第67話『またいつか。』

 海野さんちの海の家で昼食を食べ終わった俺達は、お店の近くにあるシャワー室で髪や体を洗った。

 服に着替えて帰る準備をするため、俺達は旅館へと戻る。準備が終わったら夏実さんに連絡することになっている。

 4号室に戻った俺は水着から私服へと着替えていく。

 着替え終わった後は荷物をまとめて、忘れ物がないかどうかチェックをする。ここでは主に寝るだけだったけれど、これから東京に帰ると思うと急に寂しくなるな。少しでもここでの日々を思い出しやすくなるように、スマホで部屋の中の写真を撮った。


「これでいいな」


 最終チェックをして忘れ物がないと確認できたので、俺は4号室を出る。廊下には3人の姿はなかったので、5号室の近くで彼女達を待つことにする。

 ――プルルッ。

 スマートフォンが鳴っているので確認してみると、小雪から新客メッセージが。


『お土産とお土産話を楽しみにしてるね! お兄ちゃん!』


 これ、お土産を忘れるなっていう意味だろうな。池津駅にお土産屋さんがあったから、そこで家族にお土産を買うことにしよう。そんなことを考えながら、小雪に分かったという旨の返信をしておいた。


「颯人君、お待たせ」


 咲夜のそんな声が聞こえたので5号室の方を見ると、荷物を持った私服姿の3人が5号室から姿を現した。3人の服装を見ると、これから東京に帰るんだなと実感する。


「3人とも、忘れ物は大丈夫ですか?」

「私は大丈夫だよ、颯人」

「私も!」

「あたしも大丈夫だよ! 颯人君の方は大丈夫?」

「俺も何度か確認したから大丈夫だ。荷物もバイト代もちゃんと持った。じゃあ、みんな大丈夫ってことなので、夏実さんに連絡して、勝手口を出たところで待ちましょうか」


 俺達は勝手口から外に出る。すると、そこには既に夏実さん、璃子、健太の姿があった。


「4人とも、着替えて荷物をまとめ終わったんだね」

「はい。何度も確認しましたが、忘れ物はないと思います。夏実さん、4号室の部屋の鍵を返しますね」

「5号室の鍵も」

「はーい」


 俺が4号室の鍵、紗衣が5号室の鍵を返すと、夏実さんは俺と紗衣に握手を交わしてきた。その流れで咲夜と麗奈先輩にも。

 夏実さんのことを見習ってか、璃子と健太も俺達と握手を交わす。2人とも、夏実さんよりも俺の手をぎゅっと握ってくれた。


「改めて、神楽君、紗衣ちゃん、咲夜ちゃん、麗奈ちゃん。昨日まで3日間ありがとう。あなた達のおかげでこの3日間も営業できて、売上も上がったわ。今日もいい感じで。来年の夏もバイトを頼むかもしれない。もちろん、バイトじゃなくて観光でも池津に来てくれると嬉しいな。あと、紗衣ちゃんはこれからもピュアスイートで妹の春奈がお世話になるわ。よろしくね。4人とも、またね」

「颯人さん達が帰っちゃうのは寂しいです。いつかまた来てくださいね! もちろん、そのときは海野家に泊まってくださいね!」

「オレも寂しいっす! みなさん、勉強とか頑張ってください! また会うときまでには少しでも大人の男になっていたいと思います!」


 今回はバイトと海で遊ぶことだけだったから、いつかこの4人で観光目的に池津に来るのもいいな。そのときはお客さんとして海野家に泊まりたい。


「4日間お世話になりました。いい経験になりました」

「池津での4日間楽しかったです! また来たいです!」

「4日間お世話になりました。楽しかったです。ピュアスイートに行ったら、店長にこの4日間のことを報告しますね」

「4日間お世話になりました。来年は受験生ですけど、バイトをしてもきっと大丈夫だと思います。バイトでも観光でもまた池津に来たいです。ありがとうございました」


 俺達はそれぞれ、3人に感謝の気持ちを伝えた。俺はもちろん、みんなにとっても池津での時間はとても楽しかったようだ。

 すると、璃子はもじもじとした様子で俺のことを見てくる。


「あの、颯人さん。帰っちゃう前に、スマホでツーショット写真を撮ってもいいですか? その写真は颯人さんに送りますから!」

「分かった。いいぞ」


 璃子は頬をほんのりと赤くしながら俺のところにやってくる。彼女はズボンのポケットからスマートフォンを取り出して俺と寄り添う形に。健太のことをチラッと見ると、彼からは羨望の眼差しが。

 自撮りモードになっているからか、璃子のスマホの画面には俺達の姿が映っている。璃子と顔をかなり近づけているのが分かる。


「では、撮りますよ!」

「ああ」


 璃子はシャッターボタンを押し、俺とのツーショット写真を撮る。その写真をすぐに俺に送ってくれる。璃子、可愛らしい笑顔で映っているな。さすがは海の家でお手伝いをしているだけあるな。


「素敵な写真を撮ることができました。颯人さん、ありがとうございます」

「いえいえ」


 璃子のことを見ると、至近距離で見つめ合っているからか彼女は顔を真っ赤にして、うっとりとした様子になっている。今までの中で一番大人っぽく感じる。


「……颯人さん。あたし、これまで颯人さんに色々と言ってきましたけど、本当にあたしの旦那さんになって海野家に働いてほしいって思っていますからね。大好きです」


 そう言うと、璃子は俺の右頬にキスをした。そのことに咲夜と麗奈先輩は「きゃーっ!」と興奮しながら黄色い声を上げて、


「うわああっ! 璃子が兄貴にそんなことをするなんて! まあ、兄貴は凄い男だしなぁ……」


 健太は涙目になり、がっかりとした様子でそう呟いた。そんな彼の頭を夏実さんが苦笑いをしながら撫でていた。


「颯人、池津の小学生に告白されちゃったね」

「ああ。璃子の言う通り、ここに来てから彼女に色々と言われていたからな。……俺は避けられたり、色々と悪口を言われたりするのが普通だった。だから、小学生でも俺のことが好きだって言ってくれる子や、兄貴って慕ってくれる子に出会えたことはとても嬉しいんだ。もちろん、ミスコンで3人が俺のことが好きだって言ってくれたことも。ありがとう」


 池津に来て、人の温かさに多く触れることができた気がする。彼女達だけじゃなくて、バイト中、お客さんから「美味かった」「また来る」「ありがとう」って何度も言われて。これまでの自分からでは想像できなかった時間を、ここで過ごさせてもらった気がする。

 俺が感謝の意を伝えたのか、璃子だけじゃなくて、咲夜も紗衣も麗奈先輩も顔を赤くしていた。


「3人も颯人さんのことが好きだって言っていましたもんね。もし、3人のうちの誰かと付き合うことになったら、あたしにも教えてください。そうしてもらわないと気持ちに区切りを付けることができないほどに、颯人さんのことが好きになっていますから。も、もちろん、あたしと付き合いたいっていう連絡なら一番嬉しいですけどね!」

「ああ、分かったよ。璃子にも連絡するからな」


 璃子の頭を優しく撫でると、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべて俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。体つきは3人よりも子どもだけれど、好きだって告白してくれたからか、彼女から感じるものは3人と似ていた。


「それじゃ、俺達はそろそろ東京の方に帰ります」

「無事に到着したら夏実さんに連絡を入れますね。夕方なので、妹さんにも挨拶していくつもりです」

「うん、分かった。じゃあ、またね。ありがとう」

「さようなら! また来てくださいね! 颯人さんは連絡くださいね!」

「兄貴! お姉さん達! またです!」


 夏実さん、璃子、健太に見送られながら俺達は海野家を出発し、池津駅の方へと向かう。ここに来たときと同じように、迷子になってしまうかもしれないと不安げな咲夜の手を握りながら。

 池津駅に到着し、お土産屋さんで家族などへのお土産を買う。バイト代も入ったし、俺の家族は俺を含めて全員甘いもの好きだから、多めに買うことにした。

 そして、俺達は電車に乗り東京の方へと帰り始める。

 これまでにも旅の寂しさを感じたことはあったけれど、今回が一番強いかもしれない。それだけ池津での時間が楽しく過ごせたってことかな。

 またいつか、この4人で池津に来ることができるといいな。瞬きする度に遠ざかっていく池津方面の風景を見ながらそう思うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る