第17話 天崎代理と初デート(4)


 プラネタリウムから出た後も、俺たちはデート取材を楽しんだ。


 併設されている遊園地を巡って絶叫マシンを楽しんだり、ショップで色々なグッズを漁ってお互いにプレゼントしあったり、近場のレストランに寄ってちょっと高級な夕食を食べたり、とても有意義な時間を過ごした。


 そして辺りがすっかり暗くなった頃。


「あの……。今日はありがとうございました。仕事で必要だったとはいえ、俺なんかとデートしてくれて……」

「ううん! お礼を言うのは私の方だよ! 付き合ってくれて、ありがとう!」


 逆に笑顔でそう言う真冬さん。本当にこの人は生きたホワイト企業だと思う。

 そんな彼女に報いたくて、俺は一つ質問をした。


「あの……。最後に何か、行きたいところとかありませんか? もしくは、やってみたいこととか……」

「え? うーん……そうだなぁ……」


 真冬さんが少しの間、頬に指をあてて考える。

 その後、申し訳なさそうに言った。


「えっとね……? もし、優斗君がよければだけど……。優斗君の家、行ってもいいかな……?」

「え……?」


 俺の家? どうしてわざわざ俺ん家なんか……?


「えっと……。実は、今考えているシナリオにはお家デートのイベントもあるの。だから経験してみたいなって」

「な、なるほど……。お家デートですか……」


 そういうことなら、是非とも家にご招待したい。

 でもなぁ……。俺の家にはマコがいるから、そこが少し不安だなぁ……。あのバカ、真冬さんに失礼なことしそうだし……。


「優斗君……。どうかなぁ……?」


 不安そうな目で俺を見上げる真冬さん。

 あ、これはもうダメですね。断れるわけがないですね。


「分かりました! 俺ん家でよければ遠慮なく!」


 と言うわけで、デートの最後に彼女がウチへ来ることになった。


               ※


 そして、俺の家に到着した際。

 真冬さんを見たマコが最初に発したその言葉は……。


「うっわエロ……。なんだあのおっぱい……。あんな巨乳で社長は無理だろ……」


 驚き、小声で呟くマコ。いや、胸の大きさは関係ないだろ。


「ってか、ホントにあの人がしゃちょーさん? それにしては若くない?」

「まあな。正確には社長の代理みたいだけど」


 と、ひそひそ話す俺たちを見て、不安にさせてしまったようだ。真冬さんが声をかけてくる。


「えっと……優斗君? ご迷惑じゃないかな……?」

「い、いえ! 全然そんなことは! ほら、マコ! ちゃんと挨拶しなさい」

「あ、えっと……。岸部マコです。兄がいつもお世話になってます……」


 意外にも、ちゃんと頭を下げるマコ。


「あ、ご丁寧にありがとう。私は天崎真冬っていいます。こちらこそ、優斗君にはたくさんお世話になってます」


 真冬さんもペコリと頭を下げる。その動作すらも、なんだか可愛く見えてしまう。


「そういえばマコちゃん、ソーシャルゲームが好きなんだよね? さっきお兄ちゃんから色々聞いたよ。私たちの会社がシナリオ書いてる『ブレイブファンタジー』もやってるんだよね?」

「あ、はい。毎日楽しませてもらってます……」

「よかった~。じゃあお近づきのしるしに、どうぞ」


 真冬さんが、鞄から何かを取り出した。


「こ、これは……っ! イベント限定配布のクリアファイル!? SSR確定ガチャチケが手に入るシリアルコード付きのやつ!」

「余ったのをたまたま持ってたの。迷惑じゃなければ、もらってくれる?」

「も、もももももも勿論です! 一生社長についていきますううう!」


 その場で土下座し、最上級の感謝を述べる我が妹。基本人見知りなマコではあるが、一瞬で心を開いたようだ。

 っていうかコイツ、チョロすぎだろ。どんだけレアキャラ欲しかったんだよ……。


 と、俺が呆れていると。マコがこっそり耳打ちしてきた。


(ちょっと兄やん! 何ボケっとしてんの! 早く社長をおもてなしして!)

(え……? おもてなしって言われても……)

(なんでもいいから歓待してよ! あんないい人滅多にいないよ! 嫌われたらもう次はないよ!)


 た、確かに嫌われたりしたら困る……。

 いや、でもさ。何でお前がそんなに必死になってんだよ……?


(ここで兄やんが社長さんのポイントを稼いでゆくゆく懇ろな関係になれば、社長のコネで色んなソシャゲのレアアイテムが手に入り放題……! これは捗る、捗るぞウェヒヒ……!)


 ちょっと気持ちの悪い顔で笑い、自分の世界にトリップするマコ。死ぬまでにコイツを何とかすることが、兄としての俺の使命かもしれない。


 ともあれ、コイツの言うことにも一理ある。今は真冬さんをもてなさないと。

 でも、おもてなしとか何すればいいんだ……?


「えっと……。とりあえず、俺の部屋とか行きますか? 一応、家デートってことでしたし……」

「えっ! 優斗君の部屋!?」


 思いのほか食いつきが強かった。


「え、えっと……? 嫌でした……?」

「ううん! そんなわけないよっ! 優斗君の部屋、望むところだよ!」


 真冬さんが謎の意気込みを見せてくる。


「そ、それじゃあ……こちらへどうぞ……」

「うんっ! お邪魔させてもらうね!」


 ぴょこぴょこついて来る真冬さんを連れて、自分の部屋の扉を開ける。


 そこは、なんてことない素朴な部屋。

 左側にベッドが設置され、右側にはパソコンの乗った作業机や本棚があるだけ。

 ……改めて見ると、なんの面白みもない部屋だ。


「わ~! ここが男の子の部屋なんだ~! 初めてだから新鮮だよ~!」


 しかしそんな場所でも、真冬さんは喜んでくれた。


「す、すみません……。何もない部屋で」

「ううん! 謝らなくてもいいよ~! なんだか、ワクワクしてきちゃった」


 目を輝かせて、俺の部屋を見回す真冬さん。……可愛い。


「あ、今お茶持ってきますから! 適当にくつろいでてください!」


 俺は一度部屋から出て、キッチンでお湯を沸かし始める。


 しかしまさか、妹以外の女性を部屋に入れることになろうとは……。

 幸い妹の模範になるべく、部屋の掃除は行き届いている。狭い部屋だが、散らかっていたり埃が舞っていたりすることはない。そのあたりは少し安心だった。


「ねえ、兄やん。妹は今日、ずっとヘッドホンしてネトゲしてるから」

「は?」


 お茶を入れていると、マコがトテトテとやってきて言う。


「だから、遠慮なくえちえちしていいぜ!」


 グッとサムズアップをするバカ


 俺はマコの額にデコピンを喰らわせ、お茶の用意を手早く済ました。そして真冬さんを待たせないよう、早めに俺の部屋に戻る。


 お茶のお盆を持ちながら、器用にドアノブを回して開けた。


「真冬さん。お待たせしまし――――た…………?」

「あっ…………」


 ドアを開けた瞬間、世界から音が失われた。

 真冬さんが一冊の本を――成人向け雑誌を開いていたのだ。


「え……えへへ……。ごめんね? ちょっと見ちゃった……」

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」


 な、何で!? 何で真冬さんが俺のコレクションを手に取ってるの!?


「本棚をチラッと眺めてたら、当然のように入ってたから……。つい、ちょっと気になっちゃって」


 そう言う彼女の傍らには、本棚から出したと思しき大量のエロ本が積みあがっている。


 そういえば、エロ関係のアイテム諸々本棚に入れっぱなしだったーーーー!

 俺、もともとは一人暮らしだから隠蔽する意味がないんだよ! 

 確かに妹が来てからは一時期隠してた時期もあったが……。あのアホは俺が隠したエログッズを見つけて、からかう遊びにハマりやがった。それ以来、変に隠さずに堂々とすることに決めたのだ。


 しかしまさか、こんな形で裏目に出ることになろうとは……!


「でも、優斗君もやっぱりおっきな胸がすきなんだね~」

「ブッ……!」


 真冬さんが……俺の性癖を分析している……!?


「基本的にはどの雑誌も、巨乳の特集みたいだし……。わ、こっちはすごいね。SMプレイの本もある。へ~。優斗君、こういうの興味あるんだ~?」


 ニヤニヤとからかうような表情でエロ本を漁っていく彼女。

 え、これ拷問? 恥辱攻め以外の何物でもないけど。


「ま、真冬さん……。お願いですから、もうその辺で許してください……」

「あははっ。恥ずかしがってる優斗君可愛い~! ほらほら~。エッチな本だよ~?」

「ちょっ! だからやめて下さいって! 本を開いて見せつけてこないで!」


 女性にエロ本読まされるとか、どういう状況なんだよコレは!?


「でも、恥ずかしがらなくてもいいのに~。男の子って、皆えっちなことが好きなんでしょ? 素直になってもいいんだよ?」

「いや、別に俺はそういう訳じゃ――」

「素直になれば、おっぱいくらい揉ませてあげるよ?」

「…………っ」


 不覚にも、俺の視線が真冬さんの巨乳に釘付けになる。


「あ~。やっぱり胸見てる。優斗君は可愛いなぁ~」

「はっ!」


 ヤバイ! 完全に真冬さんのペースに乗せられている!


「と、とにかく本はしまってください! ほんと、俺が悪かったんで!」

「まだやめないよ~? 優斗君の好みを――もとい、男の人の好みを知るのは、シナリオ会社の社長としてとても大事なことだもん。だからもう少し研究を――」

「いいやダメです! これ以上はダメです!」


 俺は代理からエロ本たちを取り上げようと、お盆を置いて飛び掛かる。


 しかし、焦りのあまり足を滑らせた。俺は本棚に強く体当たりして、そのままその場に倒れてしまう。衝撃によって本棚からは他の書籍類がバサバサと落ちた。


「だ、大丈夫!? 優斗君!」

「いたたたた……。す、すみません……」


 しまった。ちょっと焦りすぎたか……。


「ま、真冬さんこそ大丈夫ですか……? いろいろ本とか落ちましたけど……」

「う、うん。私は何とも――あれ?」


 ふと、真冬さんが何かに気づく。


「これ……。何だろ? 何かの原稿?」

「え……?」


 彼女が見たのは、ダブルクリップで留められた紙束。

 本棚の奥にしまっておいた、俺が昔書いた小説だった。

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