▲1五金(あるいは、緋色ータイム/レリGO)


「ふ……フハハハハハハッ!! 思った通り、いやそれ以上の『変身』じゃあないか……何という……何という想像力、いやさ!! 創造力の翼だというのだ……これは……これはもはや!! 『八棋帝はちきてい』すら屠ることの出来る、まさに奇跡の超戦士の誕生と言え」


 わけ分からないことをわけ分からないテンションでだだ流している老人の言葉はそこで途切れた。私が素立ちの態勢からノーモーションでの閃光の右ローを、そのよれたスラックスの左膝辺りを薙ぎ払うかのようにして抜き放ったからだ。ぐるこさみん、のような呻き声を上げつつ、うずくまり震え出す老人を見下ろしながら、でも私は何とも言えない高揚感に包まれていたわけで。


 この「スーツ」……すごい。まるでこちらの蹴り出しを感知したかのように、動作のコンマ一秒くらいを先回りして、私の蹴りをサポートしてくれたかのように伸縮した……見た目重そうで窮屈そうだけど違う。私の意識を汲み取って、無駄なく、さらには最適な効率をもって最大限の力を引き出してくれるかのような……でも。


「違ウダロ」


 私の声帯を震わせたのは、そんな感情の削げ落ちた、それでいて高圧的な何かを内包した、厳然たる音声であったわけで。


「あ、え? ち、ち『違う』とおっしゃられますと?」


 主従を明確にさせる先ほどの蹴りによって、完全に卑屈なる感じを前面に出してきた老人がそう聞いてくるけども。おいおいおいおい、とぼくんじゃあねえぞ……私の中の何かがまたパキリパキリと音を立てて崩壊していくのを他人事のように感じている。


ミロ「っバッカヤロウゥゥッ!! 『魔法少女』と言ったらフリルフルでガン短かなカァストきめたドレス風コスに、もりもりのアクセ散りばめたギネス級のロング編み上げ突飛色髪展開するのが常だろうがコラぁぁぁぁぁ」


老人「エヒィィィ、いたいけと思われた可憐少女から、今はただ猛禽ッ!! 獰猛かつ冷徹な捕食者のオーラしか感じないよ怖いよぉぉぉ……」


ミロ「ふずけるなよ……何なんだ、これは? こんなもので萌えが映えるのか? 萌えるとしてもそれは非常に狭い範囲の人間に対してのみじゃあないのか……? アレか? お前もまた時流に乗れていない哀しき異端嗜好者のうちのひとりに過ぎないのか?」


老人「激しい恫喝から一転ッ……!! 研がれた静のメンタルシュートが、私の精神の内側から大切な何かをこそげ削り取るようにして抉っていくよ怖いよぉぉぉ……」


 何だろう、この開放感、解放感。スーツ・マスクに身を顔を覆われ隠されることによって、いつもの私が私でなくなっていく感覚。それは快感と言ってもいいほどの貫きをもって私の知覚していた「世界」をぶち壊し、押し広げていくかのように感じられて。


 内向的(と思われる)な自分が、他者への、外の世界への感受性と攻撃性を獲得した……? さっくりまとめるとそうなるけど、それはつまり、無理やり表現してみると、自分の中心に自分が立っているような? そんな感じ。


「いやさぁっ!! まぎれも無い、ももも萌えですともォッ!! これぞ萌えサカる燃え!! これこそが今期ブッちぎりの覇権機軸ぅぅぅッ!! 見てくだされ、その勇ましくも美麗なるその御姿をォォォォッ!!」


 高揚感に押されてつい必要以上に追い込んでしまった老人が、私におもねるかのように追従笑いをその皺だらけの顔に浮かばせながら、端末の画面を向けてくるのだけれど。


「……」


 そこには今の私の全身像が。深い赤色を基本カラーに、手先足先は眩い白に包まれている。全身タイツ……と言うほどぴったりではないけれど、私の、未成熟と成熟のはざまの短い時期にしか顕現できない最流麗な曲線を描く体のラインをほどよく強調したフォルム。顔を覆うマスクもシャープな感じにまとまっていて、あれ? 何かかっこいいな……思ったより洗練されてる……


「……名前については再考を要するが、まあよしとする」


 なぜかこのスーツとマスクを身に纏うと、言語やら態度やらが高圧的になってしまうようだけど。頭も何かクリアになって、難しい言葉も溢れるように脳内に満ちてくるというか。でも何かそんな「違う自分」になれてる感、ハンパなく最高……とか、そんな恍惚感にはからずも浸ってしまっていた、その時だった。


〈現地点ヨリ、半径100m以内ニ、『イド』発生ノ予兆アリ……〉


 唐突にそのような音声が老人の左手首に嵌めた腕時計のようなものから、結構な大きさをもって辺りに響き渡った。今日び珍しいほどのわざとらしいほどの機械音声だったけど。なに? いったい。


「まさか……この『赤い★フェニックス』の超絶エネルギーを感知して、やつらが恣意的に出現してくるとでも……いうのかっ!?」


 その通告のようなものを聞いて、ひとり、にわかに険しい顔をする老人だけど。いや、何か非常事態っぽい。というかここに至るまでの展開が急転すぎる。というか「★」のところで微妙なタメを作るのは何なの。


「お嬢さんッ!! 伏してお願い申し上げるッ!! 私と共に、『二次元人』と戦ってくれぬだろうかッ!? いま、この瞬間っ!!」


 えらい勢いでこちらに大声で叫び込んでくる老人だけど、伏してない伏してない。てゆーか、「戦う」って「二次元人」って、ええ? あの「等身大将棋駒」でしょ? 無理無理無理無理、あんな硬そうなの無理!!


「……今のキミ、いやさ貴女様は、やつらと同等の硬度を誇るその『ダイショウギレンジャイックスーツ』に御身を護られている……何も案ずる事などないっ!! 『鳳凰』の力の限り、盤上で縦横無尽に舞い、些末なる駒共を屠り焼き尽くしたもう……ッ!!」


 わけわかんない高揚感を前面に打ち出してきながら、私の眼前にその狂気走った皺顔を晒してくるのが心底気持ち悪かったので、また軽めに右ローをさっきの着弾点と寸分違わぬところに放り込んでおいた。こんどろいちん、みたいな呻き声を上げつつ震え伏した老人の三つくらいあるつむじを何とはなしに見つめながら、私は、「レンジャイック」って何だよ、「鳳凰」ってどんな利きなんだよ知らねえよ……とか思いながらも、何か一発暴れてやりたいようなそんな衝動に憑かれている自分を認識している。何でもいいから「将棋」をモチーフとしたものをぶっ壊してやりたいような感覚。それってかなりのヤバいめのメンタルと、自分でもそう思うけど。けど。


「……案内あないせよ」


 私の腹の底から絞り出したかのような低音に、はいですっ、と老人は良い返事をすると、背中をこごめつつ膝はまったく曲げないといった謎の卑屈走りにて、公園内の芝生の上を滑るように移動していく。その丸まった背中を追う私は、久しぶりの屋外での「運動」に、体中の筋肉が脈動するように呼応していることを感じているけど。


 身に纏ったスーツはあくまでも体の挙動を邪魔せず、そればかりか私を前へ前へ、待ち受ける「戦いの場」へと誘うかのようであって。何でか分かんないけど、やってやるの思いだけは頭にも、体中の筋肉にも漲っていた。私と老人は、「屋外運動御法度」の制度も何のその、はっちゃけきったテンションのまま、うおおおと緑の中を駆け抜けていく。


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