6

暁くんの後ろ姿を追いかけた。彼がこんなに生き生きとしているのはいつ振りだろう。

 多分、色がまた見え始めたのだろう。そろそろ来る頃だろうと、分かっていた。

 けれど、私がわざわざ言ってやるのも無粋な気がして、口をつぐんだままだった。

 彼が私を連れてきたのは、駅近くの大きな公園だった。色とりどりの屋台が軒を連ね、柔らかな提灯の明かりが、桜の花々を明るく照らしていた。

 さあ、ラストタイム。

 あなたが、今、見たいものは何?




 綺麗で、鮮やかで、華やかな色だ。何もかもが新しく見えることが嬉しかった。近くの鉄塔が赤く染まっているのがよく分かったし、錆びて剥げていた一部分が銅色になっていることがよく分かった。

 林檎飴は赤く染まっていたし、最近の綿飴は、うっすらと青色や赤色も存在することがよく分かった。

 家から少し離れた大きい公園。花見客向けに出店が開かれていて、夜だというのに、人が沢山いる。

 射的屋に綾香を連れて行き、一緒にコルクの栓を飛ばした。綾香が、ブドウ形のマスコットの人形を当てていた。もちろん、紫色もよく分かった。

 芝生が目新しかった。踏みしめる感触が異なる床は、草だったことがよく分かった。

 無知が知に置き換わっていって、感動した。世界が広がっていく。しばらく遊んで、色を楽しんで。ボクは幸せだった。

 ふと隣に居る綾香を見ると、やはり、楽しそうだ。

 遊び疲れて公園のベンチに腰かけた。屋台の喧騒を遠巻きに見つめながら、ボクは言った。

「もうすこしで十二時だ。帰ろう」

 本当は、もう少し、ここでのんびりしていたかった。けれど、綾香に迷惑をかける訳にはいかない。

「楽しかった?」

 綾香が問いかけた。それにボクは頷く。迷いなく。

 綾香は目を細めていた。

「良かった。楽しそうな暁くんを見ることが出来て」

 帰り道も新鮮だった。目に映る常夜灯の影がボクの心を縁どった。

綾香が帰り際に、一冊の文庫本を手渡してきた。一時間程度で読み終わるとは思えない厚さの物だ。これは、次目覚めた時のお楽しみにしておこう。

明日はまた、春になるだろうか。それとも、夏だろうか。分からない。けれど、また春を見たいと思った。

家に帰り、自室に入った。部屋着に着替える。白と黒のツートンカラーではなかった。白と紺色のツートンカラーだった。

チェスの駒は相変わらず表情は無かった。ただ、そこに異質を纏いながら、平然と立っていた。

窓の外を見つめる。確かに桜は白色だ。綾香の言ったとおりだった。

桜の花はもう十分に堪能した。次は葉桜が見てみたい。なんてことも考えた。いつになく前向きなボクに、違和感はなかった。

目覚めを楽しみにしている自分が居た。

明日が、楽しみだ。

世界の日付が変わった瞬間。意識は急激に途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る