黒刃刀姫と黄金雷刀 Ⅱ
「そいじゃあな! 空也!」
「ああ、また明日」
校門を出た空也は軽く手を上げ、東へ、正志は手を振りながら西へ歩き出す。空也の家は学校から東、正志の家は学校から西にあるため、必然的に校門を出たら別方向に向かう形になる。
正志と別れた空也は、歩きながら軽く背伸びをして一言、
「さて、特売に向かうか」
そう呟くと、空也は近所のスーパーを目指した。
空也達が暮らす街は、空也達の学校を中心に置くと、東側は住宅地やスーパー、西側にはオフィス街や駅、北側は小高い山々とその
空也は学校の前の大通りを歩く。スーパーへはおよそ一五分といったところか。
大通りと言っても、町自体が大都会というほどの規模でもないため、車が密集しているような忙しさはなく、スムーズにストレス無く走れる程度の交通量だ。歩道も人通りはさして多くなく、時折人とすれ違う程度。
すれ違う人も、サラリーマンだったり、空也と同じ学生だったりとまちまちだ。過ぎてゆく人々にさしたる興味も示さずに、だらだらと歩いている時だった。空也は前からはしゃぎながら将来の夢を言い合っているらしい小学生の一団とすれ違った。
「将来か……」
他の人には興味を示さなかった空也は小学生達を目にしながら、ぼそっと呟いた。
今度は、額に汗かいた若いサラリーマンとすれ違った。
これから取引先に向かうのか、意気込んで大股でずんずん足を進めている。サラリーマンの表情は充実感に満ち満ちているように見えた。空也は、そんなサラリーマンを見てまた呟く。
「あんな風に、きっと俺はなれないな……」
将来、夢、希望、目標。皆、どうやってそれを見つけたのだろうか。自分は未だ何も掴めていないというのに。空也には、それが不思議でならなかった。
学校のクラスメイトも、すれ違うサラリーマンも、まして小学生ですら、何かに向かって進んでいる。一生懸命に、精一杯日々を生きている。
自分だけ、何も見つけられないまま、進むことも退くことも出来ずにいる。ただただいたづらに時間を浪費して、ただ生きている。道の真ん中で動かされるのをじっと待っているつまらない石ころのように。
空也は足元に転がっている石を蹴った。
石は乾いた音を立てながらころころ転がって、道の真ん中で止まった。
一瞬、取り残されたような寂しさが空也を襲った。
しかし、そんな感情がふっと胸に浮かんでも、目的地のスーパーが目に入ると、今までのことがまるで他人事のように、
「そんなことを考えてる場合じゃないな。」
と、そんな一言で思考を打ち切ると、代わりに今夜の献立をあれこれ考えながらスーパーへ向かうのだった。
スーパーはさながら戦場の様相を呈していた。特売で叩き売りされる激安商品を狙う主婦達が、ハイエナのごとくわらわらと集まっていたのだ。
「将来よりも、今だよな。いざ行かん! 我が戦場へ!」
それらしい言葉で自分を誤魔化した空也は、両頬をパンッと両手で軽く叩くと、夕飯の材料を勝ち取るべく、夕暮れのスーパーという戦場へ赴く。
やはり、どんなに考えても、努力を放棄した今の空也には、将来のことは何も見えてこなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ありがとうございました~」
間延びした声を背中に受けながら、自動ドアをくぐる。
空也は外に出ると、紅く眩しい夕陽を横顔に受けながら、
「これで景気循環を好景気に向けたと思えば、なんのことはないな」
などとひどく哀れな前向き発言を残し、自宅へ向けて歩き出した。空也は特売で主婦達の力に圧倒され、ものの見事に敗残兵に成り果てていた。
その道中、空也は厚みの無い、ぺらぺらの財布に目を落とす。
「今月もやばいな」
財布の中身は小銭がいくつかと千円札が一枚。これであと一週間を乗り気らなければならない。行く先を照らす夕陽が、ひどく目に染みる気がする空也だった。
スーパーから五百メートルほどの所を、空也は肩を落としとぼとぼと歩く。
「あの……すいません」
その哀愁漂う背中に、風鈴の音を思わせる涼しげな声が投げ掛けられた。
しかし、空也は財布とにらめっこを続け、残りの一週間をどう節約するか考えることに没頭していたため、その声に気づかない。
「朝飯は抜いて……昼は……」
「あの!」
「電気はつけないで、夜は早めに寝て……」
「…………」
空也が気づく気配は無い。
風鈴の声の持ち主は、更に大きな声で呼びかけるべく、すうっと大きく息を吸い込む。
しかし――
「駄目だ! どう頑張っても金がない!」
「ひゃっ!」
空也の虚しい大声に驚き、肩をすくませて可愛らしい声を上げた。
「ん?」
空也はその声でやっと自分の後ろに人がいることに気づく。
「誰だ? 俺に……」
気づいて、体ごと振り向こうとして、後ろにいる人物を視界に捉えると同時に、半身の姿勢のまま固まった。
時間が止まっている?――。
空也はそう感じた。
後ろにいたのは、驚いた表情で空也を見上げて固まっている、可愛らしさと美しさが織り交ざった同い年くらいの少女だった。
頭の後ろで纏められさらさらと風に靡く髪、大きく見開かれた瞳、純白の糸で花びらの刺繍が施された桜色の着物、からころと小気味良い音が鳴りそうな下駄。
今時珍しい着物姿。目を引くには十分な出で立ちだった。しかし、空也が目を奪われたところは違っていた。
――真っ黒な髪と瞳。
宵闇、漆黒、吸い込まれそうな――さまざまな言葉が浮かんでは消える。どれも少女の髪と瞳の色を表しているようで表しきれていない、言及することすら適わない、そんな黒だった。
その色を見て、空也は一つの感情を抱いていた。
それは、自分は、この色が嫌いじゃないということ。 少女の髪と瞳を見ていると、何故か心が安らいでいく。不思議と落ち着いてく。そう、感じていた。
空也は少女に目を奪われ、動けずにいた。
一体、どれほどそうしていただろうか。数秒だったかもしれないし、数分だったかもしれない。実際、そんなに時間はたっていないだろう。しかし、空也はそれすらもわからなくなるほど、少女に見入っていた。
「あの……大丈夫、ですか?」
少女が、少し心配そうな表情で空也を覗き込む。
上目遣いで小首を傾げるその仕草が、空也を更にどぎまぎさせた。
こんなに可愛い娘を、空也は見たことがなかった。クラスメイトにも可愛い子は何人かいるが、特に興味を示すほどでもない。しかし、この少女は違っていた。このままずっと見ていたい、そう思えるほどに、今まで出逢ったどの女の子よりも可憐で清楚で、そして凛としていた。
空也の心情としてはずっと見ていたいとは思うものの、さすがにいつまでもぼけっと少女を眺めているわけにもいかず、というか見ていたら変態に間違われかねないので、次に取るべき行動、発するべき言葉を決定し、実行に移す。
「うぁ、え、ぃえ~と、俺ぇに何か?」
移して、失敗した。
紡ぎ出す言葉はしどろもどろ、手も不自然にバタバタさせ、目は泳ぎ、おまけに声まで上ずっている始末。冷静とは程遠い振る舞いだった。
が、対する少女の方も空也の緊張がうつったのか、
「あぅ、えぇーと、そのぉ……」
などと空也に負けず劣らずの動転ぷりを見せている。そんな様を見て、空也は急に冷静になる。
端から見ると自分もこんな感じに不自然なのだろう、人の振り見てとは、まさにこのことである。
落ち着きを取り戻した空也は、ふぅっと一息つくと、少女に向き直って話しかける。
「まぁ、落ち着け。取り合えず深呼吸だ」
「へ? あ、はい」
少女は空也に言われるがままに深呼吸をする。目を閉じ、大きく息を吸っては吐く。幾度か繰り返した後、顔を上げて目を見開いた。
ひどく取り乱していた姿は霞となって消え去り、凛とした気高い雰囲気を湛えた少女の姿が、そこにはあった。
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