第15話 天崎代理と初デート(2)

 

 車に乗ること、約三十分。


 やって来たのは、近場で有名な『シュガーランド』というデートスポットだった。水族館やプラネタリウム、遊園地などが入っている巨大な複合施設である。


 そして俺たちはまず水族館へと入場し、一緒に魚たちを見て回っていた。


「あ~っ! 優斗君、こっち見て! イルカさんが泳いでる~!」

「わ、クリオネさんっ! すごいすごい! 小っちゃいのに、すごく綺麗だね~!」

「あっちにはラッコさんもいるよ~! 手を繋いで泳いでる~!」


 館内に来てから、天崎代理はとてもテンションが高かった。色々な生物を観察しながら、「可愛いー! 可愛いー!」を連呼しながらずっとはしゃぎ回っている。その様子は、かなり微笑ましかった。


「ねえねえ優斗君。優斗君は、どの子が一番可愛いと思う?」

「そうですね……。俺は、アシカとか好きですね。アシカショーとか好きなので」

「わー! だよねー! 私もアシカさん好きなんだ~! 芸してるとこ可愛いよね~!」


 なぜか彼女は、海の生き物を敬う傾向があるようだ。どの生き物も必ず『さん』付けで呼んでいる。


 そして呼び方と言えば、もう一つ。

 さっきから、とても気になることがあった。


「あの、ところで天崎代理……」

「んー? なにかな、優斗君っ」


 本当に嬉しそうな、うきうきした顔で返事をする彼女。

 そんな彼女に、遠慮がちに問いかける。


「えっと……どうしたんですか? さっきから呼び方変わってますけど……」


 天崎代理は俺のことを普段、『岸辺君』と呼んでいた。それがなぜか、いきなり名前呼びになっている。


「だって、私たち今日は恋人なんだよ? 恋人同士なら名前で呼び合うのが普通でしょ?」


 そういえば、今日はそういう設定だった。

 確かに恋人同士なら、名前で呼ぶべきかもしれない。


「だから、今日は優斗君って呼ばせてもらうね♪ ……あ。ひょっとして、嫌だった?」


 一転して、泣きそうな表情になる代理。


「そ、そんなわけないじゃないですか! ただ、突然だったから驚いただけで……」


 実際、名前で呼ばれるのは正直嬉しい。ちょっと恥ずかしさはあるが、天崎代理の言う通り恋人気分を味わえるし。

 そういえば、女子に名前で呼ばれたのって、これが初めてな気がするな……。


「ホントに……? よかった~。それじゃあこれからは優斗君も、私のことを『真冬』って呼んでね?」

「ええっ!?」


 いや、それは無理だ! 女子を下の名前で呼ぶとか、それ絶対に恥ずかしいヤツだろ! 二十五歳が今更何を言ってるんだと自分でも思うが、恥ずかしいものは恥ずかしい。大体今までそんな経験ないわけだし!


「で、でも……。上司を名前呼びするなんて、そんな恐れ多いことできません」


 何とかそんな言い訳を紡ぎ、要求を退けようとする。

 だが……。


「ダ~メ。これは上司命令だよ~? 逆らうなら、給料カットしちゃおうかな~?」

「うぐ……っ!」


 上司命令とか、一番拒否できないやつだ……。


「だから優斗君も、私のことは名前で呼んで? 代理とか、そういうのは無しで」

「うう……。じゃあ、せめて……さん付けで」

「しょうがないなぁ。それでいいよ?」


 結局、上司に言われては断り切れない。

 しかもこの人、期待に満ちた目で俺のことをじっと見つめている。

 これは……早速呼べってか。名前を早く呼べってか。


「え、えっと……。ま…………真冬、さん……」

「(ぱああぁぁぁ)」


 彼女の顔が、可愛らしく華やいだ。


「ありがとうっ、優斗君! お礼に特別ボーナス支給しちゃう!」

「いや、いらないですから! そんな理由でボーナスとか!」

「じゃあ、基本給アップの方がいいかな?」

「だからいらないですって! やめて下さい! すぐにお金を払おうとするの!」


 社長として、一人の社員を贔屓するのはどうなのだろうか? ……うん。絶対問題になるな。


「そう……? それじゃあとにかく、今はデートを楽しもっか♪」


 歩くホワイト企業の彼女が、俺に微笑みを向けてくる。


「さあ、次行こう! 優斗君っ!」

「ふぎゅえっ!?」


 直後、天崎代理――真冬さんが、いきなり俺の腕に抱きついてきた。それこそ恋人同士のように。


「ちょっ、真冬さん!? なんでいきなり――」

「だって、恋人同士だもん! 彼氏に抱き着くのは普通だよ~♪」


 この人『恋人同士』って言葉を使えば、何でもできると思ってないか!?


 ああもう! ヤバイ! 可愛いぞこの人! 真冬さん、マジで天使ですやん!

 ってか、本当に相手役俺でいいのか!? 俺なんかじゃ絶対役不足だろ! なんか申し訳なくなってきた!

 

「あ! ペンギンさんがお散歩してる~! すごいすごい! ちゃんと歩いてるよ~!」


 しかし彼女は俺の葛藤などお構いなしに、向こう側からやって来たペンギンの行列に目を奪われる。


「よちよち歩いてて可愛いね~!」

「は、はい……。そうですね……」


 あなたの方がよっぽど可愛い。

 思わず出かかったそんな言葉を、間一髪で飲み込んだ。

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