黒刃刀姫と黄金雷刀 XIV

 両腕で顔を庇う空也。一体何が起きたというのだろうか。混乱していると何かが転がってきて足にぶつかる感触がした。それは少しずっしりとしていて、暖かい。


「な、何が起きて……ひっ! う、うわっ! うわぁぁあぁぁあぁぁぁ!」


 空也の足に当たっていたのは黒亜だった。来ていた着物は黒く焼け焦げており、美しかった髪の毛も、ところどころ焼けて縮れている。辺りには硫黄の鼻を突く匂いが漂っている。


 一気に胃酸が咽元まで駆け上がってくる。


 ――吐くな!


 空也は自分にそう言い聞かせると、両手で口を覆い、吐き出す一歩手前でなんとか胃酸を飲み下す。吐いてはいけないような、吐いてしまったら黒亜を汚してしまうような、そんな気がして、過剰に運動を続ける胃を気合で押さえ込んだ。


 ひとまず落ち着いた空也は、すぐに黒亜を抱き上げ、安否を確かめる。黒亜は全身を脱力しきっており、空也の両腕にずっしりと人一人分の重さがのし掛かる。


「黒羽さん! 黒羽さん!」


 黒亜を揺さぶるが反応がない。息は辛うじてしているように見えるが、手に伝わってくる温もりも、体温から来るものなのか、先ほどの雷光による熱なのかわからなかった。


「目を、目を開けてくれ! 俺はまだなにも答えを出してない! 君に何も伝えられてないんだ!」


 空也は必死に叫ぶ。まだ自分は何も少女に返事をしていない。これからどうするのかも、どうしたいのかも何も伝えないまま、少女が失われようとしている。わけもわからないまま叫び続けていると、自然と頬を涙が伝っていた。


「これは、威力を上げすぎたねぇ。死んでるんじゃないかい? はははっ!」


 人を小馬鹿にしたような、ねちっこい言葉と、不快な笑い声が空也と黒亜に浴びせられた。


 空也は声のした方を向くと、公園の入り口に、黄金の刀を右肩に担いだ電撃を操る男が立っていた。隣には黄金の女性が浮いている。黄菜だ。


「やっと見つけたよ。まったく、手間取らせないで欲しいね。こっちはまだまだ殺さなきゃいけない人間が山のようにいるって言うのに」


「秋さま、これほどまでに手を焼かれるのであれば、もういっそ黒亜など殺してしまいましょう。刀人ならまだまだ居ます。黒亜一人がどうなろうと、どうということもありません」


 黄菜はさらりと言ってのけると、男の首に両腕を回し熱っぽい視線を送る。とても友達だったとは思えない発言だ。


「駄目だ。この腐れた世界をぶち壊すのにはまだまだ力が要るんだよ。そいつに死なれちゃ困る。嫌が応でも『脇差』になってもらわねぇとな」


「……承知しました」


 男と黄菜はなにやら話しているが、空也の耳には入ってこない。正確には聞こえているが理解が及ばない。

 

 ――こいつらは一体何を言っているんだ? どうしてここにいるんだ?

脇差? 黒羽さんがこんな状態になってるんだぞ? そもそも女の方は昔友達だったんじゃないのか?


 怒りなのか、恐怖なのか、空也自信にもわからない感情と、なぜ男達がこの場にいるのかという疑問がない交ぜになって思考が纏まらないでいた。


「ん? さっきのガキもいるんだね。邪魔だなぁ」


 じゃりっじゃりっと、公園の砂を踏みしめる音が続き、男が段々と空也達に近づいてくる。


「今、抜刀すれば『脇差』に出来るかな? ……なぁ君、邪魔だから消えてくれないかい?」


 男は中途半端に丁寧な口調で告げる。


「……い、いやだ」


 恐怖でがちがちと打ち鳴らす歯の間から、辛うじて拒否の言葉が出たが震えは収まらない。


「あ、そ」


 ひゅん、と何かが空を切る音がしたかと思うと、空也のすぐ傍の地面が破裂した。砂利がバチバチと体を打つ。地面は真っ黒に焦げていた。男が刀を振り下ろし、雷撃を放ったのだ。


「もう一度だけ言うけど、消えてくれないか? 次は今の比じゃないよ?」


 さらりと最後通告をする男。


 空也は動けなかった。恐怖が体を支配して、四肢には無駄に力が入っているのに、脳からの伝達が上手くいかない。


「そんな女は見捨てて、何もなかったことにした方が楽ですよ?」


 黄菜は優しい口調で、優しさの欠片も感じられない言葉を空也に投げかける。聞き捨てられないその言葉。それを聞いて、空也はゆっくりと顔を上げる。数メートル先に男と、男を愛しげに抱く、おぼろげに霞んだ金色の女性の姿があった。


「……あ、あんた、黒羽さんの、と、友達じゃなかったのか?」


 体はまだ震えて動かないが、口なら何とか動く。呂律も回っているとは言い難いが、それでも必死に動かして、問う。何故、一度は友であった者を痛めつけ、そして挙句見捨てろとまで言うのかを。


 黄菜はめんどくさそうに口を開いた。


「友? 友とは何ですか?」


 発せられた言葉は信じられないものだった。黄菜は黒亜を友だとすら思っていなかった。今も、昔も。そもそも黄菜に友という概念が無い。それでは黒亜は何のためにぼろぼろになりながらもここにいるのか。さっきの涙は何のために流したものだったのか。全て無駄だったというのか。腕の中でぐったりとしている健気な少女のしてきたことが、否定されようとしている。


「あんたはっ! あんたは、この娘と一緒にいたんじゃないのか!? この娘はあんたのことを友達だって! 酷い状況にいるあんたを救う力がないから、せめて友達で居続けようって! そう言ってたんだぞ! あんたのために涙も流して! こんな知らない街に一人で来て、居なくなったあんたが暴走してるかもしれないって、止めるために! こんなにぼろぼろになってまで!」


 溢れる感情は決壊したダムのように、言葉となって一気に溢れ出す。ただただ溢れ出るものをそのままぶつける。何を言っているかなんて空也自身にすら分かっていない。この少女がしてきたことをなかったことになんてしたくない。その想いだけが空也を突き動かす。気付けば恐怖に縛られていた体は熱を帯びて、自由に動くようになっていた。

 


 それでも、現実は非情だ。これが、黒亜自身の言葉であったなら結果は違っていただろうか。



 金色の光が、空也の前に降り立つ。金色のヴェールが眼前に広がったかのような錯覚を覚え、目を奪われそうになる。だがその美しさはどことなく冷たく、無機質だ。


「……はぁ。ですから、友とはなんですか? 私と黒亜は奴隷と、奴隷を扱う家の娘。ただそれだけですよ? 私を救う力が無い? そもそも救うという発想自体が傲慢で、自分を上に置いている者の考えなんですよ」


 金色の女は、吐き捨てる。苦虫を噛み潰したような、心底苛ついたような顔で。黒亜を、空也を見つめるその瞳は、まるで道端で潰れた虫を見るようなひどく冷めたものだった。

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