36話 御嶽(うたき) 10/14

 「それでナギィは、どうだったさぁ?御嶽ウタキでのお祈り。 」


 「そう、それなんです。私とナギィの感じ方が全く違ったから、それが聞きたくて。」

 「ワーは、とにかく御嶽へ足を踏み入れたら、頭の中が眩しくて……目を閉じても眩しくて。」


 カマディがやはりそうか、と頷いた。

 「やはり、ナギィはカガンの子だねぇ。」


 「アンマーもそうだったの?」

 「ヤサヤー。そして、ワシとも同じさぁ。……ワシも、ミヤラビの頃は……あぁ、こんなオバアにも、娘だった頃はあるんだよ。」

 そういうと居間にいる全員が、神妙な面持ちで聞いていたのが解かれて、ふふっとなる。


 「ンカシ、イッペー美人チュラカーギーだった頃は、もう御嶽ウタキへ近づくだけでシニ頭痛チブルヤミーやっさぁ。でも、ワシのアンマーはとても厳しい人で、許してくれなかった。それで毎日のように通って……頭痛に耐えて、耐えて…………このシワさぁ。はははは!」


 カマディは顔をぐるりと、みんなに見せた。


 もうこうなったら、居間はカマディの独壇場。

 周りの清明シーミーたちは「ウムサンねぇ」「カマディはテーファーやっさぁ!」と笑った。


 カマディのおしゃべりに癒されて、納得した清明たちは自然と「はぁーあ、そろそろ行くさね」と立ち上がりだした。


 「さ、ナギィもメイシアも、一緒に行っておいで。」

 と、カマディが言葉で二人のお尻を叩いた。


 なんだか腑に落ちない二人だったが、清明たちが出発するというので、ついていくしかなく渋々御嶽へ向かって歩き出した。





 「なんか、オバアに持っていかれたかなぁ。なーんにも聞きたいことが聞けなかった気がするばぁよ。」

 ふくれっ面のナギィがぼやいた。


 「そうだねぇ。……でも、ナギィとお母さんが一緒だったって。良かったね。」

 「それは嬉しいんだけど……。という事はだよ? アンマーはオバアが修行に連れて行っていたのに、ワーは今まで一度も御嶽へ連れていかれたことなんてなかったって事じゃない?……なんか、変だよね?」


 「まぁ……。でもさ、ほら、子供と孫は、かわいさが違うって、村にいた時の、お向かいおばさんが言っていたよ?」

 「んーーーーーー……。そーゆーものかなぁ?」


 「お二人は、何が腑に落ちないんですか?」

 二人の会話が耳に入っていたマタラが、話に割ってきた。



 「「……。」」

 メイシアもナギィも、モヤモヤはあるものの、それが何なのか掴むことができない。



 「なんかこう……、おばあちゃんが、ユイ加那志ガナシの事を話しているときに引っかかったような……前にもなんか……」

 メイシアが、腕を組んだ。


 「え?そうなの?じゃ、ワーの感じとは違うかもしれないなぁ。んーーーー、ワーは……アンマーの事をオバアはあんまり話したがらない気がして……かな?」

 ナギィも同じように腕を組んだ。



 「ナギィさん。それは、祝女のろさまも、我が子をあの大火事で亡くされたのです。お辛いのではないですか?」

 「そうかなぁ……、じゃ、ワーもあんまり言わない方がいいのかなぁ……」


 「私も、我が子を亡くしたような経験が無いので、答えを出すことは難しいですが……」

 「そうだよねぇ……。」



 「ところで、マタラさん。さっき、話が途中になったままなんだけどね、」

 とメイシアが話をかなり前に戻した。

 もう、まっくた話を忘れているマタラが、不思議そうな顔をした。


 「?」

 「御嶽で祈る行為は、願いを聞き届けてくれる者の声を聴き、お願いをするって…… 」


 「あぁ、その話ですね。」

 「私、さっき御嶽で祈った時、羽音のする何かの声を聴いたから、お願いをしたんです。でも、その羽音もその声も隣にいるナギィは聞こえていなかった。……どうしてなんでしょう?」


 「んーーー、私にもそれはわからないかなぁ。でも、それだけ集中していたのなら、御嶽にいる時間はあっという間だったでしょう? 」


 メイシアは、半刻ほどしか経っていないと思っていたのに、実際は四時間も時間が経っていたことに驚いたのを思い出した。


 「はい。ものすごく早く時間が経ちました。」


 「多分、私達は、自分と波長の合う者と……もしくは、向こうが自分に興味を持って繋がってくれた者と、繋がる事が出来るんじゃないかな?それで、それはあの早く過ぎ去った時間のどこで起こっているのかは分からない。例えば、もし二人が、今、何者かとつながった、と思っても、それは二時間前かもしれない。ついさっきの事なのかもわからない。……なんて偉そうなことを言ってるけど、実際、みんな自分の中の感覚しか知らないから、正しいことがわからないの。」

 マタラが、お手上げだというポーズをした。


 「……そういうものなんですかぁ、」

 「ごめんなさいね。」


 「いえ……。」


 メイアの中には、あの羽音の者の事もそうだが、助けと許しを求めてきた女性声の事があった。

 (自分と波長が合うか、自分と繋がりたいと思った者……)


 「ワーは、声なんて聞こえなかったんだよねぇ……。役にたっているのかなぁ……。」

 ナギィがポツンとつぶやいた。



 「何を言っているのですか、ナギィさん!祝女さまとカガンさんの血を受け継ぐユタなんですよ、役にたたない訳ないじゃないですか!」

 「ど、どうしたの、マタラさん急に……」

 いきなりヒートアップしたマタラに、ナギィがたじろいだ。


 「私も自分の感覚しかわからないですが、多分、私の感覚と他の清明の感覚は似たようなものなのです。もちろん、メイシアさんも。」

 「……うん、」

 完全に、瞳孔が開いてしまっているマタラの勢いに押される。


 「私はカガンさんから、清め方を教わった時に聞いたことがあるのです。カガンさんは、誰かの声を聴いて頼むのではなく、自分の意識がそのままそれをするのだと。」

 「ん?どういう事?よく分からない。」


 「カガンさんは精霊を媒体にしなくても、何かに干渉されなくても、自分の意識だけで奇跡を起こせるんですよ!きっと祝女さまもそう。だからお一人で、いつでもどこでも私たち清明の何倍もの力を放出される。分かりますか?それってすごい事ですよね?!」


 食い気味のマタラと、のけぞり気味のナギィ。

 ナギィはマタラから、ツーーーっと視線を外した。


 「あーーーーーー、うん。そう言われたら、ワーも意識が山原やんばるの方へ飛んでいくような……そんな感覚があるんだけど……それ、なのかな?」


 マタラは、もともと大きな目を極限まで見開いたのち、脱力し、大きなため息を履いた。


 「……これだから、桁違いの人は……」

 「ど、どういう事?」


 「……やはり、ナギィさんは、お二人の家系のお方だという事です。あなたは、生まれながらにして次世代の祝女さまなんですよ。」


 「そんなぁ……本当にワーに、そんな力があるなんて信じられない……」


 「わかりました。じゃぁ、この次の祈りではっきりさせましょう。私がナギィさんの、その兆しをお見せいたします。」


 マタラの目は使命感に溢れていた。

 しかし、その横で、ナギィが大変なことになってしまったと、冷や汗をかいていた。



────

イッペー / とても

シニ / すごく・死ぬほど・超

ウムサン / 面白い

テーファー / 面白い人

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