第11話 甘口上司からのお願い

「あぁ~……。ようやく終わったか……」


 日付けが変わる少し前、ようやく与えられた仕事を終えることができた。いつものことだが、すでにオフィス内には誰もおらず、俺一人取り残されていた。


「はぁ……。さすがにちょっと辛いよなぁ……」


 天崎代理に甘やかされることが増えた分、ライターとして普通に働くとギャップでより疲れがたまる。特に今日は延々と座ってPC画面を見つめてたし、いつもより作業量が多かった。


 今日はもう、帰ったら即寝よう。決意しながらデータの保存などをしていく。


「あ、岸辺く~ん。お仕事終わった?」


 ふと、声がかけられる。

 天崎代理がオフィスの出入り口に立っていた。


「天崎代理……。もしかして、待っててくれたんですか……?」

「そうだよ~。今日は岸辺君とあんまり一緒になれなかったから。せめて、一緒に帰ろうかなって」


 ま、マジか……! 代理が、わざわざ俺のために……。

 それって、ものすごく贅沢なことなのではなかろうか? 社長代理が、下っ端の俺のために待っていてくれる。普通なら絶対にあり得ない状況だろう。


「岸辺君、どうしたの? ぼーっとしてる?」

「あ、いえ! なんでもありません!」


 喜びのあまり、我を忘れてしまっていた。


「え、えっと……。もうちょっとだけ待っててください! 今すぐパソコン閉じちゃうんで!」

「あはは。ゆっくりでいいよ~。慌てないでね?」


 優しくそう言ってくれる代理。

 しかしもうすぐ終電だし、あまり待たせるわけにはいかない。急いでデータを保存し終えて、書類などを鞄にねじ込んでいく。


 その時、代理が不意に口を開いた。


「ねぇ、岸辺君。一つだけ質問してもいいかな?」

「はい? 何ですか?」


 しばしの間の後、彼女は問う。


「岸辺君、私のことってどう思ってる?」

「え……?」


 質問の意図がよく分からず、俺は何も答えられずに固まる。

 すると天崎さんが補足した。


「えっと、その……。私、最近岸辺君の側にずっといるでしょ? 勝手に秘書に任命したり、仕事中に見に来たりして……」

「まあ、はい……」

「でもそれって、全部私のワガママだから……。もしかして岸辺君、迷惑してるんじゃないかなって思って……」

「ああ、なんだ……。そんなことですか」


 いきなり意味深なことを聞くから、一体どうしたのかと思った。

 やっぱりこの人は、俺のことをすごく気にしてくれているみたいだ。……そんなこと、ちっとも気にする必要はないのに。


「迷惑なワケないじゃないですか。天崎代理は、俺を救ってくれた恩人なんです。就活という地獄から、手を差し伸べてくれた唯一の人。そんな人を迷惑だと思うことなんてありえませんよ」

「で、でも……。岸辺君、無理してない? ホントは私と一緒にいるの、嫌だなって思ってない?」

「そんなこと少しも考えていません。むしろ俺は、あなたに受けた恩を少しでも返していきたいと思っています。本当に、感謝していますから」


 あの時この人が手を差し伸べてくれなければ、俺は未だに苦しんでいた。

 この人は、俺を見つけて救い出してくれた女神なのだ。


「もし天崎代理が俺を必要としてくれるなら、それは本当に嬉しいんです。だから、変なこと考えないでくださいよ。天崎さんが俺と一緒にいたいと思ってくれるなら、どこまででもついていきますから!」

「岸辺君……!」

「もし俺にできることがあれば、遠慮なく言ってくださいね? あなたの役に立つことが、俺の喜びでもあるんですから」


 恩人に気を使わせては、社長代理秘書失格だ。代理が安心できるよう、笑顔を浮かべながら言う。

 すると彼女は、遠慮がちに口を開いた。


「そ、それじゃあ……。こうやって一緒に帰らない?」


 言いながら、代理が俺ににじり寄る。そして、俺の腕に自身の腕を絡め、ギュッと抱き着くようにする。


 え……? この人、何してんの?


「あ、天崎代理……!? さすがにそれは……!」

「だって……今日は寂しかったから……。このまま一緒に帰らない?」

「で、でも! さすがにこんな恋人みたいな……!」

「コレくらい上司と部下なら普通だよ? 職場でよく見るスキンシップだよ?」


 いや、絶対そんなことはない。例えば俺がこれを女子社員にしたら、速攻でセクハラになるだろう。


「だ、大丈夫! 今は誰もいないから! それに、外に出たらちゃんとやめるし……。ダメ……?」

「うっ……」


 潤んだ瞳で、上目遣いに尋ねる彼女。

 いや、そんな顔されたら断れるわけがないじゃないか……。それに『あなたの役に立ちたい』って、今言っちゃったばかりだし……。


「……わ、分かりました……。そういうことなら……」

「ホント!? ありがとう、岸辺君っ!」


 そう言い、さらに抱き着く力を強める彼女。


「はあぁ……岸辺君の腕、逞しいよぉ……! 尊い……ホント癒されるぅ……!」

「…………っ!?」


 リラックスしきった顔をする代理。しかし俺は、反対に表情を強張らせる。

 だって……胸が当たってる。彼女の暴力的なまでの巨乳が、俺の腕に押し付けられている。

 いや無理コレ無理こんなん絶対無理だろおい理性保てる気がしねえわマジで一体どうなってんだよ胸ってこんなに柔らかいとか初めて知ったわ素晴らしいなおっぱい――


「えへへ……。ずっとこうしていたいね~♪」

「は、はい……。そうですね……」


 動揺を悟られないように、平静を装ってそう返す。

 その後、結局駅に到着するまで、天崎さんは俺の腕をギュッと抱きしめ続けていた。


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