後悔があると、人は天使になります。
月夜 雪姫
あの日の記憶
「みてみて、オモチ!この男の子、オモチみたいだよっ!」
重いまぶたを開ける。目を覚ますと私は公園にいた。どうやらベンチで横になって寝ていたらしい。長い夢を見ていたような気がする。どこか懐かしい夢。でも思い出せない。ひとつひとつが虫食いのようにボコボコで、なんの夢だったのかどうしても思い出せない。思い出そうとすればするほど、頭の中がスクランブルエッグのようにぐちゃぐちゃにされる。周りはやけに静かだった。風が吹いていない。聞こえるのは鳥や虫の鳴き声くらい。とりあえず、重い体を起こし、立ち上がろうとする。私はどれくらい寝ていたのだろうか。まるで夏休みが終わった次の日の登校日の朝のように体がだるい。いや、それ以上かもしれない。ベンチに手をついてようやく立ち上がった。深く息を吸う。背中のあたりに違和感を感じた。少しひんやりする。
「はぁぁーー…」
かすれた声とともに息を吐いた。寝起きの時ほど声が出ない時はない。いつもなら深呼吸をした後は少しはすっきりするはずが、今はなぜかそんな気はしなかった。なんだろう。なんか変だ。もう一度深呼吸をする。うん、やっぱりおかしい。まるで自分の中身がすでに空っぽであるかのようだ。全然すっきりしない。まぁいいや。それより、どうして私はこんなところで寝てたんだろう。とりあえず今何時かな、そんなことを思いながらポケットから携帯を取り出す。ホームボタンを押すとスクリーンが光った。
『4月10日 7:30 』
7時30分?え?朝?周りを見渡す。誰も歩いてない。車も通ってない。よく見ると信号がさっきから変わらない。ずっと赤のままだ。どうゆうこと?4月10日ってことは学校の始業式がある日だ。そんな時に公園で寝てた?ありえない。制服だって着てる。学校まではいつも歩いて行ってる。家からこの公園まで歩いて3分。この公園から学校までも歩いて3分。こんなに近いのに、わざわざ公園で寝たりなんて絶対しない。でも思い出せない。寝る前の記憶。そもそも私は寝てたの?わからない。もう一度携帯に目をやる。
『4月10日7:30』
やっぱり、時間が止まってる…。携帯を開こうとしてホームボタンをもう一度押す。でもなぜか開かない。画面の左上には“圏外”の文字。とりあえず学校に行ってみよう。そしたら何か分かるかもしれない。
重い足取りで学校に向かって歩き始めた。それにしても、ほんとに人気がまったくない。みんなどこに行ってしまったんだろう?いや、みんながいなくなったんじゃない。私が違う世界に来てしまったのかもしれない。じゃあここは一体どこなんだ…?未だに混乱している頭の中を整理しながら歩いていて気付いたことがある。まず、おそらくここには私以外の人はいないということ。どう考えてもこの静けさは異常だ。でも、虫や鳥などの普段見かける動物たちは普通に存在しているということ。スズメたちが忙しなく動く姿はいつも通りだ。そしてもう1つ。地面のあらゆる所に見慣れない羽根が散らばっているということ。歩いていた足を止めて、ゆっくりしゃがみこんだ。おそるおそる手を伸ばし、それを拾い上げる。白い綺麗な羽根。これはどう見てもスズメやカラスのものではない。視力0.1の私でさえも分かる。じゃあ何の羽根?白鳥?そんなのこんな場所にいるわけがない。あたりを見渡すと沢山落ちている白い羽根。謎が深まるばかりだ。その時だった。背後に気配を感じた。反射的に振り返る。視線の先には白い羽根をくわえてこちらを見つめる白猫がいた。
「オモチ…?」
思わずこぼれた言葉。そう、あれはどう見ても2年前に他界してしまった飼い猫の“オモチ“だ。
オモチとは私が小学2年生の時にこの公園で出会った。私が友達と公園で遊ぶ約束をして公園に行ったあの日、いつもは見慣れない大きなダンボールがあった。それは動いていた。子供だった私はそのダンボールに惹き付けられるように駆け寄った。おそるおそるダンボールをあける。そこにオモチはいた。オモチとの様々な思い出が蘇る。今、目の前にいるあの猫。それが、本物のオモチかどうか疑う余裕なんてなかった。むしろそんなのどうでもよかった。あの目の色、あの白い毛並み。あれはどう見てもオモチ。会いたかった。思わず涙が零れた。でもどうしてこんなところに?
「お姉さん、お待たせしました!お迎えに上がりました!」
すると、突然後ろから声が聞こえた。慌てて振り向く。
「え...?」
そこにいたのは小さな男の子、のようなものだった。白いシャツ、白いズボン、白い靴、白い髪の毛、そして、白い大きな羽根。
そう、羽根。
「天使…?」
大きな瞳でまっすぐ私を見つめる。
どこかで見たことがあるような気がする。どこで?あ、そうだ。あの日、オモチと出会った日。オモチが入っていたダンボールの中にはあるものが入っていた。それは、1冊の絵本。男の子が空を飛んで事故で死んでしまった妹を探すお話。その絵本に出てきた、あの男の子。そうだ、思い出した。懐かしいという感情とともに、つい最近の出来事のようにも感じた。それは、さっき見ていた夢。それがこの記憶であったことに気付く。よく死ぬ前に昔の記憶が走馬灯のようにフラッシュバックされる現象があるらしい。まぁ、死ぬ前だから、私には関係のないことだが。だって、私は別に死んでないのだから。それなら、あの絵本に出てきた男の子。今思えば天使だったのか。たしか、タイトルは、、。
「あ、はい、そうです。本当はすぐに天国にご案内する予定だったのですが、ここ最近天国に来る人が急に多くなってしまって、天使の人員不足で遅くなってしまいました。」
天使はかわいくはにかんでみせた。でもそれは、絵本の男の子とは違った。あの絵本の男の子は笑っていなかった、最初から最後のページまで。
「天国…?」
私は独り言のように呟く。
「はい、お姉さんもなんですね。最近”通り魔事件“というものが下の世界では流行っているみたいで。お姉さんの背中のその傷を見る限り、多分そうですね。ぽっかり穴空いちゃってますし(笑)」
背中の、傷...?ぽっかり、穴…?あぁ、そうか。だからか。だから何回息を吸っても吐いた気がしないんだ。だから体の中が空っぽな気がしたんだ。私はもう空っぽだったんだ。
私はもう、死んでたんだ。
「大丈夫ですよ、お姉さん!今から天国に行って人生の修了証を受け取りに行きましょう。そしたら、それと同時に新しい人生の保険証ももらえます。そして、新しい人生創りましょう!」
なにそれ、死後の世界ってこんな感じなの?なんか想像と違ったな。もっと暗くて、絶望的なものだと思ってた。
「さぁ、お姉さん!行きましょう!天国へ!」
天使が小さな手を差し伸べてきた。私は引き付けられるようにその手に触れる。
そうだ、思い出した。あの絵本のタイトル。あの頃は子どもでまだ意味が分からなかった。けど、こういう意味だったんだ。すごいな、あの絵本をかいた人。天使を見たことがないのに、死んだことがないのに、こんなノンフィクションかけるなんて。もしかして、あの絵本の作者も天使の1人だったりして。そんなくだらないことを頭の中で考えながら、いつの間にか背中の傷後から生えていた白い羽根を大きく動かし空に、天国に昇って行った。
後悔があると、人は天使になります。 月夜 雪姫 @yuki117
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