ショートコント 書店員シリーズ「ナンパ」
鵜川 龍史
書店員シリーズ「ナンパ」
〔登場人物〕
書:書店員 友人に振り回される 上手(右側)
友:友人 感情的・衝動的 下手(左側)
(書店員は、カウンターで接客しながら本を薦めるマイム。和やかな雰囲気で。やがて、友人が店に入ってくる。書店員は、お客さんを見送るマイム)
書:いらっしゃいませ……ああ、なんだ、お前か。
友:ほんとだ、お前か。(書店員の視線の先を振り返りながら)
書:違うよ。お前に言ってんだよ!
友:違った。あいつに言ってたみたい。
書:おまえだよ!
友:ほらー、怒らせちゃったよ。俺が代わりに謝っといてやるよ。(書店員に向き直って)ふざけてごめんなさい。
書:随分とふざけたねー。
友:そんなことより、さっきのお客さんさあ……。
書:流しやがった。
友:随分、仲よさそうに話してたじゃない。あれって、ナンパ?
書:違うよ! なんで、自分の店でお客さんナンパするんだよ。
友:なんで、って、自分の店だから、ナンパするんだろ。
書:ナンパしないよ!
友:え? 自分の店なのに、ナンパしないの?
書:よりによって、なんで自分の店でするんだよ。
友:じゃあお前は、他の人の店でナンパするってこと?
書:自分の店でも、人の店でも、俺はナンパしない!
友:じゃあ、あんなにかわいいお客さんと、何話してたんだよ。
書:オススメの本を紹介してたんだよ。
友:ええ? 本を買ってくれたというのに、それだけでは飽き足らず、更に金をむしり取ろうと?
書:人聞きが悪いよ。オススメしただけだって。
友:いやいや、その考えはおかしい。
書:何がだよ。
友:じゃあさ、お前は、レストランでハンバーグを食べた後、会計の時に「カレーもおいしいですよ」とか聞かれたいの? 「あー、そっちにしとけばよかったー」ってなるだろ。
書:そういうことじゃないんだよ。そうだなー。ファーストフード店の「ご一緒にポテトもいかがですか」の方が近いかな。
友:え? お前、本買った人にポテト薦めんの? 油でギトギトになった指でページをめくれと?
書:もののたとえ、だよ。とにかく、今時の書店は、ただ本を並べてそれだけっていうんじゃ、生き残れないんだよ。
友:死ぬの?
書:死なない!
友:いつ?
書:死なない! お前は、人の話を聞け! 比喩だよ! 店がつぶれてしまう、っていうこと。
友:ナンパしないと、店がつぶれるのか!
書:(あきらめた様子で)お前は、どうしてもナンパにしたいんだな。もう、いいや。書店っていうのはさ、本と出会う場所じゃない。何ページかパラパラってめくって、軽いチャットを楽しむ。お気に入りを見つけたら、連れて帰る、みたいな。
友:万引きじゃん!
書:お金払ってだよ!
友:なんだ、デートクラブか。
書:違うよ! 本との出会いは、一期一会なんだよ。置いてある本のタイトルとかカバーに引かれるだろ。そしたら、手に取って開いてみるじゃない。ネットであらすじとかレビューとか読むのとは違ってさ、その本と対話する、ゆったりとした時間が流れるわけよ。それこそ、午後のティータイムを楽しむような、さ。
友:デートクラブじゃん。
書:違うの! もう、分かんないかなー。書店員っていうのはさ、お客さんと本との出会いを演出する仕事なのよ。
友:ああ、結婚相談所か。
書:違う! お客さんの雰囲気とかファッションとか選んだ本とかに合わせて、こちらから本を提案するんだよ。
友:アマゾンじゃん。「この商品を買った人はこんな商品も買っています」だろ。
書:だから、直接、顔を合わせて話をするのが大切なんだよ。こちらから、お客さんに対するおもてなしなんだよ。
友:なんだ、ホストクラブか。ああー。それでさっき、お金を受け取ってたのか。
書:本の代金だよ! おもてなしで金はとってない!
友:スマイルゼロ円方式だな。「ご一緒にポテトもいかがですか」
書:ポテト、売るな!
友:店内でお召し上がりですか。それとも、(いやらしく)お持ち帰りで?
書:ナンパするな! 話が全然進まないじゃないかよ。
友:ほんと、お前との会話は、何かと暗礁に乗り上げるな。
書:それ、ちがう難破な!
友:いや、暗礁に乗り上げるっていうのは、この場合は比喩的に使っていて……。
書:分かってるわ! お前のボケかと思って、乗っかったんだよ!
友:そしたら、乗った船が難破した、と。うまい!
書:うまくない! とにかく、本を薦めてたんだよ。
友:ふーん。何の本?
書:この本。お客さんが、こっちの本を買うっていうから、同年にデビューした作家の作品を薦めたんだ。二人とも海外の有名な文学賞を受賞していて、個人的にも親交があったんだよね。
友:「あった」って、過去形?
書:実は、こっちの作家さんは、病気で亡くなっちゃって。残された原稿を、この作家さんが引き継いで完成させた作品もあるんだ。
友:いいなあ。
書:いいでしょ。お前も読む?
友:そっちじゃなくて、そういう、色々余計な情報をつけるやつ。
書:余計って言うな。豆知識だよ。そういう話があると、お客さんも興味を持ちやすいだろ。
友:俺も、豆知識、やりたい!
書:できるの?
友:友を疑うな。
書:この話の流れで疑うなっていう方が無理だろう。
友:うたがうな!
書:分かったよ。信じる信じる。……じゃあ、この本ください。
友:ああ、これですね。……人類の農耕文明において、穀物と同じように、長い期間にわたって作物となってきた歴史があります。現在100ヶ国以上で栽培され……。
書:ちょっと待って!
友:何か?
書:それ、豆知識じゃなくて、豆の知識な。
友:じゃあ……国際市場での生産国は60ヶ国ほどで、生産量はブラジルが3分の1を占め、ベトナムが15%で2位となっています。
書:コーヒー豆。
友:じゃあ……メキシコ中央部からグアテマラ、ホンジュラス一帯が原産地。メキシコでは紀元前5000年頃に既に栽培され……。
書:インゲン豆。
友:お前、すごいな! そんなあなたには、こちらの本を。
書:これ、こないだお前が買ったやつだろ?
友:いらないから買い取って。
書:なんでだよ。
友:本屋だろ!
書:本屋は売るんだよ!
友:だってー、調べたいことが載ってなかったんだよー。
書:何を調べたんだよ。
友:豆の歴史。
書:『ミスター・ビーンの謎』は、そういう本じゃないだろ。
友:ええー。じゃあ、返品だよ!
書:うちで買った本じゃないだろ!
友:じゃあ、あのお客さんに薦めてこようっと。
書:やめてくれ!
友:大丈夫だって。ちゃんとここから連れ出すから。
書:ナンパかよ!
ショートコント 書店員シリーズ「ナンパ」 鵜川 龍史 @julie_hanekawa
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