第10話 天崎代理は過保護である

「おい、岸辺! 主要キャラたちの掛け合いパート、優先して完成させておけ!」

「は、はい!」

「あ、岸辺ー! こっちの修正もお願い出来るか?」

「しょ、承知しました! すぐやります!」


 社長代理になったと言えど、いつも天崎さんの側にいられるわけじゃない。


『ゴメンね、岸辺君! 今ライターの人手が足りないらしくて……。ちょっと応援に行ってくれないかな?』


 今日は代理にそう言われ、数日ぶりにライターとして働いていた。

 しかし、今日はいつも以上に忙しいな……。これじゃ、昼食をとる暇も無さそうだ。余計なことは何もせず、シナリオだけに集中しないと。


 そう思い、PC画面に向かおうとしたとき。

 部屋の空気が変わった気がした。


「……?」


 違和感を抱き、一度顔を上げオフィスを見渡す。すると――


「え……?」


 オフィスの端に見覚えのある人物がいた。

 その人は他を寄せ付けない不機嫌そうな表情を浮かべ、壁際でもたれかかっている。その人がそこに存在するだけで異様な威圧感が放たれていて、周囲の人は恐怖のあまりブルブルと体を震わせていた。まるで突然、温度が下がったかのように。


 しかし……。

 その人は俺と目があった途端、その表情を一変させた。


「(にぱーーーー)」


 き、来てるーーーーーー! なぜだか天崎代理が来てるーーーーーーー!

 え、あの人何しに来たの? あの人今日は一日中、社長室で仕事してるはずじゃ……。


「あ、あの……。天崎代理? 本日は一体どうされましたか……?」


 俺と同じ疑問を抱いたのだろう。部署の先輩が彼女に近づき、遠慮がちに質問をする。

 そんな彼に、代理は冷たい言葉を返した。


「……用事がなければ、私がここにいてはいけないの?」

「い、いえ……! そういう訳ではございませんが……」

「ここは、今は私の会社よ。いちいちくだらないこと聞かないで」

「は、はい! 申し訳ございませんっ!」


 すげぇ……。俺を毎回厳しい口調で怒鳴りつける先輩が、メッチャ頭を下げている。

 もの珍しい光景に、思わずそんな二人の様子を仕事そっちのけで見つめてしまう。


 でも天崎さん、多分今も肩ひじ張ってるんだろうなぁ……。いつもあんな風に周囲の人たちと接してたら、そりゃものすごく疲れるわ……。


 ってか、この人……本当に何しに来たんだ?

 疑問に思い彼女のことを見続けていると、また天崎さんがこちらを向いた。


「(にぱーーーーーーーーーーーーーっ!)」


 この人、確実に俺に会いにきやがったーーーーーーーーーー!

 すげぇ満面の笑み! 百点の笑顔! 何でわざわざ俺に会いに来てんの!?


 代理だって暇なワケじゃないはずなのに……。まさかこの人、一人でいるのに耐えられなかったとかじゃないよな……?


 とりあえず、代理は俺に近づかずにオフィスの端からこちらを見ている。俺が仕事する風景を観察するつもりなのだろうか。授業参観の母親かよ。


 まあいいや……。そう言うことなら、とりあえず仕事に集中しよう。こっちも今は忙しいし――


 と、その時。


「おい、岸辺! これはどういうことだ!」


 ライターリーダーの坂口さんが、肩を怒らせながら俺のもとに来た。彼は今年で四十になる、この会社でベテランのライターだ。


「え、えっと……これと言いますと……?」

「お前がさっき提出したシナリオ! 完全にキャラがブレてるぞ!」


 先ほど書き上げて出力したデータを叩きつけながら怒鳴る彼。その紙には、大量の赤が付けられている。


「この主人公に対して、このセリフや描写はおかしいだろ!? こんなクオリティじゃ認められない! 今すぐ、昼までに書き直せ!」

「は、はい……。申し訳ございません……」

「大体お前はいつもそうだ! ミーティングで何度説明しても、物語のコンセプトを全く理解していない! 作家を目指して専門学校に通っていたそうだが、そんなんだからデビューできなかったんじゃないのか!? あ!?」


 彼はなかなか怒りが収まらないようで、真っ赤な顔でお説教を始める。


 ああ……。またやってしまったな。

 こうしてリーダーに怒鳴られるのは、何も今回が初めてじゃない。


 しかし、この人の説教は何度受けても慣れないな……。敵意をむき出しにする感じが、はっきり言ってとても怖い。


 でも一度怒らせてしまった以上、俺はただ俯いて嵐が過ぎるのを待つしかない。


「そもそも、なんでお前なんかがいきなりウチの会社に入って――」


 と、その時。突然リーダーの言葉が止まった。不思議に思って、恐る恐る顔を上げてみる。

 すると、ライターリーダーよりも恐ろしいものが視界に入った。


「…………(コォォォォォ)」


 天崎代理が世にも恐ろしい眼光で、リーダーを睨みつけていた。


「……………………!?」


 リーダーが驚愕の表情を浮かべ、ダラリと大粒の汗を流す。


「ま、まあ……。そういうワケだから……。書き直しの方、よろしく頼む……」

「あ、はい……。すみませんでした……」


 よほど代理が怖かったのだろう。

 さっきまでの怒りはどこへやら。彼は力なく説教を切り上げ、代理の視線から逃げるために、すぐにその場から離れていった。


 後に聞いた話によると、この時リーダーは生まれて初めて明確に死を意識したという。


 そしてその直後、リーダーと入れ替わるようにして代理が傍に駆けてきた。


「岸辺君っ、大丈夫!?」


 周りに聞こえないよう気を付けながらも、心配そうな声を出す彼女。


「怖かったね~! よしよし、もう大丈夫だよ~。あ、そうだ。怪我はない?」


 説教だけで怪我をする人はさすがにいないと思いますが……。


「今の、ライターリーダーの坂口だよね? 岸辺君を怒鳴りつけるなんて、私絶対に許せない。あいつの給料、一年間半額にしてやろうね?」

「いや、それはさすがにやめてあげて下さい!」


 大体、アレは確実に俺が悪いし! 確かに坂口さんも言葉がキツイときはあるけ

ど、俺のシナリオが下手なのが悪いし!


「でも、アイツをあのままにしておけないよ! 私の可愛い岸辺君に、あんな暴言を吐くなんて……!」

「大丈夫ですから! アレくらいいつものことなので……」

「いつものこと!? そんなのなおさら許せないよ! アイツ、やっぱり今すぐクビにする! 明日からは岸辺君がライターリーダーになるといいよ!」

「いや、そんなことしたら会社終わりますよ!?」


 この人、社長代理としてそんな適当な経営でいいのか……?

 

 ただ、天崎さんが俺のことを大切に思ってくれるのは、正直素直に嬉しかった。

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