23話 魚釣島の清明 13/16

 「あの……私も、実はカマディさんに教えていただきたいことがあって、ここへやって来たのです。」

 メイシアが意を決したように、口を開いた。


 「うん、オバア、そうさぁ!ここへやって来たのは、メイシアの……」

 ナギィがそういうと、カマディはわかっておるよ、ゆっくりと頷いた。


 「メイシア、いいかい。ウンジュは、これからいろんな事を知り、いろんな経験をしなければいけない。」

 カマディがメイシアの目をまっすぐに見据えて語りだした。


 「色んな……」


 「そうさ。今まで誰も経験してこなかった試練を乗り越えないといけない。……その顔は……それはもう、始まっているんだね。」


 メイシアの目はあの日を見ていた。

 大切な自分の村を一夜にして失ってしまったあの日。

 涙で視界が滲む。


 「……ぅ、」

 それをカマディに伝えたいが、どういうわけか金縛りにでもあったかのように、それを口に出すことが出来ない。

 言葉が口から、声が喉から出てこない。


 「いいさぁ、話さなくても。手を貸しておくれ。」

 カマディはそういうと、メイシアの手をとり、優しく自分の手のひらで拝むように包み込んだ。

 目を瞑り、その手を自分の額へとくっつけた。


 居間へ良い風がサァァと入って来て、庭の少し冷やされた空気と入れ替わる。


 カマディは、そのまま続けた。


 「……ちゃーんと、ウンジュの体験したことをワシには見えておるよ。……辛かったさぁ。……なるほど。メイシアは達成り鍵の乙女なんじゃな。」


 「オバア、すごい……。メイシアの事、なんでもわかるの?」

 ナギィが恐る恐る訪ねた。


 カマディが瞳を開き、メイシアの手を握ったまま手をテーブルの上に下ろすと、手を摩りながら、もう一度メイシアの顔を見た。

 メイシアの瞳からこらえきれない、大粒の涙が落ちた。


 「ワシは、全部を見ることは出来ん。でも、ウンジュの欠片を少しずつ、教えてもらったよ。」

 「オバア、教えてもらったって誰に?」


 「それは、メイシアの手や、髪や、瞳や……メイシアを気に入って周りにいる空気や……そういった全てさぁ。」

 「?」


 ナギィにとって、それは初めて聞くことだった。

 お告げのようなものは、何となく神様のような存在から伝えられるものなんだろうと思っていたからだ。


 「メイシア、ちょっとごめんねぇ。ナギィに伝えないといけないことがあるさぁ。」

 カマディがメイシアの手を優しいく握ったまま、ナギィの目を見た。


 「ナギィ、よく聞くんだよ。ワシらユタは祈る力を持っておる。

 ヤーも、毎日のように父親スーが元気でいるように祈っているさぁ?

  その力は本当の力となって、相手に届く。


 それはどうしてか。

 それは、全てに意志があるからさぁ。

 物にも場所にも言葉にも思いにも。


 その意志と繋がる力が強いもの、そして、その力を平和の為に惜しまない者が清明シーミーじゃ。

 ワシはちょっとばかし、他の清明よりもその力強かったから、御主加那志ウシュガナシより祝女ノロを仰せつかった。

 しかし、そろそろ、そのお役目も尽きる時がやって来るさぁ。」


 「そ、そんな……何言ってるの? オバアはまだまだ元気さぁ?」


 「ナギィ。人にはね、ちゃーんと終わりがある。終わりがあるから『正しい』さぁ。まさに今、頑健でいるかどうかは問題ではない。それがいつ来てもいいように、正しく居ることが大切なんじゃ。」


 「オバア、わかんないよ……。それって、今すぐにって話じゃないよね?まだオバアは死……、居なくならないって事だよね……?」


 「…………。ナギィ……、ワシはずっと、ここにおる。」

 カマディはナギィから目をそらさない。


 「そ、そうだよね? 良かった……。もう、びっくりさせないでよぉ」

 しかし、カマディにそう言われても、いつもとは違う真剣な様子に飲み込まれてしまって、言葉をそのまま受け取るのは躊躇ってしまう。


 「ナギィ、いいかい。『』に求められてワシは祝女になった。しかし、その時代ももうそろそろ終わろうとしておる。新たな時代に必要なのは、別の力さぁ。」


 「別の力……?」

 「そうさぁ。……そして、ヤーはその力を持っておる。次の時代は、ヤーが新しい時代の祝女をするんじゃ。」


 予想していなかったカマディの言葉にナギィが驚いた。


 「な、何を……オバア、何を言っているさぁ?ワーには何の力も無いし、魚を採ったりパパイヤを育てたり……それくらいしか……」

 「自分ドゥーの力は自分ドゥーでしか認められないさぁ、ナギィ。今がもうその時さぁ。」


 「ぇえ?……分かんないよ、オバア。」

 「嫌でも、もうすぐわかるよ、ナギィ。」


 ナギィは、不満と不安が入り混じったような顔でカマディを見つめたが、それ以上は何も言わなかった。

 それ以上の事をカマディが言わないと察したからだ。


 いつもそうだった。

 カマディは、自分で答えを出さないといけないことは教えてくれない。

 もしかしたら、カマディはずっと昔から、こうなることを見越していたのかもしれない。

 なんとなく、ナギィはそう思った。


 「さぁ、次はメイシアの番さぁ。」

 カマディは、メイシアの手を握っていた手をほどき、優しくメイシアの背中をさすった。



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ヤー / お前

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