黒刃刀姫と黄金雷刀 XXII
「うっぐ!」
「あうっ!」
秋の雷撃に弾き飛ばされた二人は、痛む身体を無理やり起こす。よろよろと立ち上がると、目の前に広がる光景に眼を疑った。雷による街の蹂躙が終わった後の光景は、目を逸らしたくなるものだった。
「な、なんだよ……これ……」
「こ、こんな……ことって……」
秋の目の前から円筒状に大地と街が貫かれており、それが遥か彼方まで続くのではと思えるほど遠くまで達していた。雷がその射線上にあった物体、地面すべてを飲み込み破壊しつくしたのだ。
一体どれほどの被害が出たのだろうか。秋が少し暴れまわっただけでも尋常ではない被害が出ているというのに、それを遥かに上回る被害がでたのは一目瞭然であった。
これが、秋の言う解放だった。
「っはあ、はぁはぁ、っがは! はっ! ひ、ひひっ! こ、これが『真銘抜刀』だ。何もかも全部ぶっ壊してやる。次は外さねぇ! がふっ!」
秋は狂ったようににたにたしながら笑う。口から一筋の鮮血を流しながら。
街を穿ち貫くほどの威力のある一撃を放ったのだ、その身体にかかる負荷は想像を絶するものだろう。
「ごふっ! 秋、様っ! ご無事、ですか!?」
黄菜も口から血を吐いている。帯刀者である秋への負荷が刀人であり黄菜に反転しているのだ。だが、黄菜は己のことなど気にかけず、ただ主である秋の身体の心配をしていた。
「くそっ!? なんでだ!? 前はこんなことにならなかったのに……まあいい! そんなことは。こいつらを殺すことが先だ!」
秋は黄菜の言葉も聞かず、己の身体すらも省みず、口元から流れ出る血を乱暴に袖で拭うと、再び刀を上段に構え空也達を見据える。その眼には狂気だけが宿っていた。再び黄金の雷刀がバチバチとスパークし始め、刀にゆっくりと輝きが集束していく。
相対する空也もすぐさま黒刀を傷ついた手に持ち、正眼に構える。だが、空也には秋の真銘抜刀を防ぐ手段が何も思い浮かばなかった。
「あんなの、とてもじゃないけど防げないぞ……駄目もとで聞くけど、あれって俺たちにもできるのか?」
空也は傍らで浮遊する黒亜に尋ねる。自分達にも真銘抜刀を使うことができれば、この状況を覆すことができるかも知れないというのは至極全うな発想だろう。しかし問われた黒亜は、
「ごめんなさい、あんなことができるなんて……真銘抜刀するには、きっと刀としての
唇を噛み締めながら答える。その様子は両の手をきつく握り締め、悔しさに耐えているようだった。
この土壇場に来て秋と黄菜の行った真銘抜刀。それは想像を絶するほどの力であり、その力に真正面から立ち向かうには真銘抜刀を行う他無いのだが、黒亜にはその鍵となるであろう己の銘が分からなかった。そもそも真銘抜刀自体を知らなかったのだから己の銘が分からないのは無理もないのだが、それを嘆いていられる状況ではなかった。
「だよな……となれば、黙って待ってるわけにはいかないよな!」
言うが早いか、空也は地を蹴り秋との距離を詰める。もう一度真銘抜刀されたら今度こそ空也達に次は無いだろう。先ほどは運よく咄嗟に避けることが出来たが、次も上手くいくとは限らない。それならば力を溜めている今のうちに止めるしかない。左足に深手を負っていることに狙いをつけまずは体勢を崩すために黒刀を右下段に構え、切り上げようとする。
「そんなことは見え見えなんだよ!」
だが、対する秋もただ突っ立って力を溜めているだけでは狙われるのなど百も承知の上だ。頭上の刀に向けていた意識をわずかばかり自身の周囲に向け、力を走らせる。
弾ける様な音と共に、秋の周りに電撃が激しく降り注ぐ。まさに刀を振りぬこうとしていた空也は、堪らず自身の周囲を黒滅で覆い、雷撃を吸収しながら跳び退く。
「くっ!」
「ははっ! てめぇの力が何なのかわからねぇが、これで近づけねぇだろ! ほらほら早くしねぇとぶっ放しちまうぜ! ごふっ! きひひひ!」
秋は血反吐を吐きながら狂ったように嗤う。もはや自身の身体などお構いなしに力を高めていく。雷刀に力が集束しきるのも時間の問題だろう。
「だったら……こっちも全力でぶち込むだけだ!」
空也は雷撃に当たらない範囲まで離れると、秋と同じく黒刀を上段に構え全力で振りぬき、叫ぶ。貫かれた両手が疼くが、気にしてなど居られなかった。
「黒、滅っっっっ!」
黒く渦を捲く巨大な球体が、黒刀から放たれる。刀に集う雷光を阻むように黒滅をぶつける。
秋を包む結界のように降り注ぐ電撃を飲み込みながら、黒滅が秋に迫る。空也は、黒滅がこのまま雷刀に集う力とぶつかり合い対消滅を起こすことを狙うが、秋はそれを許さない。
「ちっ! がはっ! 本っっ当に、イラつかせるなぁ! いいぜ、まだ完全じゃねぇが、ぶっ殺してやるよっ! 黄菜ぁぁぁ!」
「ごぶっ! はっ! 秋、様っ!」
秋と黄菜はおびただしい血を吐きながらも、憎悪に満ちた瞳で空也と黒亜を睨みつける。黄菜は雷刀を握る秋の手に自分の半透明の手を沿え、共に咆哮する。
「「真銘抜刀――雷っ、切ぃぃぃぃ!」」
雷刀が黄金の輝きを伴いながら振り下ろされる。夜の闇を切り裂く煌めきは幻想的で見惚れてしまう程の美しさだ。だが、その黄金の輝きは次の瞬間には街を飲み込まんとする雷の激流と化す。
雷光が集束しきる前に放たれた雷切は先ほどよりも弱いものであったが、しかし十分な威力を誇っていた。渦を捲く雷と漆黒の球体が真正面からぶつかりあう。
拮抗するかに見えた二つの力であったが、徐々に黒い球体が雷の渦に飲まれ始める。不十分とはいえ、やはり真銘抜刀の前では黒滅では太刀打ちできないようであった。
「不完全でもこの威力なのか! それでもっ!」
「はい! ここで諦めるわけにはいきません!」
空也と黒亜は互いに頷きあう。黒亜は空也の背後で支えるように手を空也の背に置く。二人はここで退くわけにはいかなかった。諦めてしまえばすべてが終わる。そして秋と黄菜を野放しにしてしまえば、この先犠牲者が増え続けることだけは火を見るより明らかだった。
「「黒! 滅っっ!」」
二人は二発目の黒滅を放つ。飲み込まれかけていた一発目の後ろから二発目がぶつかり、その威力を増大させ、雷の渦をなんとか押し返す。その直後、急激な脱力感が空也を襲い、膝を着く。顔から血の気が引き、頭がぐらぐらする。眼も回っているようだ。
「くっそ、なん、だこれ!?」
「く、空、也!? っ!」
急に崩れ落ちた空也を心配する黒亜だったが、空也と連動している黒亜にも同じような症状が現れているようだ。
空也は、自分を護るために小規模の黒滅を短い間隔で展開したことはあっても、高威力の黒滅を二回発動したのはこれが始めてだった。使い慣れない強大な力は、空也の身体にも尋常ではない負担を強いていたのだ。
「どう、した? ま、だまだいくぞ! ぐぶっ」
「秋、様! も、う、お身体、が!」
「うるせぇ!」
空也の様子を見た秋はチャンスとばかりに雷の威力を上げようとする。秋の口から溢れ出た鮮血がその衣服を真紅に染める。黄菜が吐き出した紅血がその雪のような真白な肌に落ちる。黄菜の忠言を受け入れることなく、一切合切をかなぐり捨て雷刀に己の力を注ぎ込んでいく。
雷の渦は再び威力を増し、再度漆黒の球体を押し返し始める。勢いの増す雷に対して、空也達は酷い脱力感が襲う身体に鞭を打ちながらも立ち上がり、再び反撃を試みる。
「まだ威力があがるのか!」
空也も黒亜も身体は限界に近い。貫かれた両手はほとんど感覚がなく、目視しないと刀を握っているのかさえもわからないほどだ。膝も笑っており、今にも崩れ落ちそうだ。それでも空也はもう一度黒刀を握り締め大上段に構える。おそらく、黒滅はあと一発打つのが限界だろう。
黒亜も空也に寄り添うため、空也の手に己の手を添えた時だった。
「――っっっ!」
黒亜の眼前が一瞬紫色に染まり、激しい頭痛が襲う。ふらりとわずかによろめく黒亜だったが、軽く頭を振ると、頭痛は消えていた。
「黒亜!? 大丈夫か!?」
「なん、でもありません。少し頭痛がしただけです。それより……」
急に辛そうな表情を見せた黒亜を心配する空也であったが、黒亜は気丈に振舞う。黒亜は空也を決意の篭った瞳で見つめ。ある言葉を発する。
「真銘です!」
「え?」
「真銘が、わかりました!」
頭痛が過ぎ去った黒亜の頭にはひとつの言葉が浮かんでいた。それは己の真銘。
「なんで急に……」
「それは……私にもわかりません」
なんで今になって急に真銘が判明したのか、それは二人にもわからないことだった。危機に瀕したことによって力が覚醒したのか、何かきっかけがあったのか。不明なことだらけだったが、今はそんなことを気にしていられる状況ではなかった。真銘抜刀に縋らなければ、この場は切り抜けられないだろう。
黒滅の酷使によって限界の身体でさらに真銘抜刀を行えばどうなるかわからない。だがそれでも二人にはそれ以外の選択肢はない。黒亜は空也に耳打ちすると、二人は頷き合い真正面を見据える。その先には狂気に塗れた秋と黄菜が立っている。その二人もすでに身体はぼろぼろで、おびただしい血液が足元に散乱している。
「やるしかないよな……黒亜!」
「はいっ!」
空也と黒亜は覚悟を決めて、叫ぶ。
「「真銘抜刀――黒刃刀姫、
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