22話 魚釣島の清明 12/16

 居間は台所とつながっていて、土間になっている台所に降りなくても鍋やヤカン使えるように、居間の畳が一部、竈になっていた。

 竈の一つに小さな火が入り、ヤカンに湯が沸いている。


 居間には、床に座って使う高さのテーブルが一つ置かれており、メイシアとナギィはそこへ座った。

 「お茶を淹れるから、ちょっと待ってるばぁよ、」

 カマディが土間に降りようとすると、すかさずナギィが立ち上がり「ワーがするから、オバアは座ってて」とカマディをテーブルにつかせた。


 「ありがとねぇ、ナギィ。茶葉チャーはいつものところにあるさぁ。あと、同じところに黒糖クルザーターがあるよ。」

 メイシアは何もできなくて、なんとも肩身が狭い思いで小さくなっていた。


 「なぁに、緊張しているの?」

 カマディがメイシアの顔を覗き込んだ。


 「……何もできなくて、なんだか申し訳なくて……。ナギィはすごく働き者ですね。しっかりしているし、何でもできる。」

 「そうかい?ウンジュも、家に帰ればそうなんだろ? ナギィはこの島の子。ただそれだけさぁ。自分を恥じることは無いんだよ。」

 「はい……」

 メイシアはそう言ったものの、本当にそうか心に引っかかって、素直にカマディの言葉を受け取れなかった。


 「……カマディさん、さっき、ここで共同生活をしているとおっしゃっていましたが、皆さんはどこにいらっしゃるんですか?」


 「今は太陽が昇っているからね。番の者は御嶽ウタキへ行っておるんだよ。数人、夕刻に備えて違う部屋で休んでおるよ。だから、ちょっと静かにな。」

 「あ、はい。すみません……」

 「ははは、そんなに小声でなくても。すこーし向こうのアサギで寝ておるから、うるさくしなかったら大丈夫じゃよ。」


 「おまたせー」

 ナギィが湯呑に入ったお茶と、小鉢に黒い小さな土の塊のようなもの入れて持ってきた。


 「メイシア、お茶はまだ暑いから気を付けてね。」


 「ありがとう。……ナギィ、これは何?」

 土の塊が器に入って、食卓の上に置かれている見慣れない状況が、どうしても気になって聞いてしまった。


 それを聞いて動いたのはカマディだった。

 「これはね……こうさぁ。」

 といって、カマディが小さな土の塊を一つつまみ上げると、口に入れた。


 「んー、アマサン。メイシアも食べてみるさぁ。」

 カマディが勧めるので、メイシアも恐る恐る、小さな欠片をつまみあげて口へ運んでみた。


 「……ん!甘くておいしいっ」

 「そうじゃろ。砂糖じゃよ。お茶うけに丁度イーバー。」


 「メイシアの国では、食べないの?」

 ナギィもひと段落して、テーブルに落ち着いた。


 「私のところはもう少し白いの。それに、お砂糖だけを食べたりすることは少ないかなぁ。だから、食べるまで分からなかったよ。」

 「ふーん。場所が違えば色々違うものだねぇ。」


 「それが文化というものさぁ、ナギィ。良かったねぇ、こんなにいい事がナラユン友達ドゥシが出来て。」

 「うん。」


 「ワシも、文化が違うという事をユイ加那志ガナシに色々教えてもらったものさぁ。懐かしいさぁ。」

 カマディが目を細めて懐かしい「あの頃」を見ているようだった。


 「ユイ加那志?その人も私と同じ、異国の方なんですか?」


 「そうじゃよ。ユイ加那志の国はどこかは仰らなかったが、遠い遠い異国だそうだ。本当は違うお名前なのじゃが、御殿で咲いていた百合の花をご覧になって、自分の国と同じ花だと喜ばれて……。だから、御殿の者は皆、親しみを込めてユイ加那志とお呼びしておる。」


 「十六夜イザヨイでは、百合をね、ユイっていうの。ふふ。これも文化の違いね。」


 「……私の国でも、百合の花が咲きます。ここでも咲くんですね。見てみたいなぁ。……私の村は色んな花が埋め尽くす、美しい村なんです。」

 メイシアも思い出の中に目を細めた。

 ロードの良心とまで言われたほど、百花で彩られた美しい村だった。


 「異国とは花の美しい国が多いのじゃろうなぁ。ユイ加那志もウンジュと同じような事を仰っていたさぁ。ユイ加那志の本当のお名前も、確か花冠ハナカンムリの意味だったはずさぁ。」


 「へぇ~。素敵ですね。花冠かぁ。私の国なら、シュテフィかなぁ。」

 そう言った途端、カマディの目の様子が変わった。


 「ウンジュ、今なんと……」

 「シュ、シュテフィ……? 」


 「そのお名前……。」

 「オバア、スイ天加那志ティンジャナシのお名前はシュテフィ加那志なの? 」


 「おぉ……、ウンジュは……メイシアは……」


 「え?スイティン…… ん?」

 「あぁ、島の言葉でわかりにくいよね。加那志ガナシというのは、異国では『様』かな。だから、ユイ様。オバアみたいに御殿に上がっている人は、親しみを込めてユイ加那志っていう人もいるだろうけど、この国の者はスイ天加那志、つまり『スイ国王様』って言ったり、御主加那志ウシュガナシ。つまり『ご主人様 』って言ったりしているさぁ。」


 「そう……なんだ。この国ってスイって言うんだね、それも今初めて知ったよ、あはは……」


 「ハンマヨー……。メイシアがユイ加那志と同じ国のお方だったとは……。」

 「わからないですけど……シュテフィがあっているのなら、そうかもしれないですね……。すごい偶然、」


 「いや、偶然なんかじゃないさぁ……これはきっと……」

 カマディが手を合わせ額に付け、目を固く瞑った。


 「オバア……?」

 「カマディさん?」


 カマディがスッと手を解き、ゆっくりと目を開けた。

 深くかぶったハチマキの奥から覗く瞳に、今までは違う覚悟を帯びた光を宿していた。



 「ウンジュには、いろんな話をしないといけないさぁ。」




────


ハンマヨー / 何てことだ


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