第16話 天崎代理と初デート(3)

 次に俺たちが向かったのは、水族館の隣にある大きなプラネタリウムだった。

平日だから人の入りは少ない。しかし決して誰もいないわけじゃなく、周囲を見れば学生カップルらしき人たちが何組か席に座っていた。


 そして俺たちも座り心地の良い椅子に腰かけ、上演時間を待っている。


「プラネタリウムなんて、子供の時以来だね~! 優斗君はこういうの好き?」

「はい。俺も小さい頃はよく連れて来てもらってました」

「だよね~。やっぱり星空って素敵だもん!」


 そんなとりとめもない話をしていると、ほどなくして会場が暗闇に包まれた。そして、解説員の前説が始まる。


『本日は「シュガーランド」に起こしいただきまして、誠にありがとうございます。まずは上映に先立ちまして、ご案内をさせて頂きます』


 非常口の案内や上映中の注意などが知らされ、その後いよいよ投影が始まる。

 満点の星空がスクリーンに映され、癒し系の音楽と共に解説音が流れ出す。

 映されているのは、どうやら夏の夜空のようだ。真っ暗な空間に煌めく綺麗な星々を、真冬さんと一緒に眺める。


「優斗君……。なんだか、すごくロマンチックだね?」


 真冬さんが、俺の耳元で囁いてきた。


「は、はい……。素敵だと思います……」


 確かに、この上なくロマンチックな状況だ。俺には似合わないほどに。

 異性と星を眺めるなんて、まるでリア充のようじゃないか……! いや、リア充ってもう死語か? じゃあこんな時、なんていえばいいの……? ああもう! 頭が

回らねえ! なんか慣れないことしているせいか、緊張でのどが渇いてきた!


「大丈夫……? 優斗君。呼吸乱れてるみたいだけど……」

「そ、そんなことないですよ……?」

「そうかな……? それならいいんだけど……」


 暗闇の中でも分かるほど動揺してしまっていたようだ。俺どんだけメンタル弱いんだよ。


「でも、無理はしないでね? 私が守ってあげるから」


 真冬さんが優しく呟いてくれる。

 さらに彼女はそれと同時に、ひじ掛けに置いていた俺の手を、優しくギュッと握ってきた。


「っっ!?」


 温かく、小さな真冬さんの手。

 いきなり意識に飛び込んできたそんな心地良い感触に、思わず声が出そうになった。


「えへへ……。この方が、より恋人っぽいよね?」

「そ、そうですね……」


 俺だけでなく彼女の声にも、少しの照れが宿っていた。

 でも真冬さんは手を放すことなく、むしろもう少し力を込める。


 あ、ヤバイ。真冬さんの手、すごいサラサラだ。何だこのきめ細やかな肌は。握手で金がとれるレベルだぞ。こんなん一生触れてられるわ。

 ってかもう、死ぬほど恥ずかしい! 手を繋ぐのって、ホントにメチャクチャ緊張するな……。どうしようコレ、手汗とかマジで大丈夫かな……!?


『あちら側に見えるのは、有名な夏の大三角です――』 


 夜空の説明も、次第に盛り上がってきたようだ。


 しかし正直、星空なんて全く頭に入ってこない。どうしたって隣にいる真冬さんのことを意識してしまう。


 真っ暗なせいで姿があまりよく見えず、今彼女を感じられるのはギュッと繋いだこの手のみ。でも、だからこそより真冬さんのことを考えてしまう。


 彼女は今、何をしているのだろうか?

 いや、どう考えても星を眺めてるんだろうけど、どんな顔をしながら星々を眺めているのだろう。爛々と目を輝かせながら? それとも、星々に圧倒されながら?


 なんて、想像を膨らませている時――


「すー……すー……」


 隣から、微かな息遣いが聞こえてきた。

 すぐ近くにいて、なおかつ彼女を意識してたからこそ聞こえてくるような小さな音。


 真冬さん……。これ、ひょっとして寝てる……?


 顔を横に向け、じっと彼女の方を見る。すると暗闇の中にぼんやりと、彼女の寝顔が浮かびがった。


 目を閉じ、可愛らしい口をキュッと結んでいる真冬さん。さらに彼女は体を倒し、顔を俺の肩にもたれかからせた。


「すー……すー……」


 な、なんだこの無防備な姿は……! 俺と手を繋ぎ、体をこちらに預けてきている……! 男心をこれ以上ないほどくすぐってくるこの体勢……。

 ヤバイ、これ! 本気で惚れそうなんですけど! 真冬さん、可愛すぎるんですけど!


「すやぁ……すやぁ……」

「~~~~!」


 俺は彼女の愛らしさを噛みしめながら、起こさないようにじっとした。


               ※


 そして上映が終わった直後。彼女はようやく目を覚ました。


「あはは……。うっかり途中で寝ちゃってごめんね? 実は、昨日あんまり眠れなくて……」

「大丈夫ですか? 真冬さん……。やっぱり、お仕事忙しいんじゃ……?」

「ち、違うの! 別に忙しいとかってわけじゃなくて……!」


 俺を心配させまいとしているのか、必死に否定する真冬さん。

 その代わりに、少しだけ頬を染めて言う。


「今日のこと……すごく楽しみで寝れなくて……」

「……!?」


 アカン……。アカンこれ。

 この人、また可愛いことを言いだしやがった。

 今のはつまり、俺とのデート取材が楽しみで眠れなかったということで……。


「あれ……? 優斗君、なんだか顔が真っ赤じゃない? 君こそ熱がありそうだよ?」

「い、いえ! そんなことないですよ!?」


 さっきまで繋いでいた繊細な手を、今度は俺のおでこに当てる真冬さん。あ。そんなことされたら余計赤くなっちゃう。そのせいで熱が四十度超えちゃう。


 俺は何とか話題を逸らそうと、思っていたことを口にした。


「そ、それよりも! あの……。さっきの寝顔、可愛かったです……」

「ぴゃうわっっ!?」


 彼女の口から、とても面白い声が漏れた。


「も、もしかして私……寝顔見られた……? あ、あんなに暗かったのに!?」

「は、はい……。ぼんやりと見えまして……」


 彼女の顔が、一気に真っ赤に染まっていく。それはもう、茹で上がったように。


「もっ、もう! 優斗君のバカぁ! 減給処分にしちゃうんだから! 給料九十パーセントカット!」

「ええええ!? 何で!? いきなり何で!?」


 ぷくっ、とあどけなく頬を膨らませながら、恐ろしいことを言う代理。

 それから俺は謝りまくって、何とか減給を回避した。

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