第12話 天崎代理はデートがしたい
「ふぅ……。ただいま~」
日付が変わった頃ようやく帰宅し、玄関のドアを力なく開く。そして疲れを引きずりながら、リビングルームへと歩く。
「あ、兄やん。おかえり~」
ソファに寝転がりスマホゲームに興じるマコが、画面から顔を離さずに言う。その傍らにはポテチの袋が置かれており、マコは時折うまそうにのり塩味をつまんでいる。なんて自堕落な妹なんだ。
しかもこいつ、寝巻着てねえし。兄とは言え男が傍にいるのに、水色の下着をつけただけの姿でのんびりと横たわってやがる。
「マコ……。もうちょっとシャキッとしろよ……。お前、少しは恥ずかしくないのか?」
「まぁまぁ、兄やん。細かいことは気にすんなって。あ、ヤベッ。回復アイテム買い忘れてた……」
「……………」
「お、ラッキー。ガチャチケゲット~。SSR出るかな~?」
「…………」
「あ~~~~~っ! またノーマルの
こいつは……もうお嫁にいけないかもしれないな。なんか色々と手遅れな気がする。
「ってかお前……いつもこの時間起きてるけど、もっと早く寝た方がいいんじゃないか? 学校で眠くなるだろう」
「へッ。甘いぜ、兄やん。深夜0時なんて宵の口さ……。妹の夜は始まったばかり……」
「そうか。それなら明日から自分一人で起きれるな? あー、起こす手間が減って助かるわ~」
「あ~~ん! 兄やん! やめて、起こしてー! 絶対遅行しちゃうのおおおお!」
涙目で俺の足に縋りつくマコ。こいつの情緒はどうなっているんだ。
「ああもう! 分かったからくっつくな! それとさすがにそろそろ寝ろ! ちゃんと歯磨きして服着なさい!」
「ん~……。兄やんが服着せて~」
「いつまでも甘えるんじゃありません!」
妹の将来を考えて、あえて厳しめの口調で言う。
こいつがこのまま自堕落だと、最悪の場合俺が一生面倒見ることになるからな。それだけはさすがに勘弁だ。
「……なんか、最近兄やん元気過ぎない?」
「は……?」
すると、いきなりマコがそんなことを言った。
「な、なんだよ突然……。別にいつもと変わらないと思うぞ?」
「いやいや、全然違うって。社畜になってから毎日死にそうな顔してたのに、ここ最近みょーに明るいよ? まるで女でもできたみたいに」
「ぶっ!?」
その言葉に、つい過剰に反応してしまう。
さっきまで俺の腕に触れていた、代理の胸の感触がまざまざと思い起こされた。
「え……? なに、その反応。なんか、図星を指されたみたいな……」
さすがは妹。一瞬で俺の様子の変化に気づいた。
「ま、まさか女か!? 女なのか!? あのネバーエンディングチェリーボーイが!?」
「いや、勝手に変な二つ名をつけるな!」
こいつ、俺のことそんな風に思ってやがったのか……!? 来月のお小遣い抜きにしてやる。
「いや、でも待てよ……? 兄やんに彼女とか、普通に考えて起こりえないか……。ということはそれは、兄やんの妄想……。悲しい社畜が生み出した幻影……」
「おい、お前さっきから失礼すぎるぞ。もう少し兄のことを敬え」
仕方ない……。このまま色々言われるのも嫌だし、軽く話だけしておいてやるか。
俺は以前名刺をもらった社長代理の話をし、彼女に気に入られていることを語った。
すると可愛い我が妹は――
「あぁ、なるほど。そういうことか。……そういう設定で生きてるわけね」
にべもなく、そう切捨てやがった。
「いや、信じろよ! ホントだから!」
「はいはい。そうだね。それなんてエロゲ? 私もやるから教えてよ」
「いや、エロゲじゃねーから! リアルだから!」
ってかお前、エロゲやるのかよ……。女子高生がそんなものに手を出すんじゃないよ……。
「兄やん、あれでしょ? どうせ近くの席の同僚とかにちょっと話しかけられただけで『あれ? こいつ俺に気があるんじゃね? ちょっと押したらヤレんじゃね?』とか、簡単に考えるタイプでしょ? ないから。そんなラッキーないから。いい加減そろそろ身の程を知ろう? そして妹とゲームをしよう?」
「いや、だから今のは本当なんだよ! 嬉しいことに、割とマジで気に入られてるはずだ!」
「お前の中ではそうなんだろう。お前の中ではな」
「ネタで片付けんな! 少しは信じろ!」
「信じろって言ったって……。そんな馬鹿な話あるわけないって~」
そうやって俺の話を一笑に付すマコ。え、なんなのコイツ。俺をイラつかせるプロなの?
「大体さぁ。仮にそれがホント
ふと、俺のスマホの通知音が鳴る。気になって画面を見てみると。
「代理……?」
そういえば、社長代理秘書になるときに連絡先を教え合っていたんだ。でもまさか、こうして連絡をもらえるとは……。
「え、なに兄やん。代理って誰?」
「今言ってた上司だよ。ちょっと待ってろ。確認するから」
嬉しい気持ちになりながら、届いたメッセージを開く。すると――
『業務連絡。明日は二人でデートをするので、私服で会社に来てください』
「…………マジかよ」
突然の申し出に、俺の体は固まった。
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