黒刃刀姫と黄金雷刀 XII
「これは、凄いな…ていうか、黒羽さんはどこに…」
手の中にある刀に見とれていて、黒亜の存在が目の前から居なくなっていることに気付いた空也は、ぼそりと呟く。すると間髪居れず、
「ここですよ」
と声が聞こえてきた。それも空也の真横から。
「うわっ!?」
空也は飛び跳ねる。右を向くと、黒亜がふわふわと浮いていた。全身は半透明に透けている。
「そんなに驚かなくても……それにさっきも言いましたが、黒亜でいいですよ?」
「いきなり呼び捨ては……ってそうじゃなくて! なんだこれ!? なんで浮いて!? なんか透けてるぞ!? ていうかどこから!?」
「何故、と言われましてもこういうものだと思ってもらうしか。私も抜刀されたのは初めてですし……何か不思議な感じですね、浮くというのは。それよりも信じていただけましたか? その手にしている刀が私ですよ。ちなみに抜刀されて始めてわかったんですけど、刀人はこの霊体みたいな状態で刀の中に居て、出入り自由みたいです」
消えたり現れたりを繰り返す黒亜。初めて抜刀され、黒亜も心なしか興奮気味のようだ。
空也は刀と黒亜をまじまじと見つめる。全てを塗りつぶす漆黒の刃。これが一人の人間であるなどと、未だに信じがたい事実である。
「これが……」
「今一歯切れが悪いですね?」
「い、いや信じてないわけじゃないんだ。ただ、実感がわかないだけで……」
「んー、それでは、刀の力をお見せしましょうか?」
「刀の力?」
空也の頭に疑問符が浮かぶ。刀の力とはなんだろうか。先の戦いで男が使った雷撃のようなものだろうか。などと考えていると、ふわふわ宙を漂っていた黒亜が口を開く。
「お察しのようですね。もっとも私の場合は能力が違うので雷撃ではありませんが」
「ここで雷撃ぶっ放すのは勘弁していただきたい」
空也は即答した。オール電化のアパートで電撃は死活問題である。現に昨夜から今朝まで停電で何も出来ず、なけなしの食物は腐敗する始末。刀の力が雷撃でなかったのは幸いだ。もっとも、食物の腐敗は空也に責任があるのだが。
「なにか、要らない物はありますか?」
「要らない物?」
空也は部屋を見渡す。急に要らない物といわれても即座には見つからない。テーブル、ベッド、冷蔵庫に電子レンジ。ゴミ箱の中身は今朝ゴミ出ししたばかりで空だ。空也は立ち上がって部屋の中をうろうろする。刀片手に部屋をうろつく姿は非常に危ない絵面だった。
「探してみると無いもんだな……っと、これでいいか」
空也が手に取ったのは、学生鞄から取り出した藁半紙のプリントだった。鞄の中に長い間入っていたのか、くしゃくしゃな上にところどころ破れている。
「……どれだけ整理してなかったんですか」
それを見た黒亜は呆れ声だ。
「大きなお世話だ。何のプリントかわかないけど多分、大分前のだし要らないからいいんだよ」
空也はそう言って、詳しく確認もせずにプリントを丸める。プリントには進路希望調査票と書かれていた。
「まぁ、村上さんがいいなら構いませんけど」
「いいよ。で、どうすればいいんだ?」
「ではその丸めた紙に刀を向けてください」
「こうか?」
漆黒の切っ先を丸めたプリントに向ける。蛍光灯の光に照らされ、刀が一瞬煌く。
「それで大丈夫です。では刀の先から紙に向けて力を放出するイメージで、『黒滅』とおっしゃってください。軽いイメージでいいですよ?」
「よくわからないけど……軽く、軽く……黒滅」
次の瞬間、プリントが漆黒の球体に包まれた。球体は中心に向かって高速で渦を巻くように回転している。
「うわ!? なんだこれ!?」
「これが私の刀としての力、『黒滅』です。もう終わりますね、見てください」
黒亜がそう言うと、漆黒の球体が徐々に小さくなっていき、遂には消滅した。球体が消えたあとの空間には何も存在していない。虚空。あったはずのプリントはどこにも見当たらない。テーブルも少し抉れている。
「こ、これが黒羽さんの……つーかテーブル! テーブル抉れてる!」
「力のイメージが少し大き過ぎたみたいですね。というか、黒滅に驚くよりテーブルの心配が優先ですか」
「テーブルだってタダじゃないんだぞ!? 貧乏学生に余計な出費はきついんだよ!? ……ていうか、そもそもこの黒いの本気で放出したら結構ヤバいんじゃ……」
「この建物ぐらいなら楽に消え去りますね、恐らく」
黒亜は事も無げにさらりと告げた。
「はあ!? なんつー物騒な!」
もしこの力を人に向けたらどうなってしまうのか。答えは明白だ。人の命などたやすく奪ってしまうだろう。それを考えるだけで、空也の背中にひやりとしたものが走るのだった。
「刀人の力とはそういうものなんです。私の『黒滅』は包み込んだものの存在を消滅させる力です。使い方次第で様々な場面に対処出来ると思います。ただ、性質は違えど、どの刀人の力もこの世界のバランスを根底からひっくり返す可能性を秘めたものなんです。だから、この力は私利私欲のために使っていいものではないんです……例えどんな理由があったとしても」
黒亜は下唇を噛み締め、己に言い聞かせるように呟いた。そこにどんな決意があって、どんな理由があるのか空也には想像することもできないが、唯一つ言えること、それは黒亜が自分の力に対して真摯に向かい合っているということだった。
「黒羽さ……」
「……取乱しました。今のが私の刀としての能力『黒滅』です。いかがですか?」
「いかがもなにも、超常現象すぎて信じるとかの次元の問題じゃないが、まぁ、ここでグダグダ言ってても先に進まないしな……っと、ところでどうやったら人の姿に戻れるんだ?」
人から刀へは『抜刀』の一言で変化した。当然、刀から人への変化も何かキーがあるはずである。
「それでしたら、『納刀』と仰って頂ければ大丈夫です。ただ、抜刀も納刀もお互いが触れてなければできないみたいですけど」
「そうなのか。じゃ、まぁさっそく……納刀」
空也が言葉を発すると、手の中の漆黒の刀は霧散し、変わりに隣にふわふわと浮いていた黒亜の体が実体化し、空也の隣に着地する。どうやら実体化の際には霊体が居た場所に現れるらしい。
黒亜は空也に向き直って言う。
「『納刀』は刀人の意志のもと行うこともできますが、今回は村上さんに実感してもらうために納刀していただきました。以上でとりあえずは刀人と帯刀者については終わりです」
「まぁ、なんとなくは理解できたよ。相変わらず実感は持てないけどね」
「急でしたから仕方ないかもしれませんね」
刀人と帯刀者の関係についての話を終え、次の話題に入る。
「今の説明でだいたい答えは見えてるけど、さっきの電気男と金髪女も刀人と帯刀者なのか?」
言うまでもなく、電撃を自在に操る金色の刀を持った男と金色の煌きを纏った女性についてだ。
「お察しの通りです。男については帯刀者ということ以外、人柄などは私も分かりませんが、一緒に居た女性――黄菜は私の友です」
「女の方とは知り合いだったのか!?」
「はい。もっとも、友と思っているのは私だけかも知れませんが……」
俯く黒亜の口から出る言葉は重い。過去に何かあったことを思わせるには十分だ。
「……何があったか深く詮索はしないで置くが、なんで友達に狙われてるんだ?」
「……私を、『脇差』にしたいからだと思います」
「わき、ざし?」
またも聞きなれない言葉が空也の耳を打つ。辞書通りの意味であれば、本差が使えないときに用いられる小刀のことだが――
「帯刀者は、対となる刀人とは異なる刀人も抜刀することが出来るんです。対となる刀人を本差、それ以外の刀人を脇差と呼ぶんです」
「そんなこともできるのかよ……ん? でも、だったらなんで帯刀者と刀人が対になるようになってるんだよ? 帯刀者は誰でも抜刀できるんだろ?」
尤もな疑問――帯刀者がどの刀人でも抜刀出来るのならば、対となる必要など無く、痣の意味も、黒亜が空也を探していた意味も無い。先ほどの電撃の男のような狂った人間でさえなければ誰でもよかったはずである。
「それは、脇差としての刀人の力が本差に比べ、格段に弱いからです。先ほどの私の黒滅も、脇差としての威力はさっきより少し強いぐらいが限度になると思います。」
「弱くなるのか? それならなおのこと、なんで脇差なんか……」
「弱くなったとしても、超常的な力をいくつも得られるんです。他人を圧倒できる様々な力が手に入るんですよ? それはきっと力に飢えた人達には魅力的なことだとは思いませんか?」
黒亜の黒滅のような力。威力が落ちたとはいえ物を簡単に消滅させることの出来る力だ。それを人にめがけて放てば苦労もなく、証拠も残さず人一人なんて簡単に殺せるだろう。殺人だけではない。悪意ある人間の手に刀人の力が渡れば、その力が大きかろうが小さかろうが悪用するには十分すぎる力だ。
「そ、そもそも脇差になったとしても、逃げたり抵抗したりするわけにはいかないのか?」
帯刀者とはいえ、刀人の力がなければただの人間。ならば刀人の力が発揮できない状況下で抵抗するなり、脱走するなりすれば脇差になったところで、力が悪用されるようなことはなさそうである。しかし、黒亜は首を横に振る。
「脇差として一度抜刀されると、主となる帯刀者への抵抗はできなくなるみたいなんです」
「えっと? それってどういう……」
「脇差は刀人が圧倒的に不利な立場に置かれるみたいなんです。本差の場合は対等なんですが、脇差は基本的に帯刀者の言うことには逆らえず、帯刀者にただ付き従い、いつでも抜刀できる存在となってしまうのです。その関係から開放されるのは、帯刀者が自分の意思で手放したときだけです」
「文句も言わない、都合のいい力を手に入れるってわけか。でも脇差にならなければ問題ないんじゃ?」
「非合法な手段や、耐え難い苦痛にさらされ続けても意志を持ち続けることがどこまでできると思いますか?」
黒亜に問われ、うっ、と言葉に詰まる空也。
電撃の男があれほどまでに黒亜を痛めつけていた理由が、これで判明した。黒亜の力を手に入れるために、執拗に黒亜を痛めつけていたのだ。力が目当てであるならば、再び黒亜に接触を試みようとしてくる可能性がある。
「あいつら、また来るんじゃ……」
「少しの間は大丈夫だと思います。黄菜達は雷撃を放った場所に何も残らなかったところを目撃しています。きっと先の戦闘で私達は死んだと思っているでしょう」
「楽観的過ぎないか? 求めていた力をそんなにすぐ始末するか? 生きてることが分かったら、あいつらまた必ず来るだろ? 隠れて生活するにも限界があるだろうし……どうするんだ?」
少しの間は心配ないだろうと黒亜は言うが、その少しの間が過ぎたらどうするのか。あの電撃に対抗する術は空也には思い浮かばない。
「だからこそお願いしたいのです」
黒亜は両手と額を床につけ、懇願する。
「私の、帯刀者になっていただけませんか?」
その願いはとても切実で、真っ直ぐなものだった。
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