ってしまった。秋の周りの人間は秋を必要としなかった。居ないものとして扱った。だが黄菜は、黄菜だけは違った。どんなことがあっても付き従い、秋の望みを叶えるために尽力していた。


 そこには黄菜の望みももちろんあっただろう。だが、それ以上に黄菜の、自身の帯刀者に対する想いが強かったのは明白だった。それを一瞬でも思い直した秋は黄菜を見つめる。自身が叩いた頬は赤く染まっている。力を使い果たしたのか黄菜はいまだ目覚める気配はなかった。


「……せぇ」


「は?」


 秋は何かをぼやいた様だが、空也は上手く聞き取れなかった。だが、そんなことを吹き飛ばすような光景が空也の目に飛び込んでくる。


 秋の背にあるビルがついに崩れ、巨大なコンクリートの破片が次々と降り注いできたのだ。


「って、おい! 早くそこから……」


「うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇーーーーーー!」


 空也はその場から離れるように秋に忠告しようとするが、秋は思考を放棄し駄々っ子のように叫び、話を聞き入れなかった。


 未熟だと思っていた人間にわずかながら諭されてしまった。秋にとってそれは到底認められないものであり、受け入れがたいものであった。だからこそ叫ぶしかなかった。


「聞こえないのか! 早くそこから離れろっ!」


 空也は血相を変えて叫ぶ。空也達も身体に限界が来ており指一本動かせない状況だ。とてもじゃないが秋達を助ける余裕はなかった。


 降り注ぐ瓦礫はその勢いと数を増し、遂には秋と黄菜目掛けて落下してくる。


「くそくそくそくそく――」


 秋は叫び続けていたが、その叫びも降り注ぐ瓦礫が熾す轟音に飲まれてしまう。このままでは命が危ないことなど秋は百も承知だった。だが、壊れた左足ではどうやっても逃げきることなどできはしない。黒髪の少年は眼の前で起きていることに気が動転して、そのことなど失念しているのだろう。


 降り注ぐ瓦礫が酷く遅く感じられる中、秋は考えていた。このまま終わるのかと。やっと自分の思うまま生きれると思ったのに、もう終わってしまう。方法が間違っていたことなど承知の上。今まで自分がされたことだって正しいことではなかったはずだ。それなのに自分には何も許されない。世の中は理不尽だ。自分を虐げてきた人間は他の誰かに受け入れ、認められて生きているのに、自分は誰にも――


 そこまで考えて、秋は少年の言葉を思い出し自嘲気味に笑う。この世界でただ一人自分を受け入れて、認めて、付き従ってくれた人間が居る。他の誰も認めてはくれないがその人だけは違う。


 秋は必死で身体を引き摺りながら、傍で倒れている黄金色の女性を庇うように覆いかぶさる。細かい瓦礫は女性に当たっていたようだが幸い怪我はしていないようだ。


「ぐっ! あんなガキに教えられるなんてな……」

 

 大小様々な瓦礫が秋を打つ。鈍い痛みが背中に走り、頭からも血が流れている。こんなことをしても秋も黄菜も助からないだろう。それでも、秋は決して体勢を崩さなかった。


「……ん、うぅ……っごふ! 秋、様!?」


 黄菜は咳き込み血を吐き出すと眼を覚ます。そして自身の置かれた状況に驚愕する。秋が自身に覆いかぶさり、雨霰のように降り注ぐ瓦礫から自分を護っていたのだ。


「眼が、覚めたか? 大丈夫、か?」


 そう優しげに語り掛けるあるじの顔は、憑き物が落ちたかの様に晴れやかなものだった。


「秋様っ! 何を!? このままでは秋様がっ! 早く私を抜刀――」


「いや、いいんだ。つーか抜刀してももう体力がな。それにお前は俺より酷ぇだろ? どの道、この状況じゃ手遅れだ」


 悪戯っぽく笑う秋。確かに秋も黄菜も限界であり抜刀したところで雷崩を扱うだけの体力など残されていない。しかし黄菜にとって、このまま目の前で主が失われることは受け入れがたいものだった。


「い゛や! いやでず! 秋様! 私は、私はっ!」


 黄菜は駄々をこねる子供のように頭を振り、涙で顔をぐしゃぐしゃにして叫ぶ。自分の命などどうでもいい、やっと巡り会えた主だけはなんとしても助けたかった。


「黄菜」


 なおも秋は優しく語りかけ、


「最期、くらい、かっこつけさせてくれよ。つっても、お前がどんだけ大切だったのか気づいたのはついさっきだったんだけどな」


 はにかみながら微笑む。その笑みも降りしきる瓦礫があたる度に苦しげに歪むが、それでも秋は笑みを絶やすことはなかった。


「じゅう、ざま?」


「急にわかわかんねぇよな。気持ち悪ぃよな。でも、そう思っちまったからなぁ。間違えたなぁ」


 秋はポツリとつぶやく。もっと早く、黄菜が自分にとってどういう存在なのか気づいていれば何か変わったかもしれない。ああ、でも出会ったときから人殺してるから結局は変わらないか。などと取りとめも無いことを考える秋。その頬をふと暖かいものが包む。黄菜が両手で秋の頬に触れていた。


 黄菜はずずっ、と鼻水をすすって気丈に告げる。


「いえ……秋様……私の主様……私は、あなたの刀と成れて本当に幸せです」


 そう言って笑う黄菜の顔はとても美しいものだった。口に付いた鮮血も、泣きはらした目も、頬を伝う涙も、すべてが輝いていた。


「ったく。物好きだな」


「それはもう、秋様の刀ですから」


「それもそうだな」


 そう言いながら笑い合う二人は瓦礫に飲まれ、そして遂にその姿は見えなくなった。

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