第5話 採用面接

 

 天崎さんと出会ってから、十日ほどが経ったころ。


 ついに今日はノベルスタジオの面接の日。俺は彼女に言われた通り最低限必要なものを持参し、会社の受付にやってきた。


 そこで別室に案内され、人事担当と思われる一人の男性と向かい合う。こちらを値踏みするようないやらしい笑みを浮かべている、初老で禿頭の男性だ。


 面接官は、どうやらこの人だけみたいだな……。

 もしかしたら天崎さんもいてくれるかもと思っていたけど、さすがにそんな暇はないらしい。


「ふーん……岸辺優斗くん、ね……。とりあえず、自己紹介でもしてもらおうか」

「は、はい! 岸辺優斗と申します!」


 緊張しながらも、はっきりした声で質問に答える。


「私はこれまで、清掃員やコンビニ店員など数々の職種に携わってきました。今後は前職での経験を活かし、御社で様々な業務に挑戦していきたいと思います。本日はどうぞよろしくお願いします!」

「ふーん、そう……。なるほどねぇ……」


 俺の答えを聞いているのかいないのか、面接官が気のない返事を口にする。

 さらに彼は俺の渡した履歴書を見て、馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「前職での経験って……結局全部アルバイトなんでしょ? 経歴に書いてあるけどさ」


 うぐっ……。確かにその通りだけど……。


「アルバイト程度での経験が、果たしてどれほど活かせるもんかねぇ。いや、アルバイトが悪いってワケじゃないけどさぁ。でも、君程度の人材だったら、その辺にいくらでもいるからねぇ」


 言いながら、机の上に膝をついて退屈そうにあくびをする彼。

 うわ、このハゲジジイ……。やる気のなさが現れすぎだろ。これ確実に俺を採用するつもりないよな?


 とはいえ、まだあきらめるわけにはいかない。それにこの程度、慣れている。


「ってか君、経歴に書いてある専門学校。これって何の学校なの?」


 おっと、やっぱりそこに触れてくるか。俺の一番デリケートな部分に。


「しかも卒業した後は五年間もフリーターしてるし……。今までホント何してたの?」

「その……。学校は、小説の専門学校です……。私は今まで小説家を目指して、執筆活動をしていましたから。学校では、文章技術やストーリーの構成などを主に学ばせていただきました」

「へぇ~。なるほど。小説家ねぇ~……」


 面接官は対して興味なさそうに返す。


「それじゃあこの卒業後の期間は、ずっと小説書いてたワケ?」

「は、はい……。その通りです」

「人生無駄にしてるねぇ、君」


 こ、このクソハゲ加齢臭オヤジ……! 


 確かにこの期間、今の俺にとってはかなり無駄な時間だったよ。ハッキリ言って黒歴史だよ。

 それでも一応俺にとっては、夢を追い続けて頑張っていたかけがえのない時期なんだぞ! 凄く大切な時期なんだぞ!


 それを何にも知らないくせに『無駄』の一言で切り捨てやがって……! お前に分かるか? 友人たちと切磋琢磨したあの素晴らしい青春の日々が。それら全てを投げ捨てる覚悟で、夢を挫折した苦しみが!


 正直、さすがにムッとした。こうなったら、何が何でもこの面接に受かってやる!


「しかし! 私は作家を目指す過程で、幾つもの作品を書いてきました! 専門学校ではゲームなどのシナリオライティングも勉強し、講師の方々にも高い評価を頂いています! 新人賞での選考でも二次選考までは通過できる程度の実力はあり、この技術を生かす機会さえ頂ければ、御社でもシナリオライターとして活躍できると思います!」


 どうだ、この猛烈なアピール! これほど実績のある人材なら、採用しないわけにはいかな――


「でもさぁ。所詮はデビューできなかったわけでしょう? 素人程度の文章で、果たして活躍できるかなぁ?」


 あばばばばばばば!

 あばばばばばばばばばばばばば!

 痛い痛い! 心が痛い! 俺の心に致命的なダメージ!


 この面接官、さっきから痛いとこばっかついてきやがる! 

 ってか、それにしても言い方ってもんがあるだろうが! コイツ本当に遠慮ないな! 社会人ってのはみんなこうなの? 就活弱者を見つけては心を折る風習とかあるの?


「ま、とにかく。さっきも言ったけど、君のような人材は掃いて捨てるほどいるんだよ。君を採用するメリットは、皆無と言っていいだろうね。それとも、何かあるのかな? 当社が君を採るメリットが」

「そ、それは……」


 ダメだ……。もう何も答えられない。残された言葉なんてない。


「多分君みたいな経歴じゃ、どこに行っても同じだね。まともな企業で君を正社員にしてくれるような会社なんてないんじゃないかな? 就活なんて諦めて、このままフリーターでもしていることだね。それとも、また作家でも目指してみるかい?」


 いやらしい笑みを浮かべながら、履歴書をまるで捨てるように机の上に置く面接官。


「さあ、これで面接は以上だ。結果は言わなくても分かるよね? 分かったなら、さっさと帰って――」


「すみません。遅くなりました」


 面接官が言い終える直前。

 唐突に部屋の扉が開き、同時に鈴のような声が響く。

 その声に、俺は反射で振り向いた。


「あ……」


 そこにいたのは……天崎真冬さんだった。

 彼女は俺の顔を見て、一瞬柔らかな笑顔を浮かべる。

 その後、すぐに面接官の方を見た。


「まだ面接の途中ですよね? 今はどんな話をしていたのですか?」


 彼女は俺を見る時とは違う、凛々しい表情で面接官の男に聞く。その声色も、以前ファミレスで話した時とはどこか異なるように思えた。

 言うならば――社長としての威厳があった。


「しゃ、社長代理……!? どうしてあなたが……?」

「いいから、質問に答えてくれる? どんな話をしていたの?」

「は、はいっ! その……。面接はちょうど、今しがた終わるとこでして……」 


 さっきまで不遜な態度をとっていたハゲが、ヘコヘコと頭を下げている……。

 天崎さん、本当に社長代理なんだな……。疑っていたわけじゃないが、年上のオッサンが彼女に頭を下げるのを見ると、改めて実感させられた。


「そう? でも一応、私にも履歴書を見せてもらえる?」


 言いながら、天崎さんが面接官の隣に座る。そして雑に置かれていた俺の履歴書を手にとった。


「あ、あの……。どうですか? 結果は見えてると思いますけど……」


 面接官が控えめに聞く。すると……。


「そうね……。結果は見えてるわ」


 すぐに履歴書を手放す神崎さん。彼女はそのまま俺を見る。

 その顔は、やはり社長としての引き締まった表情だった。真面目な顔で見据えられ、俺は今一度この面接の結果を悟る。


 や、やっぱり……。天崎さんの目から見ても、俺には採用する価値がないんだ……。

 まあ、確かに分かってはいたんだ。どう考えても俺なんか、企業に選ばれる人間じゃないって。面接官の言う通り、ずっとフリーターとして働いていくのがお似合いだって――


「岸辺優斗君……採用で」

「……え?」


 瞬間、時の流れが止まった。

 彼女の言っている意味が分からず、俺は口を開けたまましばし呆ける。

 そして――


『はあああああああああああああっ!?』


 同じく呆けていたハゲオヤジと共に、驚愕に満ちた叫び声を上げた。


「ま、待ってください社長代理! こ、この男を採用なんて……正気の沙汰じゃありませんよっ! ちゃ、ちゃんと考え直してください!」


 面接官がすごい剣幕で天崎さんに捲し立てる。

 だが、彼女は動じない。


「……私の決定に、何か文句が?」


 彼女の冷たい声と視線で、部屋の温度が二度下がった。


「ひいっ!」


 あ、あのクソオヤジが怯えてる! クソオヤジが恐怖で震えてる!

 天崎さんに睨まれた途端、面接官は慌てて彼女から目を逸らし、ブルブル震えながら縮こまってしまった。


 そうなってはもう、天崎さんの決定に口をはさむ者はない。俺の採用が決まってしまう。

 え、てかホントに……? ホントにいいの……? 俺なんかが入社していいの……?


 俺が内心困惑していると、天崎さんがまっすぐこちらを見据えてきた。


「と言うわけで……。これからよろしく。岸部君」

「は、はい……!」


 事務的に俺の名前を呼ぶ彼女。


 しかし彼女の声色は面接官に向けたものと違い、どこか温かい優しさがあった。

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