第14話 天崎代理と初デート(1)
二人で一緒に会社から出た後。
天崎さんは「ちょっとだけここで待っててね☆」と言い、俺を会社の前に残してどこかへ走って行ってしまった。どうやら車を出してくれるらしい。
「でも、デートってどこに行くんだろ……?」
恋愛経験が無いせいで、具体的なイメージが全く湧かねぇ。そもそも世の中のカップルはどこでデートを楽しんでるんだ? 映画館か? 遊園地か? それくらいしか思いつかない。どんだけ想像力貧困なんだよ……。そりゃ小説家になんてなれないわ。
なんて自虐じみた思考に沈んでいると、可愛らしい声が意識を裂いた。
「優斗くーーーーん! お持たせーーーー!」
それは紛れもなく天崎代理の声だった。車で迎えに来たのかと思い、声がした方に顔を向ける。
すると――
「え…………?」
俺の前に、一台の大きな車が滑り込んできた。見ただけで普通じゃないと分かる、道路を走る別の車から明らかに浮いてる高級車。黒塗りの、胴の長い車。
え、これ……リムジンじゃね?
「優斗君、ごめんねー? ちょっと時間がかかっちゃって」
後部座席の窓が開いていて、天崎代理がそこから顔を出していた。
「え!? これ、天崎代理の車ですか!?」
「そうだよ~。えへへ、すごいでしょ~?」
お茶目にウインクをする天崎代理。
ま、マジか……。この人すごいな……。いや、まあ確かに社長代理だし乗ってても別におかしくないけど……。
社長代理の財力を改めて見せつけられた気がした。
「と言っても、お爺ちゃんと共同で買ったんだけどね? さ、それより乗って乗って。早くしないとデートの時間が無くなっちゃうよ~」
「え……。いや、でも……」
「遠慮しないで~。早く早く~」
高級車を前にした俺の戸惑いを知ってか知らずか、天崎代理が後部座席の扉を開ける。そして「おいでおいで」と可愛らしい手招きをしてくる。
「じゃ、じゃあ……。お邪魔します……」
逡巡の後、勧められるままに後部座席へ乗り込んだ。運転手は別にいるらしく、奥に天崎代理が座っている。
「いらっしゃい♪ 岸辺君っ」
天崎代理が俺の側にすり寄り、それと同時に運転手がゆっくりと車を動かし始める。
そして俺は、車の中を見渡した。
するとまず目に入ってきたのは、座席の前に設置されている、グラスやワインやアイスペールなどが並べられているカウンター。
いや、この車バーがあるーーーー! 車の中にバーができてるーーーーー!
「あ、岸辺君何か飲むよね? カクテル作ってあげよっか?」
しかもこの人酒勧めてきたーーー! 社長が酒を勧めてきたーーーー!
このデート、一応仕事の一環ですよね!? 取材の一環って言ってましたよね!?
「いや、あの……。さすがに仕事中にお酒はちょっと……」
「あ、そっか。仕事中って建前だっけ」
おい、建前って言ったぞこの人! 本音じゃないこと認めおったぞ!
結局、取材というのは方便だったというワケか。やっぱりこの人、単純にデートがしたいだけだったとか……?
「それじゃあ代わりにフルーツはどう? 私が食べさせてあげるから♪」
「え……?」
カウンターの下にある小型の冷蔵庫を開き、フルーツの盛り合わせを取り出してくる。オシャレなフォークで林檎を指し、俺の口へ向けてくる。
「はい、優斗君。あーんして?」
代理が優しく林檎を俺に食べさせた。
「どう? 美味しい?」
「は、はい……美味しいです……」
「えへへっ。なんだか、私たち本当に恋人っぽいね?」
そう言って照れ笑いする天崎代理。
あ、ヤバイ。顔が赤くなる。なんかメッチャ顔熱い。
しかしなんなんだ、天崎さんのこの厚遇は……。 わざわざ迎えに来てくれた上に、この極上のおもてなしの数々……。俺スゲー重役みたいじゃん。
しかもこの車、バーの他にも色んな設備が付いてやがる。座席の正面や左右には小型のモニターが付けられていて、テレビやDVDなどを見られるようになっている。天井部分にはパーリーピーポーの好きそうな綺麗な照明が付けられており、もちろん座席はフカフカだ。
なんだこの空間。何だこの空間!?
これ絶対、貧乏人が乗っちゃダメなヤツだ! だって緊張感凄いもん! 正直全く落ち着かないもん! それこそ社長用だろ、こんなの!
「あ、あの……。天崎代理って、いつもこのリムジンで会社に行ってるんですか?」
「まさか~。そんなわけないよ。いつもは普通に電車だよ~」
「え……? じゃあ、今日はどうしてこれで……?」
「えへへ~。優斗君のために用意しちゃった☆」
いや、なんで!? なんで俺のためにリムジンなんで!?
もう色々と分からなくて、日本語まで変になってきたぞ……。天崎代理、俺のこと大事にしすぎだろ……。
「優斗君は、私の大事な部下だもん♪ デートするなら、相応のおもてなしをしなくちゃね!」
どちらかと言えばそう意気込むのは、男の方だと思うのだが……。
「あ、そうだ! 明日からはこの車で迎えに行ってあげよっか?」
「それはさすがにやめて下さい!」
毎日こんなので来られたら、確実に近所で悪目立ちするわ。
「遠慮なんてしなくていいのに。優斗君のことは、私が面倒見てあげる♪」
「いや、そんなことまでしなくても……」
「お給料もたくさん出してあげるからね。休みたいときも、いつでも言っていいんだよ~? たくさん有給あげるから♪」
この人、俺に対してはホワイト企業すぎるだろ。
目的地に着くまでの間、俺はずっと天崎代理に甘やかされ続けるのであった。
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