30話 御嶽(うたき) 4/14

 マタラは、ナギィの両肩に手をかけ、ナギィの目を見た。


 「……ナギィさん、あなたはかなりチューバー……つまり、力が強いようです。さすが、祝女のろさまのお孫さまと言うか……。」

 「え?ワーはそんなの、今まで感じたことは無かったさぁ……?」


 「この御嶽うたきは数ある御嶽の中でも最高位の御嶽です。……というのも、とても力が強い場所なんです。だからこそ、遠くへ祈りを飛ばすことができる。私たちも、ここにいると頭の中にカラカラと光の風車カジマヤーが回っているような眩しさを感じます。でも、きっとナギィさんほどじゃない。」


 「マタラさん、ナギィは大丈夫なんでしょうか?……その……ここにいても、」


 「イーさぁ。大丈夫。」

 と、マタラが答える前に一人の清明が言った。



 「そうですね……頭痛がするのは、ナギィさんの力がここの力と正しく共鳴出来ないからです。それは、ナギィさんが力の使い方を身に着けていないからという事です。……なのでここに通い、力の使い方を覚える……というか、身体に馴染ませたら、その頭痛は無くなるはずです。」


 「……ワー、今まで、そんなことやったことが無かったから……」

 「そうですよね……祝女さまも、どうして今になって、ナギィさんをここへ……」


 「でも、オバアが修行しろって言うからは、絶対何かある。……ワー、頑張るよ。」

 それを聞いて、マタラは少し心配そうな顔をしたが、一つ小さな息を吐くと、ナギィの体から手を離した。


 「……はい。でも、無理はしないでくださいね。もう無理だと思ったら、御嶽から離れてください。」


 「うん。そうする。メイシア、ありがとう。もう大丈夫だよ。」

 メイシアもナギィから手を離した。


 メイシアは心配だったが、確かにカマディは、二人に修行をしないといけないと言った。

 そして、信じろと。

 その言葉を思い返すと、きっと何かある。だから辛い事があっても、今は逃げ出す時ではないのだと思った。




 ふと我に返ったメイシアが、疑問に思った。

 「……ナギィの事は、わかったんですけど、あのぉ……お祈りは続けなくても大丈夫なんですか?」



 自分が大きな声を出してしまったせいでもあるのだが、ナギィが頭痛を発症してから、三人の清明シーミーはナギィに注目したままで 今、誰一人祈っていないのだ。

 清明三人は顔を突き合わせて「あ。」という顔をした。


 一瞬、メイシアとナギィの血の気が引いた。



 「ヤサヤー。インチャサン時間トゥチならぁ、問題ネーン。」

 「ヤイビーンドー。テーゲーさぁ。」

 清明がニコニコしているが、メイシアには何を言っているのか全く分からなくて、不安が収まらない。


 「メイシアさん、まぁ……適当っていうのは、言い過ぎかもしれませんが……神降カミウリからも結界を張ってくれていますので、少しの間でしたら大丈夫なんです。」


 「そう……なんだ……」

 メイシアはほっとしたような、ちょっと拍子抜けしたような気分だった。


 「それに、私を含むこの三人は、祝女さまほどではないですが、そこそこ力が強いので、ここにいるだけでこの御嶽と共鳴して、少しは力を飛ばせているみたいです。まぁ……すぐに祈りに戻りますが。」


 マタラがそういうが早いか、二人の清明シーミーはまた祈りの姿勢を整え、祈りだした。


 「では、私も先輩たちにお任せしっぱなしでは申し訳ないので、そろそろ仕事をしますね。お二人は私達の後ろで座して、同じように祈ってみてください。」


 「祈るって、何を祈ればいいの?」


 「それは、ここに宿る色んなものたちの声を聴くんですよ。そして、協力してくれる者たちに、お願いをするのです。スイを守ってくださいと。」


 そういうと、マタラは二人の清明のと並んで祈りを始めた。


 「メイシア、とりあえず、やってみよう。」

 「……うん。」

 と、言われたように腰を下し、耳を澄ませてみた。



 集中するのに目を閉じる。



 波の音。風が周りの草木を撫でていく音。遠くで鳴く鳥の声や、虫の声。

 メイシアには最初、それしか聞こえなかった。


 しかしそれでも、耳を澄まし続けると、何か水滴が落ちるような音やら、水の中で泡がはじけるような音。

 誰かの笑い声。たき火がはじけるような音、誰か人じゃない者の足音……色んな音がすることに気が付いた。


 不思議な音が聞こえ始めた事に驚いメイシアが目を開けると、自分の身にも不思議なことが起こっている事に気が付いた。

 首から下げている達成の鍵が光っているのだ。


 (あの時みたいだ……。ペンタクルで、ソーラを守った時……)


 と、思ったのも束の間だった。


 メイシアは周りの景色の変貌に気が付き、息をのんだ。


 今までただの岩壁だと思ってた目の前の壁や香炉が、青く、とても美しく光っていたのだ。

 よく見ると、光っているのは香炉であることが分かった。

 まるで清明たちに共鳴しているように、香炉からの光は、揺らぎながら強くなったり少し弱くなったりしている。そして、その光を、岩壁が巨大な鏡のように反射して、海へ向かって放出しているのだ。


 どんな宝石でも、どんな炎でも勝てない美しい光だった。


 メイシアの達成の鍵も、同じように共鳴しているように見えた。

 香炉の光ほど強いわけではないが、達成の鍵の光は赤い。

 メイシアは咄嗟に、達成の鍵を握りしめ、手のひらの中に隠した。


 『……タスケテ……ワタシヲ、ユルシテ…………』


 その瞬間、メイシアの耳に、知らない女性の声が飛び込んできた。



────


チューバー / 強い

ヤイビーンドー / そうだよ

テーゲー / 適当

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