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 頭が暖かい。少し、過剰なほどの日光を後頭部に感じながら、目を覚ました。布団もかぶらず、ただ、ベッドのうえに転がっていたみたいだ。外を見ると、大きな太陽が輝いていた。

 おぼつかない足取りを憂い気に見つめて、僕はゆっくりと、自室の扉を開けた。

 短い廊下を進み、階段の手すりに手をかける。歩き方を思い出すかのように、時間をかけた。一歩ずつ踏みしめながら、一階へと向かっていく。

あかつきくん?起きたのね。ちょっと待って」

 視線を向けるより早く、声の主はすぐ近くに来ていた。顔を確認する間もなく、空いた手を掴まれ、そのまま、ゆっくりと降りていく。独りで降りるよりも、幾分楽だった。

 また、ボクは彼女を待たせてしまった。一体、どれほどの間、待っていてくれたのだろう。

 ボクの疑問符は、彼女の言葉に打ち消された。

「一年と、二か月くらいかしら。暁くんが眠っていたの。体は痛くない?どこか変な所は無い?」

 彼女の言葉は、とても湿っぽくて、なんだか、笑ってしまった。少し落ち窪んだ眼窩が痛々しかった。いくつもの、浮遊感のある感情が、宙を舞っていた。

「綾香、ありがとう。どこも、痛くないよ。少し、筋肉が衰えている気がするだけ。また、待たせてしまったんだね。一年間も」

 ボクの言葉に、彼女は首を振る。

「だって、仕方ないじゃない。暁くんは、眠るのが好きなんだから」

 そう言った。確かにそう言った。

 けれど、彼女の横顔に、陰が張り付いているような気がした。

 リビングにある、小さなダイニングテーブルに腰を落ち着けた。外の景色を眺めていると、丸みを帯びたティーカップとティーポットを運んできた。

「急だったものだから、何も用意してなかったの。後で、美味しいケーキを買ってくるわ。ほかに何か食べたい物はない?」

 お腹は、空いていた。けど、他に何かするべき事がある気がして、曖昧な反応しかできなかった。

 桜が舞っている。

 いつ振りだろう。桜を見るのは。

 前はもっと、優しい表情だった気がした。なんだか、反抗期の桜を見ているみたいだ。

「あ、そっか。暁くんにとって、桜って馴染みの無い花なんだもんね」

 綾香の言葉にボクは頷く。

「この家から見える、桜は綺麗なものばかりだから、よく見ておくといいと思う」

 そう言って、パタパタと、身支度を整え始めた。

 一年と、二か月。ボクが失った時間の大きさは計り知れないものだった。喪失した四季は、ボクを待ってはくれない。

 一体、どれだけの時間を綾香から、奪ったんだ。視線を地に落とすと、影が色濃く映っていた。

 頭痛がする。

 この頭痛は、何によるものなんだ。もはや、原因が分からなくなっていた。

 頭痛を味わいながら、ボクは、綾香を探した。綾香は寝室にある鏡台の前で化粧をしていた。

「あ、綾香」

 どうやら、ボクの気配に気づいていなかったようで、綾香はこちらを見て驚いた。

「あっ、待って。まだこっち見ちゃダメ」

「どういうこと」

「お化粧をしているときは見られたくないの」

 彼女は口をとがらせていた。ボクは慌てて寝室の扉を閉めた。ボクはドア越しに綾香に尋ねる。

「一緒に買い物に行って良い?」

 僅かに聞こえていた衣擦れの音が止まった。手持無沙汰になってしまったので、ぼんやりとドアの木の木目をなぞった。

「良いけど、少し、暑いよ。暁くん、冬服しか持ってないでしょ」

 奥底の記憶を引っ張り出そうとする。頭がキリキリと痛んだ。

「そうかもしれないけど、別に大丈夫。少し、外に出てみたいんだ」

 小さな音を立てて、ドアが開いた。指を引っ込め、綾香を見つめる。

 前よりも、頭の位置関係が離れている気がする。

 綾香の髪が、柔らかく光を反射していた。ボクの思考をよそに、綾香は笑った。

「じゃあ、暁くんも、着替えよっか」

 微笑みが明るくて、ボクは思わずくらんでしまった。

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