第66話『Dear』
「颯人君! そーれっ!」
咲夜はそう言うと、眩しい笑顔を浮かべながら俺に両手で海水をかけてくる。それが顔にかかり、両眼にちょっと入ったので痛い。
「やったな、咲夜。それっ」
「私からもだよ! 咲夜ちゃん!」
「きゃーっ! 2人同時はズルいですって! でも気持ちいい!」
大きな声でそう言うと、咲夜はとても楽しそうに笑っている。そんな咲夜のことを見て、麗奈先輩も声に出して笑っていた。こういうことをしていると、本当に海水浴を楽しんでいる感じがするな。
こうして海水浴に来るのは2年前の家族旅行以来か。去年は受験があったからなぁ。紗衣と一緒に海水浴をするのは小6以来だから、もう4年も経つのか。そういえば、あのときは紗衣が――。
「はーやと!」
「うおっ!」
海から急に紗衣が俺の目の前に現れ、そのまま俺のことを抱きしめてくる。そのことに驚いてしまい、そのまま尻餅をついてしまう。あまり深くないところだったので、座っても顔が浸かってしまうことはなかった。
紗衣は泳ぐのが得意だから、1人でスイスイと泳ぐこともあったな。それで、今のように突然現れて水を掛け合って楽しむ俺を驚かすことも。
「相変わらずだな、紗衣は」
「ふふっ。でも、今回は咲夜や麗奈会長と結託してないよ。ただ、颯人を驚かせたかったのと、海で颯人のことを抱きしめたかったから」
紗衣は爽やかな笑みを浮かべながらキスをしてくる。
「……しょっぱい。でも、こういうキスもありだね」
ふふっ、と紗衣はほんのりと頬を赤くしながらも爽やかな笑みは変わらず。紗衣、いとこ同士という関係を上手く活かしている感じがするな。
今、俺達は4人全員で遊んでいる。海野さんちの海の家でバイトをする方や、璃子、健太が、休憩のついでに荷物が盗まれないように見ていてくれるということで、俺達は全員で遊ぶことができている。
「はやちゃん、紗衣ちゃん」
気付けば、麗奈先輩と咲夜は俺達のところにやってきて、笑顔で手を伸ばしてくれていた。紗衣が咲夜の手を取ったので、俺は麗奈先輩の手を掴んでゆっくりと立ち上がる。さっきの紗衣のキスを見たからか、立ち上がったときに麗奈先輩にキスされた。
「紗衣ちゃん。今みたいなことは小さい頃からはやちゃんにしていたの?」
「ええ。たまに、小雪ちゃんと結託して驚かせることもありました」
「へえ、そうだったんだ」
「でも、紗衣ちゃん凄いよね。スイスイと泳ぐことができて。あたし、水泳は中学にクロールを15mくらい泳ぐのがやっとで。夕立高校はプールがなくて、水泳の授業もない学校で良かったよ」
「ははっ、そっか。水泳が苦手だと、高校にプールがあるかどうかってかなり重要だよね」
そういえば、うちの高校に水泳の授業はなかったな。だから、こうして海に入るのが久々だと思えたのかな。
「くそっ、あんなに可愛い女の子達とイチャつきやがって……」
「でも、話によると、あの子達ってミスコンに出たらしいぞ。そこで、同じ男に告白したみたいだし……」
「じゃあ、告白した相手ってあの白髪男かよ」
近くにいるチャラそうな若い男性陣はこちらを見ながらそんなことを話している。白髪男って言われるのはあんまりないな。
まったく、遠いところに来ても言われることは地元とあまり変わらないのか。イライラするけれど、今は楽しい海水浴中だ。あんまり怒りたくはない。こうなったら。
「いやぁ、ひさしぶりの海は楽しいな! しかも、こんなに可愛くて素敵な人達と一緒に来ることができて、俺は幸せだ」
大きな声でそう言って、麗奈先輩、紗衣、咲夜という順番で頭を撫でる。幸せなのは事実だし、そのことを周囲に知らしめてやればいい。そのことで3人の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「もう、はやちゃんったら!」
「急にそんなことを言うなんて。颯人はあまりそういうことを言わないタイプだから驚いちゃうな。もちろん、私も幸せだよ」
「あたしだって! 颯人君大好き!」
気持ちが高ぶったのか、咲夜は俺のことを正面から、紗衣は後ろからそれぞれ抱きしめてくる。
「あっ、2人ともズルい!」
そう言って、麗奈先輩が横から勢いよく抱きしめてきた。そのことでバランスが崩れてしまい、4人とも海の中へと倒れてしまう。
『あははっ!』
咲夜と紗衣、麗奈先輩は今のことが面白かったのか声に出して笑う。そんな俺達の楽しげな様子を見たからか、例のチャラ男軍団はすぐに立ち去っていった。どうやら、作戦成功のようだ。
その後はビーチボールを使って遊んだり、岩場の方に向かって探検したりするなど海での時間を楽しむのであった。
正午過ぎ。
海でたっぷりと遊びお腹も空いてきたので、俺達は海野さんちの海の家へと向かう。
『いらっしゃいませー!』
璃子と健太は一緒に挨拶すると、笑顔でこちらに向かってくる。最高の接客ではないだろうか。
「何名様ですか?」
「4人です、璃子」
「かしこまりました! では、4名様ご案内します!」
「こちらへどうぞ!」
璃子と健太、こんなにも張り切っていることが今まであっただろうか。俺達がお客様として来店したからかな。周りのお客さんがクスクスと笑っている。
2人にテーブルへと案内される際、店内を見てみると、夏実さんは金髪の女性スタッフさんと一緒に、今日もキッチンで料理やスイーツを作っていた。
またフロアには、璃子と健太以外に男性1人、女性2人が海の家のTシャツを着て接客を担当していた。スタッフもガラリと変わって、客という立場でここにいるからか、昨日までとは違った雰囲気だ。
俺達は7番テーブルに案内される。その際、ジャンケンをして最初に勝った麗奈先輩が俺の隣に座り、次に勝った咲夜が机を介して俺の正面に座った。
昨日までキッチン担当として働いていたところで食べるのは不思議な感じがするな。
「あたし、決まりました!」
「私も決まったわ」
「私も決めました。颯人はどう?」
「俺も決めました」
「了解。すみません、注文いいですか?」
「はーい!」
紗衣が手を挙げて店員さんを呼ぶと、待っていましたと言わんばかりの笑顔を浮かべた璃子がこちらに向けてやってきた。
咲夜はラーメン、紗衣はカレーライス、麗奈は焼きそば、俺は冷やし中華を注文した。俺達が注文する際、璃子は俺のことをチラチラと見ていた。水着姿だったからかな。
全員が違うものを注文したので後で一口ずつ交換すること決めた。
「注文入りました! ラーメン、カレーライス、焼きそば、冷やし中華それぞれ1つずつです」
「了解っす!」
「神楽君達のところね。これはより美味しく作らないとね」
夏実さんがキッチンから俺達に向かって爽やかな笑みを浮かべてくる。
あと、昨日までおよそ3日間、料理担当としてキッチンで働いたので、璃子が注文を伝え終わったときに「了解」と言ってしまいそうになった。これって、いわゆる職業病の1つなのだろうか。
「それにしても、上半身裸のはやちゃん素敵だね。横から見てもとても綺麗だよ」
「……そうですか」
上半身裸なのは事実だけど、もう少し言い方があるだろうに。水着姿とか。ちょっと厭らしく感じてしまう。うっとりとした様子なのでそれは言わないでおくが。
「あと、ヤケドの痕もほとんどないんだね。背中に日焼け止めを塗っているときにも思ったけれど」
「ええ。今見えているのは背中にあるものだけですね。あとは太ももと右眼にちょっとあるくらいで。海に入っても全然沁みなかったですし、運が良かったんだろうなって思います」
「そっか。……良かったよ」
麗奈先輩はほっと胸を撫で下ろして、彼女らしい優しげな笑顔を俺に見せてくれる。3年前の放火事件に麗奈先輩は無関係じゃないし、俺が入院していたときに謝ってくれたほどだ。ヤケドの痕がどうなっているのか気になっていたのだろう。
「兄貴! お姉さん達! コーラを持ってきました! 夏実さんから、昨日までバイトをしてくれたお礼ですって」
「そうなのか、健太」
「夏実さん、ありがとうございます!」
紗衣が代表してお礼を言うと、キッチンにいる夏実さんは笑顔で手を振ってきた。昨日のバイト終わりにバイト代をもらったのに、コーラを出してくれるとは。本当に有り難いな。
「それじゃ、コーラをいただきますか。いただきます」
『いただきまーす!』
俺はコーラをゴクゴクと飲む。海でたっぷりと遊んだ後だからか美味しいな。あと、夏実さんからのお礼だと思うと一段と美味い。
3人もとても美味しそうに飲んでいる。特に咲夜はコーラが好きなのか、それとも喉が乾いていたのか一気に飲み干した。
「お待たせしました! ラーメンとカレーライスになります!」
「焼きそばと冷やし中華っす!」
4人分だからか、璃子と健太が一緒に運んできてくれる。一昨日の冷やし中華事件のような事態にはならなくて良かったよ。
「それじゃ、さっそく食べようか。いただきます!」
『いただきまーす!』
俺は冷やし中華を一口食べる。……うん、酢の利いた醤油味のタレがさっぱりしていて美味しいな。
「醤油ラーメン美味しい! 熱いけれど、コーラを飲んだからかちょうどいいな」
「咲夜、ゴクゴク飲んでいたもんね。カレーライスも美味しいよ。夏には冷たいものもいいけれど、熱いものや辛いものもいいよね」
「うん、分かる! あたしも汗が出てきた」
「ふふっ、2人とも良かったね。私の頼んだやきそばも美味しいよ。昨日のミスコンでも言ったけれどここぼ焼きそばは好きだなぁ」
そう言って、麗奈先輩はもう一口焼きそばを食べる。3日前に紗衣と俺が腕試しで作った焼きそばは、海の家のレシピ通りに作ったので、ここの焼きそばが好きだと言ってくれるのは嬉しいな。
「颯人君の冷やし中華はどう?」
「さっぱりしていて美味しいよ」
「良かったね。……颯人君達さえよければなんですけど、さっそく一口ずつ交換してみませんか?」
「俺はいいけれど、2人はどうですか?」
「私もいいですよ」
「みんなが頼んだものも食べてみたいな」
「ありがとうございます! じゃあ、みんなで一口ずつ交換しましょうか!」
そして、俺達はお互いに頼んだものを一口ずつ交換した。ラーメンも、カレーライスも、焼きそばも美味しいな。3人もお互いのものを美味しそうに食べていた。
俺のバイト中も、こういった美味しい料理やスイーツを出すことができていたのかな。たまに、俺に対して美味しかったと言ってくれたお客さんもいたし、できていたということにしておくか。
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