△2九鳳凰《ほうおう》まで、十八手にて 禿頭 三郎花の勝ち
救急車に担ぎ込まれていく青息吐息の阿久津を見送りながら、私は黒で塗りつぶされた空間から、私たちの現実世界に帰還してきたことを改めて実感している。取り込まれた100人がとこの人たちもほとんど無事のようだ。多少のどよめきはあるものの、徐々に「日常」へと解散していくさまが見てとれる。
「……」
私はというと、いつもの制服姿に戻ってからも、モヤり感と清々しさとがないまぜになったような何とも言えない感じで、聖徳絵画記念館の変わらぬどっしりとした佇まいを見ながら立ち尽くすばかりであったわけで。ミロカだいじょうぶっ、と駆け寄ってきてくれたナヤには何とか笑みを返すことが出来たけど。
〈三人共!! よくぞ『八棋帝』のひとりを倒してくれたぞよ!! これで奴らの侵攻もかなり収まるじゃろうて〉
手に持っていた「駒」からいきなりそんな興奮気味のしゃがれ声が響いてきた。博士……相変わらずのテンプレ。でもまあ何とかやれたかな。それよりも。
「……」
ナヤとフウカ、一緒に戦ってくれた本当の「仲間」に向けて、私はちょっと照れながらも、両手を差し出す。
「なんか……よく分からないけど、いま凄い爽快な気分……盤上であれだけ自在に豪快に暴れまくったから……もう普通の将棋対局だったら、もっとぐいぐいいけそう。これからは将棋にも向き合って、キックもこなしていく……それがいいのかなって、何となく思った」
私のぽつりぽつりと呟く言葉に、フウカは例のシニカル微笑、ナヤはちょっと涙ぐんだ破壊力の高い微笑を向き合わせてくれる。三人同時の、固い握手。らしくはないけど、まあいいでしょ。
「そうしてく内に……世界の方から私に歩み寄らせてみせる。『チェスボクシング』ならぬ『キック将棋』で私は世界を掴む。掴んでみせるっ」
決意を込めて二人に言い放った私だったけど、フウカもナヤも目を見開いたままの不自然な笑みのまま固まってしまった。え? どうしたっていうの?
フウ「……普通に両立させたらええと思うけど」
ミロ「将棋に愛されず、キックに見放された私でも……それだったら、寵愛を受けられそうな気がするから……ッ!! そうして自分を、世界を愛することが出来そうだから……」
ナヤ「み、ミロカ落ち着いてっ。そこまで強引に綺麗にまとめようとしなくても大丈夫だよっ? だってこの戦いも、生活も人生も、まだまだ続いていくわけだからねっ?」
ミロ「うんそれは分かってる。分かってるからこそ……私はここで一発キメを放っておいた方がいいかなって思うの……いや放っておかなきゃいけないんだ!!」
唐突に降り降りて来た計り知れないほどの「熱」と使命感みたいなものに、私は身体の奥底から突き動かされるような気分だ。傍らの植え込みによいしょと一段登ってから、ナヤの制止も振り切ってそこからとおっとジャンプしてみる。そして、
「私たちの戦いはッ、人生はぁぁぁ、っこれからだぜぇぇぇっ!!」
最高到達点にてキメ顔アンドキメポーズ。そのサマを口を開けたままの真顔で相対しているフウカとナヤからは、ええ……というような当惑気味の声が漏れ出て来るけど。
でも私は少なからず、生きるってどういうことかを分かり始めてきている。世界を相手に、人生を相手に、自分を、自分の全てをただぶつけていくだけ。跳ね返されても拒絶されても、それはずっと、休んでもいいからずっと、続けていかなきゃならないことと思うから。
「……タピって帰るべ」
今の一分間くらいを無かったことにしようとして歩き始めるフウカの後をナヤと追いかけながら、私は内側から迫るようにして沸き起こってきた笑いを噛み殺すのに、しばしの時間を要してしまう。
(第一局:終)
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