32話 御嶽(うたき) 6/14

 帰宅すると、昼番だった清明たちが夕食を作ってくれていた。

 カマディはまだ寝ているというので、二人と森榮は三人で夕食を頂いた。


 食事が終わると、頭痛がまだ少し残っているというナギィと、勉強で缶詰にされて、これまた頭痛気味の森榮は、先に休むというので、メイシアは一人、海まで散歩に出てきた。




 陽が沈むと、海風はそれなりに涼しく感じた。


 一人になったのは、どれくらいぶりだろう。

 あのカップ村の書庫ぶりかもしれない。


 いつも誰かがいた。人が無くても、メリーがいた。

 ローニーの屋敷で一人の部屋にいても、誰かの気配がした。

 必ず誰かがそばにいて、メイシアはそれだけで助けられてきたんだという事を思い知る。


 今日、帰り道に頭をよぎった不安を思い出していた。


 ──── もしかして、体良ていよく、オズから追放されただけなのかもしれない


 みんなと、はぐれてしまった事ばかりが不安で、思いもしなかった。

 そう考えれば、自分がみんなとはぐれたことも、あの、全てを叶える力のあるロードが、自分たちなんかに無理難題を注文してきたのも理解できる。


 はぐれたのは、自分だけじゃないのかもしれない。もしかしたら、みんな散り散りになっているのかもしれない。

 心配をしてくれたナギィには、ああ言ったものの、不安はどんどん増すばかりだった。


 波打ち際まで来たメイシアは、砂浜に腰を下ろした。

 月が明るかった。青い虹もかかり、いつもの夜。


 あの曲が頭をよぎった。

 ローニーの館で、セバスの演奏で歌った曲。虹の歌。

 メイシアの好きな曲だった。

 自然に口から紡ぎ出される。


  「空からこぼれて この手の中へ

   光は 風は 雨は 甘い


   雨脚 キラキラ 流れてゆくの

   私は さらさら 流れて もう


   ひとつ あかいろ 生まれた証

   ふたつ ももいろ 春色

   みっつ だいだい あなたの隣

   よっつ きいろ 咲いた花


   やわい やわい お星さま きらり

   お空のカーテン 虹のカーテン

   いつも ここに 愛は 注がれて 

   さよなら さようなら 愛して 愛している



   夜空は 深々 降り積もり

   光は 風は 雨は 甘い


   そよ風 そよそよ 頬をなでてく

   あなたは いよいよ 流れて もう


   いつつ みどりは 瞬いて

   むっつ あおいろ 愛の色

   ななつ むらさき 煌めいては

   さいごは 今宵も 良い夢を


   やわい やわい 夢の中 ふわり

   夜空のカーテン 虹のカーテン

   いつも すべて 愛は 知っている 

   さよなら さようなら 愛して 愛している」



 「アキサミヨー!メイシアも、歌が上手ジョージ!ジョートーさぁ。」

 後ろで声がしたので、メイシアは驚いて、振り向いた。


 「ワッサイビーン、驚かせてしまったねぇ。」


 そこにはカマディが立っていた。


 「おばあちゃん!どうしたの?」

 「なぁに、今から御嶽うたきちゅんさぁ。そうしたら、メイシアが一人で海へ出かけたと、ほかの子たちが言っていたから、ちょっと様子を……と思ってね。」


 「……心配……かけてしまったみたいね……。ごめんなさい。」


 カマディが、小さくため息をした。


 「アラン、アラン。アランドー。……いいかい、メイシア、そういう時は、ごめんなさいとは言わないんだよ。こういう時は『ありがとう』って言うさぁ。それだけで、世界は変わる。……わかったかい?」


 カマディの言葉はとても優しかった。


 「…………。」


 「ん?どうしたさぁ?」


 カマディがしゃがんで、黙りこくるメイシアの顔を覗き込んだ。

 メイシアと目が合った時、カマディがにっこりとほほ笑んだ。


 「……おばあちゃぁぁあん!」


 ほほ笑んだカマディの顔を見た瞬間、たまらずメイシアが抱き付いて泣き出した。

 驚いたカマディが軽く尻餅をついた。



 「アキサミヨー。メイシアは泣虫ナチブサァなんだねぇ。今日はずっと泣いてるさぁ?……よしよし。」


 優しく、メイシアの頭を撫でる。


 「御嶽でなにかあったかい?ナギィと喧嘩した?」


 メイシアは首を振った。


 「じゃぁ、どうしたの?話してごらん。」


 「……私、もしかしたら、ロードさまに見放されたのかも……。私は虹の国でロードさまに願いを叶えてほしかったら【アンタレスの炎】を持ってくるように言われて……。でも、私達はそんな事出来るような力も無いし、きっとバラバラにされて、虹の国から追い出されたんだ……!」


 カマディのメイシアの頭を撫でる手が止まった。


 「私、もうお母さんにもお父さんにも会えないんだ……わぁぁぁぁ……!」


 カマディが、メイシアの顔に自分の顔を突き合わせて、メイシアの頬を伝う涙をぬぐった。


 「聞きなさい、メイシア。」


 メイシアは、込み上げる嗚咽を飲み込むように、何度もしゃくりあげて、落ち着くように努力した。

 耳をすませる。


 カマディはまっすぐに、メイシアを見てた。


 「今、ロードさまに会ったと言ったね。」


 「……うん。」


 「そうかい。そしてアンタレスの炎を所望されたんだね。」


 「……うん……、おばあちゃんアンタレスの炎を知っているの?」


 「……知っておる。」


 「え?!お願い、おばあちゃん、どこにあるのか教えて!」


 「……それは…………。少しワシに時間をくれないか。この話はワシにしばし、預からせてくれ。」


 メイシアは答えることができなかった。


 今すぐにでもアンタレスの炎を手に入れたい。

 でも、それがいったい何なのかも知らない。


 自分が手に入れたいと願ってもいいものなのかもわからない。

 アンタレスの炎に関して、全くと言っていいほど何も知らないのだ。


 「メイシア……よく聞きなさい。一つだけ確かなことがある。」


 カマディがより一層神妙な面持ちで、メイシアの目を見た。


 「ヤーが会ったお方はロードさまではないよ。だから、泣くんじゃない。ヤーはまだ、ロードさまに見捨てられてなんかないんだよ。」


 ──── ?!


 メイシアは、カマディの言葉に心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。


 「………… 」

 「メイシア、聞こえているかい?」


 「え……?おばあちゃん、訳が分からないよ。おばあちゃんはロードさまを知っているの?会ったことがあるの?どうして、あの方がロードさまじゃないってわかるの?私はあの方の言う通り、アンタレスの炎を手に入れて、持って行ったとして、願いは叶えられないの?」


 「………… 」


 「ねぇ、おばぁちゃんっ!」


 「………メイシア……、」

 「答えてよ、おばあちゃんっ!」

 

 「すまない、メイシア……ワシにも答えられないことがあるさぁ。……世界のことわりはそれを拒んでいる。知りたいことは自分で知るしかないんだよ……。すまない。かわいい、メイシア…… 」


 「なんで……ずるいよ、おばあちゃんは知っているのに……」


 「ワシにとって、もうヤーは本当の孫も同然だと思っているさぁ。この老いぼれの最後のヌチをヤーに使う覚悟をしておるからな。……だから、そんなに悲しむな。」


 「おばあちゃん、そんなこと言って、ずるいよぉ……ずるいよぉっ!」


 「そんなに泣くな。かわいい顔が台無しさぁ。後の事はオバアに任せて、今日はもう家に戻って休みなさい。……ワシは、もうそろそろ、御嶽へ行って夜番の者たちと交代しなければいけない。」


 カマディはそう言うと、メイシアを自分から剥がし立ち上がった。

 そして、メイシアに手を差し伸べて、メイシアを立たせると、メイシアの着物についた砂を丁寧に払った。


 「……これでイーさぁ。メイシア、今日は疲れているだろう。ゆっくり寝て、いい夢を見るんだよ。」

 メイシアは無言で、コクリと頷いた。



 「じゃ、ワシはもう行くからね。……いいかい、今夜はキジムナーが悪さをするかもしれない。まっすぐ帰って、寝るんだよ。」


 カマディはそういうと、振り返らずに御嶽へと歩いてった。


 波の音だけがメイシアに残された。

 大きな月が空にぽっかりと浮かんでいた。




────

アキサミヨー / 驚いた、あれまぁ

アラン / 違う

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