黒刃刀姫と黄金雷刀 Ⅳ
空也が黒麗の少女と出会った日の夜。
街は異常なまでの暗闇に包まれていた。住居から漏れ出る蛍光灯の光も、道路脇の街灯も、駅前の歓楽街やオフィス街のネオンも、点滅しているはずの信号機の赤や黄色の光すらも、明かりというものが存在していなかった。街は大規模な停電に見舞われていた。
ただ、細長い月が夜空を割くように浮かび、月から放たれる青白く淡い光が、辛うじて街を照らしているだけだった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!! た、助けてくれぇぇぇぇ!!」
夜の闇を切り裂く絶叫が街に響き渡った。
暗闇に包まれた街のどこかで、地面にへたり込んだ若い男が、弱々しい月光に照らされながら頭を地面に擦り付けて命乞いをしていた。
「わ、悪かった!! 謝るから、い、命だけは!!!!」
その男は、建物によって月光が遮られ出来上がった、漆黒の闇に向かって喚く。
すると、
「ああ、命は奪わないさ」
闇の中から、男の声が返ってきた。ひどく落ち着いた調子で。
「ほ、本当か!?」
男は安堵してため息をつく。膝はまだ笑っており、立ち上がることは出来そうにないが、とりあえずの身の安全は確保できたと、男は思っていた。
そこに届く闇の中の声は、呆れた調子だった。
「何を安心しているんだい? 『命は』奪わないよ? 代わりに、一生体を動かせなくなってもらうけれどね。まぁ、目が覚めないなんてこともあるかもしれないけど。あぁ、それじゃ死んでるのと変わらないか」
「そ、そんな!!」
男は、顔から血の気が引いていくのがわかった。地面のアスファルトについている手が、足が急に冷えていく気がした。地面から伝わってくる冷たさ以上に、自身が感じている恐怖からくるものだろうか、体を動かすことが出来ない。
「どちらにせよ、これからは死んだように生きるんだよ。今までの俺がそうだったようにね!」
闇の中の人物が一通り話し終えると、じゃりっ、とわずかな砂を踏みしめる音が谺し、その人物が手に持つ物が月光に照らされ、美しく煌いていた。
――黄金色を纏う一振りの刀。
青白い月光に照らされているにも関わらず、その稲妻型の刀身は、目も眩むほどの黄金色に包まれていた。否、刀を照らしだしている月光すら陰るほどの金色の煌きを、刀が発していた。
男はその凶器から目を逸らせることも、その場から逃げ出すことも出来なかった。
恐怖で足が動かせなかったのもあったが、それ以上にその刀があまりに美しかった。
男にこれから何が起きるのか、どうしてこんなことになってしまったのか、そんなことを考えることが矮小に思えるほど、男の思考を奪ってしまうほど美しかった。
黄金色の刀はゆっくりと、暗闇のヴェールを天へと向かって裂いていく。刀の軌跡はきらきらと金色の星屑のように流れた。
天高く掲げられた黄金色の刀を見てもなお、男は動けずにいた。
「―――」
闇の中から、低い声が響いた気がした。その声と同時に、黄金色の残像を残しながら刀が振り下ろされる。
次の瞬間、一筋の黄金の雷光が暗闇もろとも男を貫く。
男は悲鳴を上げることなく、地面に崩れ落ちた。肉が焦げる匂いと、卵が腐ったような匂いが混ざり合い、ひどい異臭が辺りをつつむ。
雷光が駆け抜けた後に残ったのは、四肢を痙攣させところどころ黒ずんでいる男と、焼け焦げたコンクリートだった。
「小学校の時の連中はあらかた片付いたね。次は中学………」
「秋様」
男の独り言を、冷たく無感情な女性の声が遮る。
「どうしたんだい?
女性の声はどこからともなく、静かに無機質に響く。
「少々よろしいでしょうか? どうしてもお耳に入れておきたいことが……」
「……構わないよ」
「ありがとうございます」
すると建物の暗がりに、黄金色の刀に劣らないほどの煌きを纏った女性が、ふわりと現れ、そのまま男の隣の空中に静止した。少女は男の首周りにを抱きしめるように両腕で包み込みながら話す。
「……この街に、私以外の刀人が訪れたようですね」
「本当か?」
「事実です。現段階では詳しい場所は掴めませんが、私の能力と刀人の性質を利用すれば、特定は容易かと」
「刀人は惹かれあうとかいうやつ? 胡散臭いけど、まあいいか…………。そいつを『脇差』にすれば、さらに前進できるね」
男は、左手に握られた刀の雷光の残滓を振り払うように、水平に薙ぎ払う。わずかな煌きが夜の闇に瞬いた。
さらに強大な力を求め、男は夜の街へ消える。
男に続くように、黄金色の女性も宵闇に溶けて、消えた。
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