第4話 未来への一歩
プルルルル――プルルルル――。
無機質なコール音が耳元のスマホから垂れ流される。
マコから話を聞いた後、俺はいてもたってもいられなくなり、ついに天崎さんに電話をかけた。それはもちろん、彼女の会社で面接をさせてもらうためだ。
一割の期待と、九割の不安。途中でしり込みしそうになりながらも「ここで止めたら、二度とチャンスは巡ってこないぞ!」と自分で自分を奮い立たせて、名刺の番号に発信をする。
しかし天崎さんは出ず、何度も何度もコール音が繰り返されるだけ。そして――
「……やっぱり、出てくれないのかな……」
俺みたいな就活弱者がかけた電話を、社長代理がとるわけがない。名刺をくれたのはただの気まぐれで、改めて俺と話す気は無いんだ。期待するだけ無駄だったんだ……。
そう思いかけた時、コール音がやんだ。
「はい、もしもし。天崎です」
「!!」
で、出た……! 天崎さんが……! 天崎さんが出てくれた!
「も、もしもしっ! 俺――じ、自分! 岸辺優斗です! さっきプラトーンでお会いした……」
声を上ずらせながら、焦りつつも必死で言葉を紡ぐ。
すると彼女は、すぐ俺のことを分かってくれた。
「あ! もしかして、岸部君!? さっきハンカチ貸してくれた……」
「は、はい! そうです! その岸辺です!」
「わー! 岸部君! 岸部君だー! 本当に電話かけてくれたんだー!」
よ、よかった……。忘れられてなかった……。いや、ついさっきのことだから、覚えてて当然なんだけど。
迷惑がられる可能性ぐらいはあったけど、どうやらそれもないみたいだ。それどころか、やたら嬉しそうな弾んだ声を向けてくれる。
ヤバイこれ、こっちまで嬉しくなるぞ。まるで彼女が俺からの電話を待っていたみたいで。
いや、ダメだ! 勘違いをするな! 思い上がってもいいことはないぞ!
「さっきは本当にありがとね! 君のおかげで、私、本当に助かったんだよ?」
「い、いえ! 大したことはしてませんから……」
俺はただ、話しかけてハンカチを渡しただけだ。そこまで感謝されることじゃない。
「それより、すみません……。突然電話してしまって……」
「ううん! 謝ることじゃないよ! 私の方から連絡してって言ったんだから!」
俺の謝罪に、天崎さんは優しく返す。
「そっか~。でも、電話してきてくれてよかった。私心配してたんだ~。いきなり名刺渡しちゃったから、迷惑がられてないかって」
「そ、そんな! 滅相もございません! むしろ、すごく嬉しかったです! 俺なんかに良くしていただけて……!」
名刺をもらうなんて、就活で苦労してる俺の中ではほぼ初めての経験だ。しかも相手は、社長代理……。
「ところで、今はお時間大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だよ~。ちょうどお風呂から出たとこだから」
「お風呂ぉ!?」
驚きのあまり、またもや声が上ずった。
「岸部君? どうかした?」
「い、いえ……! ナンデモナイデス……」
頭の中で、天崎さんが全裸姿で風呂に入る姿が勝手に浮かび上がってくる。彼女のことはさっき一度見ただけだが、それでも明確に覚えている。整った顔立ちに、長い黒髪。そして何より――顔をうずめたくなるような巨乳。そんな彼女が裸になり、お風呂でシャワーを浴びている姿……。
「それで、どうして電話してきてくれたの? 何か用事があるんだよね?」
「あ、はい……! それは、えっとですね……」
よこしまな妄想をしているところで尋ねられ、思わず口ごもってしまう。
しかし、彼女の方からうまいこと話を振ってくれた。本題に入るなら、今が最良のタイミングだ。ここで勇気を出せないようなら、今後一切俺にチャンスは巡ってこない!
今こそ自分を奮い立たせろ! そして明るい未来を掴むんだ!
「あ、あの……。実は、一つお願いがありまして……」
「お願い?」
可愛らしく尋ねる彼女。
俺は気づかれないように、一度静かに深呼吸をする。
そして――
「俺に……俺に面接を受けさせてくださいっ!」
思い切って言葉をぶつけた!
「うん、いいよー」
「軽っ!?」
思った以上にあっけない返事に、拍子抜けしそうになってしまう。背負っていた重い荷物が、いきなり消えたような感覚に陥る。
「だって私、もう面接するって約束したでしょ? 岸部君がよければ、歓迎するよ~」
優しく、どこか呑気な印象のある間延びした声で言う彼女。
「そうだなぁ~。今週中はちょっと予定が埋まってるから……。来週末とかどうかなぁ?」
「は、はい! 自分はいつでも大丈夫です!」
「それじゃあ、来週の金曜日。九時ごろに会社まで来てもらってもいいかな? 場所は『
「はい! もちろんです! すぐ調べます!」
「あはは。そんなに気負わなくたっていいよ~。ただの面接なんだから」
いや、俺にとってこれはただの面接なんかじゃない。人生をかけた、一世一代の大勝負である。
マコ曰く、彼女の会社はソシャゲ業界で一番勢いのある会社。大学も出ていないこの俺がそんなところで面接をさせてもらえるなんて、まさに夢のような出来事だ。
せっかく社長代理の天崎さんがくれたチャンス。何が何でもものにしてみせる! 絶対に入社してみせる!
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。君なら、絶対受かるから」
俺の緊張を見抜いてか、天崎さんが温かい言葉をかけてくる。
「今までずっと、一人で頑張ってきたんだもん。きっと、そろそろ報われるよ?」
社長代理の、優しい気持ち。彼女の言葉が俺の緊張をほぐしながら、決意をさらに強めてくれる。
と、同時に。俺の心に一つの罪悪感が生まれた。
「あの……。なんか、本当にすみません。こうやってお願いするの、恩に着せてるみたいですよね……?」
「そんなことないよ岸辺君! 私だって、君みたいな一生懸命努力してる子に面接に来てもらいたいもん!」
今までと違う強い口調で、彼女が俺の質問を否定。
「だから、そんなこと気にしないで? 私だって、すごく楽しみにしてるんだから。君と一緒に働くことを」
「天崎さん……」
やっぱりこの人、底抜けに優しい。
さすが会社の社長ともなれば、人格も優れているのだろう。ここまでできた人であれば、きっと社内でも部下たち皆に好かれているに違いない。
でも――
それならなぜ、彼女はあの時……。
「じゃあ確認ね。来週の金曜日、午前九時から私の会社で面接させてもらいます。持ち物は、特別なものはいらないけど履歴書とかはお願いね。それで受付に行ってくれれば、案内するように言っておくから。それじゃあ、あとは当日に――」
「あ、あの……!」
「ん? なにかな? 岸部君」
思わず口を挟んでしまう。しかし、その後の言葉はうまく続かず……。
「そ、その…………。面接、よろしくお願いします……」
「うんっ! こちらこそお願いねー」
天崎さんがにこやかな声色でそう返す。
――あの時なぜ、彼女はファミレスで泣いていたのだろうか――?
それを聞くことはできないまま、天崎さんとの通話は終わった。
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