37話 御嶽(うたき) 11/14

 御嶽うたきで、前の番をしていた清明シーミーを送り出した。

 御嶽にはまだ、祈りの残り香というのか、青い空気が漂っていた。


 そして、昨日は気が付かなかったが、残り香が消えそうになると同時に、新しい青く澄んだ煙のようなものが、香炉から漂い出している事にメイシアは気が付いた。


 不思議そうにじっと見つめる。


 「メイシアさんも見えるようになったんですね。本当に驚くべき早い成長です。」

 「昨日……、皆さんが言っていた、ここにいるだけで御嶽と共鳴しているって言っていたのは、こういう事だったんですね。」

 「ワーにも見える……」


 「では、ちょうどいいですね。」

 マタラがそういうと、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 

 「今から、ちょっと実験をしてみましょう。」


 マタラは他二名の清明シーミーにお願いをして、彼女たちも巻き込んで何かをはじめようとしていた。

 二人は清明たちと向かい合う形で、マタラが説明を始めた。


 「私たちユタは、もともと結界を張っていたわけではないのです。古よりユタの重要な役目の一つに、海の向こうにあるニライカナイという神々の住む地からやって来る、五穀の種を積んだ船を島にお迎えして、その恵みを島の者たちへ分配するという大きな役目があります。その恵みを分配するときに、私たちは手をこのように振ります。」


 マタラは、歌を歌いながら、前に下ろした手を手のひらを下にした状態で上にあげた。下から風を仰ぐように指に隙間ができないように、恵みを取溢す事無く前にいるものに届くように。肘は曲げず、遠くへ届ける。

 上がった手は肩の高さ辺りまで来ると、肘を曲げ顔の横辺りまで近づけての動きは止まり、歌の節に合わせてまた下から仰ぐ。

 それを何度か繰り返した。




  「あがとから 来る船や ばがいぬとぅんちゃーま

   うーやき ーば 給ぼうらる


   うはらから 来る船や 何ゆしちゃる 来る船

   うーやき ーば 給ぼうらる


   彌勒世みるくゆば ぬうしおーる 神(かん)ぬ世ば 載しおーる

   うーやき ーば 給ぼうらる…… 」




 他の清明もマタラに続いて、同じように歌いながら腕を振った。

 

 「……うん。マタラさん、ワーもそのお祭りは知っている。でも、どうして?」

 ナギィは、なぜ今マタラが島の者ならだれでも知っている、トゥンチャーマをするのかが分からなかった。


 それを聞いたマタラが、質問には答えないまま、手を止めずに自分の体の向きを変え、手からの恵みを香炉へ送るように振り始めた。他の清明も同様にマタラに続いた。

 すると香炉が青い光を発し、清明たちの手の動きに合わせて瞬きだしたのだ。


 「わぁ!……すごい。……きれいな光。」

 メイシアは純粋に感動していた。

 まるで香炉の鼓動だった。生き物のように脈打つ青い光。


 マタラ達は、しばらくすると手を止めた。

 「これを……ナギィさん、やってみてください。」


 「え、ワーが?でも、ワーは今までもらう側で参加していたから、やったことないよ……?」


 「でも、もらう側も同じ歌を歌うし、動きも簡単だし、わかりますよね?」

 「……そうだけど……、」


 「頭痛が……頭の中が眩しすぎて出来そうにないですか?」


 「それくらいは大丈夫そう……、」


 マタラがにっこりとした。



 「……じゃ、やってみるね。何にも起こらなくても、笑わないでよ?」

 ナギィはそういうと、香炉に向かい、一人で歌いながら手を振り始めた。


 数回仰ぐと、一瞬にして景色が一変した。

 真っ白。

 ただただ白い視界。


 それは今までに見たこともないほどの強い光が御嶽に溢れたのだ。

 青を通り越して真っ白な光。


 メイシアは、咄嗟に目を瞑ったが、瞼を通しても眩しく、手で目を覆った。

 それでも、まだ眩しい。


 「眩しいっ!ナギィ、眩しいよっ!」


 ナギィもその変化に驚いたのか、すぐに手を振るのを止めてしまった。


 「……ヌーヤルバーガ……、」

 ナギィが自分の手のひらを見つめた。


 「ここまでとは……」

 マタラも驚いようで、目を真ん丸にしていた。


 「マタラさん、今のは……」

 「あなたの……ナギィさんの力ですよ。」


 ナギィは再び、信じられような目で自分の手のひらを見つめた。

 理解が追いつかず、言葉が出ないナギィに、マタラが声をかける。


 「……もしかして、今手を振った時、頭痛は止んだのではないですか?」


 「あ……ほんとだ。今すごくマシになってる。眩しいのもマシ……だけど、まただんだん眩しくなってきてる。」


 「やはり。ナギィさんの中にある膨大な光が外に出たからですよ。それをこの香炉が可視化してくれた。」


 「……あれがワーの力?」


 「じゃぁ、という事は、いつもナギィは、あんな眩しさを感じているの?」

 「そういう事になりますね……」


 メイシアは青ざめた。

 確かに昨日、目を閉じても眩しいと言ってはいたが、ここまで眩しいものだとは思ってもしなかった。


 目を瞑ても、手を当てても、透けて入って来るほどの強い光。

 こんな苦しみにナギィが耐えていたなんて、考えもしなかった。


 自分の想像の範囲でしか、心配を出来ていなかった自分を恥じた。

 ナギィに声をかけたいが言葉が出ない。


 「仕方ないですよ、メイシアさん。人の痛みや苦しさは、本当にところ、本人にしかわからないのです。私たちは清明ですが、人々の苦しみを共有することは出来ない。ただ出来るのは、理解してあげようと思う事だけです。」

 メイシアの心の声が聞こえたかのように、ナギィがメイシアに優しく話しかけた。


 「ありがとう、メイシア。」

 ナギィが笑顔をメイシアに向けた。


 「……ナギィは、強いね、」

 「……そうかな。でも今わかったんだ。これが自分なんだって、認めないといけないって分かったから。」


 「まだ、きちんと力の制御が出来ていない状態であれだったのです。外に出せていない部分もあるでしょう。これが修行を積めば、歴代の祝女さまたちを超える方になるかもしれませんね。……まずは、力を自ら制御して放出できるように訓練しないといけないです。そうすれば、ナギィさんの感じている眩しさも頭痛もなくなると思います。」


 「うん。マタラさん、ありがとう、ワー、頑張るよ。」

 ナギィの中で何かが変わった。


 五人は実験を終え、地面に腰を下ろし、スイの為の祈りを始めた。


────

歌:トゥンチャーマ(竹富島 世迎えの歌)


ヌーヤルバーガ / なんてこった

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