34話 御嶽(うたき) 8/14

 水のしずくが落ちる音が聞こえた。


 メイシアは不思議と、その音が御嶽ウタキを出たところにあった、あの鍾乳石から落ちたしずくが壺の中に落ちた音だと理解した。

 メイシアの意識が、その壺の中に吸い込まれていく。


 そして、水の中の静寂が広がる。

 ここは深海であるかのように、周りは水で埋め尽くされている。


 (あぁ、そうだ。

  私はあの時も、水中の音を聞いていたんだ。

  音は聞こえていないけど、確かに水の音を感じていた……

  あれは……なんだったんだろう。

  お母さんとお父さんと……。牧師さまが私にしずくを……)


 もう少しで、何か大切なことが思い出せそうだと思った瞬間、聞こえていた音が代わった。

 意識が壺の中から御嶽へと連れ戻される。



 音はだんだん大きくなり、バサバサと羽音のようなものなのだとわかった。

 それが何処かその辺りで留まり、しゃべりだしたのが聞こえてきた。


 『珍しいなぁ。ユタじゃないのが混じってるぞ。……あれは、あー、知っている匂いだなぁ。確か昔にもあんなのがいたなぁ。』


 メイシアは、昨日のマタラの言葉を思い出した。

 協力してくれそうなものに、スイを守るようなお願いをすること。それが清明シーミーの役目なのだ。

 この声の主なら、お願いができるかもしれない。


 メイシアは心の中で、その羽音の何かに声をかけてみた。


 『おや、声が聞こえていたのか。お前は珍しいなぁ。ここの者ではないのに、ここを守れと言うんだなぁ。めずらしいなぁ。似ているなぁ。』


 メイシアは、その者が本当に自分と会話をしているのか半信半疑なのと、何を言っているのか、もっと詳しく聞きたい気持ちと、今は清明としてここにいるのだから結界を張るお願いをしないといけない気持ちが、ごちゃ混ぜになって、頭の中が縺れた糸のように団子状態になった。


 『あーあ……こりゃダメだ……』

 羽音の者のその言葉を最後に、声が聞こえなくなってしまった。




 集中が途切れたメイシアが目を開けた。

 隣のナギィを見ると、やはり冷や汗をかいて顔色も悪い。


 心配になったメイシアが、ナギィの肩を叩き声をかけた。


 「ナギィ、大丈夫?……ちょっと外に出て休もうか?」

 「あぁ、メイシア…… 」

 と、目を開けるなり、フラついて、後ろに倒れそうになった。


 メイシアが、咄嗟に受け止めた。

 「メイシア、ごめん。ちょっと外に出るさぁ。ついてきてくれる?」


 「うん。もちろんだよ。休憩しよう。」

 二人はほかの清明たちの邪魔にならないように、静かにゲートをくぐって外に出た。




 昨日と同じ岩に腰かけて、ナギィの回復を待つ。

 会話ぐらいはいいかと、話しかけてみる。


 「……ねぇ、ナギィ。さっき、羽音のする何かが話しているの聞こえてた?私、それと……たぶん話したんだけど…… 」

 「んーー。羽音は聞こえなかったなぁ。」


 「ナギィは、どんなものとおしゃべりしているの?」

 「……?」


 「あれ?おしゃべりしてない? 私とナギィが感じているのは全く別なのかなぁ?」


 「ワーは、とにかく頭の中がすっごく眩しくて。昨日は強烈な白い光がただ頭の中で回っている感じだったんだ。でも今日それが少し頭の中から外に向かっている感じで……色も少し青い色だなってわかってきた。それが、まだ薄い感覚なんだけど、すごく遠くまで飛んでいくような。……だから誰かと話はしてないかな。」


 「そっかぁ。あれは、私の勘違いなのかなぁ。」

 「でも、昨日マタラさんが言っていたように、人によって得意なことが違うみたいだしねぇ。帰ったら、ほかの人に聞いてみようよ。」

 「そうだね。」


 そういうメイシアの目は、いつの間にかあの壺を見ていた。

 何やら、気になって仕方がないのだ。


 「メイシア……?どうしたの?」

 メイシアが立ち上がり、吸い込まれるように壺の方へと歩いて行くので、ナギィが驚いて立ち上がり、メイシアの肩を掴んだ。


 「あれ?私、今何しようと……?」

 「急に立ち上がってそっちへ行くからびっくりしたよ。あの壺が何かあった?」


 「あ、あぁ。うん。あの壺。そう。なんか気になって……。あれ、何だろう。」

 「何だろうね。」


 二人は、そっち壺の近寄り、中を覗き込んだ。

 中には水が壺の三分の一程度入っていた。



 「マタニっ!それは触っちゃだめやっさぁっ!アッシェ…… 」

 急に声がしたものだから、メイシアとナギィが驚いた。


 声をする方を見ると、次の昼番の清明たちがやって来たのだった。


 「ごめんなさい……。触るつもりはなくて……」

 メイシアが急いで謝った。


 「その水は、クスイにもルクにもなる。気を付けるさぁ。」

 「はい……」


 「もう次の方がいらしたんですか?」

 「ヤサ。もうお昼さぁ。交代ばぁよ。」

 

 二人は、その言葉に驚きを隠せなかった。

 御嶽に入って祈っていた時間は、体感では半刻ほどしかなかったからだ。


 でも、実際にはもう正午という事は四時間は経っているという事。

 その時間の感覚は二人とも共通しているようだった。


 二人は他の最初の昼番の清明と合流して、一度家へ戻ることにした。

 次はマタラと一緒に御嶽に来るためだった。



 帰宅したメイシアとナギィは、二人の帰りを待っていた森榮と昼食をとり、夕飯用にヤシガニを捕まえたから、今日は勉強を免除してほしいと懇願したにも関わらず、勉強係の清明に連れされられる森榮を見送った。


 もう起きていたカマディが、夕飯用にヤシガニを使って腕を振るうと言って、調理を始めた。

 メイシアは、何も変わらず接してくれるカマディにほっとしつつも、昨晩の預けた話をどうやって切り出せばいいのかと考えたりもした。




────

マタニ / 待て

アッシェ / まったく

ヤサ / そうさ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る