秋の祭り
登場人物
ぼく…主人公
大家さん…綺麗な女性
家神様…少女
ジャックさん…小柄な外套の男性
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夏と冬の狭間の季節、ごく短いその間は、ぼくにとってはすごく素敵な季節だ。
なにせ食べ物が美味しい、それに読書も捗る。
かたん、かたんと、今日は五階からロビーまでを降りた。ゆったりとした足取りで。ぼくがこの街に来てから十年と少しが経って、すっかりこの生活にも馴染んで、毎日住んでる部屋の位置が変わっていたり、家の周囲の立地が多少入れ替わっていたりもしたけれど、それはそれで日常の一部となっていた。
ロビーまで降りると大家さんが沢山のかぼちゃを手にいそいそと歩き回っているのが見えた。
「あら、今日も美味しそ……いえ、顔色が良さそうで何よりだわ」
どうも。
そう言ってぼくは外出しようとする。が。
「おわっと、ごめんねお兄さん」
外套をすっぽりと被った小柄な、男性だろうか?とぶつかってしまう。
「あら、ジャックじゃない!今年は来たのね、二十年ぶりかしら!それじゃあ今年はここがパーティー会場ね!」
パーティー会場?それに大家さんはジャックと言ったか、この時期にパーティーと言えば、ハロウィーンだろうか。
「あぁ、そうだよお兄さん、初めまして私はジャック、君より少しばかり歳上のしがない亡霊さ」
死ねないだけにね、と茶化す男性、もといジャックさん。
ハロウィーンの亡霊と言えば、
「ジャック・オー・ランタン、まぁそれでだいたいは合ってるさ、細かなところは違うんだろうけれど、そこは言わぬが花というやつだろう」
ふむ、つまり彼が来たから今年はここでハロウィーンパーティーが行われるということですか?
ぼくはかぼちゃを抱えたままの大家さんに尋ねた。
「ええ!そうよ!子供たちが大喜びだわ!あ、この間二十歳を越えて大人になったあなたはお菓子を用意する側ね、あの子たちのイタズラ、容赦ないから、せいぜい沢山のお菓子を用意しておくことね」
そう言って大家さんは管理人室の方へと消えていった。なるほど、では今日はお菓子を買い出しに行くとしよう。散歩の目的がハッキリとしたところで、ぼくはその場を後にした。
半日ほどぷらぷらと歩き回って、見つけた洋菓子屋で、たっぷり五万円分ものお菓子を買い、ぼくがコンクリートの建物まで戻ると、そこはすっかりハロウィーンパーティーの装いだった。
仕事が早いんですね。
ロビーの中で優雅にワインを飲むジャックさんに向かってそう言葉を投げかけた。
「いいや、私は何も。ほとんど大家さんと子供たちでやっていたよ、家神様なんかも手伝ってくれてたみたいだね」
へぇ、そうなんですか。
「あぁ、隣どうぞ、少し飲もう」
ご相伴に与る事にした。
「君はいつからここに?」
十年ほど前から。
「へぇ、そうなのかい、ということは比較的新しい住人なんだね」
ジャックさんは楽しそうにグラスを揺らす。ほんのりとワインのいい香りがして、スイーツなんかがあればなお良かったかもしれない。
「かぼちゃパイなんてどうだい?」
言って、ジャックさんがぽんっと手を叩くと机の上に綺麗に切られたかぼちゃパイが並ぶ。
「別に毒なんて入ってないさ、どうぞ、私の作ったかぼちゃパイは絶品さ」
昔から作るのか聞いたら、レシピを覚えて作れるようになったのは二十年ほど前らしかった。
しばらくの間、ジャックさんとワインを飲み、かぼちゃパイを食べつつ、様々な話をしていた。
気がつくと七時を少し過ぎたくらい、子供たちが階段の方から降りて来てぼくの前に並んだ。
「Trick or Treat!」
流暢な英語で子供たちが言う。
Happy Halloween
そう言って僕はお菓子を子供たちに渡した。
「ふふ、良い心がけだ」
ジャックさんはそう言いつつ、子供たちにもかぼちゃパイを配っていた。
子供たちがひとしきりお菓子を楽しみ、それぞれが自室へと戻ったくらいに。
「あぁ、帰るのかい、惜しいな、もう少し話しがしたいのだけれど」
いえ、戻ってお菓子をあげなくちゃ、悪戯されてしまいますから。
そう言ってぼくは、自室のある階へと歩を進めた。
「残念、振られてしまったね」
「あらあら、あなたが人を引き込もうなんて珍しいわね」
「いや、ほんの少し寂しかったのさ、来年もこことは限らないし、彼が生きている間にもう一度一緒にハロウィーンを楽しめるかも分からない」
「望めば叶うかもしれないわよ、悪魔にでも」
「おいおい勘弁してくれよ」
ジャックさんと大家さんの笑い声を聞いたという話を誰だったかがしているのを聞いた。
部屋に戻ったぼくは、いつも通りただいまと部屋の中に声をかける。
目の前にぱっと家神様が現れた。
「……とりっくおあとりーと……」
うん、Happy Halloween。
蝙蝠がちちちと鳴く声がした。
十三番街のぼく 澪 @miotukusinano3
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