第46話『アルバムにもう1枚』

 スイーツやコーヒーを楽しみ、ピュアスイートを後にした俺達は、水着を買うために近くのショッピングモールに行く。

 ただ、水着は来週までのお楽しみということで、男女に分かれて買うことに。まあ、楽しみがあった方がバイトも頑張ることができるかな。3人とも可愛らしいし、ス……スタイルもなかなかいいのでどどんな水着姿になるのか楽しみだ。

 1人になり、俺はバッグの中に入れていたサングラスをかけて男性用の水着売り場へと向かう。

 サングラスをかけると、お客さんや店員さんに恐がられないというメリットがあるけれど、デメリットは……サングラスの色が濃いから水着の色がよく分からない。

 俺は素早くサングラスをズラして、水着の色を確認する。今は青系の水着を持っているから……うん、この黒い水着なんて良さそうだ。

 試着をしてサイズもちょうど良かったので、黒い水着を購入した。会計をするときはいつも緊張するけれど、サングラスのおかげか女性の店員さんはうっとりとしていた。

 待ち合わせ場所の休憩スペースに行き、俺は3人のことを待つ。


「来週は人生初のバイトか……」


 サングラス着用OKなら接客に挑戦するのもいいだろうが、NGだったら料理や、皿洗いなどの裏方の仕事を担当したいな。


「海の家で食う料理って、シンプルだけど美味いんだよなぁ」


 そういえば、小学生の頃、紗衣の家族と一緒に旅行に言って、紗衣や数兄、小雪と一緒に海の家でラーメンや焼きそばを食べたな。そのときの紗衣は、一昨日のように髪はストレートで水色のビキニを着ていたっけ。きっと、あの頃に比べたら成長――。


「颯人、お待たせ。水着を買ってきたよ」

「おっ! ……そ、そうか。俺も水着を買えた」


 気付けば、すぐ近くに水着売り場のお店の袋を持った紗衣達が立っていた。紗衣に声をかけられたからビックリしてしまった。


「良かった。じゃあ、水着も買えたので私の家に来ますか? ショッピングモールから歩いて数分くらいですし、麗奈会長はまだ来たことがないですよね?」

「うん! 紗衣ちゃんの家に行ってみたいな!」

「せっかく清田に来たんですもんね。あたしも行きたいな」

「分かりました。では、私の家に行きましょうか」


 俺達はショッピングモールを出て、紗衣の家へと向かう。梅雨明けして今日もよく晴れているからか、夕方でも結構暑いな。

 ただ、紗衣の言ったとおり、歩いて数分で彼女の家に到着する。これから夏本番だし、駅やショッピングモールから近いといいよな。うちは夕立駅やショッピングモールから歩いて15分近くかかるし。


「ただいま~」

「おじゃまします」

「おじゃまします!」

「お、おじゃましますっ!」


 初めて来る場所だからか、麗奈先輩は緊張した様子だ。俺の家ならともかく、紗衣の家でも緊張するとは。そんなところが可愛らしいと思える。

 俺達が挨拶すると、すぐにリビングからパンツルックの真弓さんが姿を現す。


「おかえり、紗衣。おっ、颯人君達も来たんだね。そういえば、春奈ちゃんが颯人君達に話したいことがあるって言っていたんだっけ」

「そうだよ。せっかく清田まで来たから、うちに寄ってもらうことにしたんだ」


 甘粕さんのことを「春奈ちゃん」と呼ぶってことは、真弓さんは甘粕さんとは結構親しい仲なのかな。


「そうだ、お母さん。来週の月曜日から水曜日まで、店長のお姉さんが運営する海の家のバイトを颯人達と一緒にすることになって。水曜日もフルで働くから、帰ってくるのは木曜日になるの」

「そうなのね。みんな頑張って。じゃあ、その間の紗衣のバイトは?」

「そのことなんだけど、お母さんにお願いできないかなと思って」


 紗衣がお店で言っていた適任者って真弓さんのことだったのか。明るくて活発な方だし、母さんに似て笑顔がとても可愛らしい人だからな。適任だろう。


「月曜と火曜、木曜なんだけれど。接客だし、お母さんもこれまでに飲食店のパートはたくさんやってきたから。もちろん、ダメならダメでいいけど」

「母さんは全然大丈夫だよ。昔からピュアスイートのスイーツに幸せにさせてもらっているし、今は娘がバイトでお世話になっているからね。来週は紗衣の代わりに母さんが頑張るわ!」


 真弓さんは快諾し、今からやる気になっている。この笑顔で接客すれば紗衣の代わりは十分に務まりそうだ。


「あら、そちらの金髪の子は例の生徒会長さんね! 紗衣からの話で何度も話が出ているから。前に写真を見せてもらったの」

「そうだったんですか」

「ふふっ、可愛くて綺麗な子。初めまして、紗衣の母の真弓です」

「初めまして、皇麗奈と申します。夕立高校に通う2年で、生徒会長を務めています。あと、紗衣ちゃんから聞いているかもしれませんが……はやちゃん……颯人君のことが大好きです!」

「うんうん知ってる! 颯人君、あなたは直樹君以上にモテるわね」

「そ、そうですかね。まあ、うちの両親は出会ってからずっと、お互いに一途ですからね」


 ただ、母さんは何度も告白された話を聞いたことがあるけれど、父さんからそういった話は全然聞かなかったな。


「紗衣、より頑張らないと颯人君をゲットできないわよ! 麗奈ちゃんはもちろんのこと、咲夜ちゃんっていう可愛い女の子も側にいるし」

「ふえっ。あ、あたしはその……ですね……あははっ」


 真弓さんに変なことを言われてしまったせいか、咲夜は頬を赤くしながら笑っている。ただ、そんな咲夜以上に紗衣は顔を真っ赤にしていた。


「もう、何を言っているのお母さん! ほ、ほら! みんな私の部屋に行きましょうね!」


 俺達は紗衣の案内で彼女の部屋へと通される。

 今日も紗衣の部屋はとても綺麗だな。ただ、俺に抱く紗衣の気持ちを知っていて、一昨日のこともあってか、部屋に入って紗衣の匂いがほんのりと感じた瞬間にドキッとする。


「麦茶を持ってきますから、適当にくつろいでください。そうだ、麗奈先輩もいますし、私のアルバムを見ますか? 小学生の頃までなら、颯人の写っている写真もありますから」

「うん! 是非、見させてください!」


 麗奈先輩、凄く目を輝かせているな。

 紗衣は本棚からアルバムを取り出し、麗奈先輩に渡すと部屋を後にした。

 麗奈先輩は紗衣から受け取ったテーブルの上に置き、咲夜と一緒にさっそく見ることに。


「うわあっ、小さい頃のはやちゃんと紗衣ちゃんかわいい! はやちゃんは小さい頃から目つきが鋭いんだね! かっこいいなぁ」

「父親から受け継いだものですからね。それでも、今よりはまだ目つきの鋭さはマイルドだと思いますけど」


 それは今の目の鋭さを持っているからこそ思えることで、小さい頃から一般人に比べればかなり鋭かったのだろう。だから、目のことを言われていじめられたんだろうし。

 高校生になって1歳年上の女性の先輩にかっこいいと言われると、当時の俺に教えてやりたいな。


「みんな、麦茶を持ってきたよ」

「甘いあられも持ってきたわ」


 紗衣だけじゃなくて、真弓さんまで部屋の中に入ってきた。咲夜と麗奈先輩は「ありがとうございます」とお礼を言って軽く頭を下げる。


「あら、アルバムを見ているのね。小さい頃は特に颯人君や小雪ちゃんと一緒に遊んだり、お互いの家に泊まったりしたわね」

「ですね。中学のときは例の事件があったりして頻度も減りましたけど、紗衣と一緒の高校に通うようになったからか、最近はまた一緒にいることが多くなりましたね」

「それが理由かしらね? 紗衣も高校生になってからまた笑顔を見せることが多くなったわ。……そうだ、アルバムのスペースがまだあるなら、陽子から送ってもらった写真を貼ってもいいんじゃない?」


 陽子から送ってもらった、という一言でどんな写真を貼ってもいいと思っているのかだいたいの想像がついた。紗衣も同じようなことを考えているのか、段々と顔が赤くなって、視線をちらつかせている。


「陽子さんからどんな写真を送られたんですか?」

「私、気になります!」

「……紗衣と颯人君が一緒に寝ていた写真よ」

『えっ』


 咲夜と麗奈先輩の表情が固まり、ゆっくりと俺達の方を見てくる。そのことに、普段はクールな紗衣が珍しく、真っ赤になった顔を両手で覆っている。そんな彼女の反応を見てか、2人は強張った様子で俺に迫ってきた。


「は、はやちゃん! 紗衣ちゃんと一緒に寝たってどういうことかな? 2人はまだ高校生なんだよ! 実はもう恋人として付き合ってるの?」

「え、えっちなのはいけないと思うよ! まさか、来年の春には2人はお父さんとお母さんになるの?」

「ふふっ、私も陽子から写真を送られたとき、陽子と一緒におばあちゃんになるのかと思ったけど、それは違うわ。一昨日の夕方のことだったかしら。部屋の様子を見たけれど、そういったことをした形跡はなかったって。2人は本当に気持ち良く眠っていたの」


 ほら、と真弓さんはスマホをこちらに向ける。

 画面には、俺と紗衣が私服姿で気持ち良く眠っている写真が表示されていた。そこに映っている紗衣を見て、ストレートヘアのワンピース姿の紗衣も可愛いと改めて思う。あと、母さん……真弓さんにも送ったのか。

 事情が分かってくれたのか、咲夜と麗奈先輩はほっとした様子で胸を撫で下ろす。


「なんだ、そうだったんですね。もう、颯人君ったら。違うなら違うって言ってよ」

「違うって言う時間を与えてくれなかったじゃないか。その……紗衣と俺が両親になるような行為はしてませんし、恋人として付き合ってもいないです」

「そうだったんだね。早とちりしちゃった、はやちゃん。……それにしても、髪を下ろして、ワンピースを着ると紗衣ちゃんってこんな雰囲気になるのね。とても可愛いわ」

「そうですね! 紗衣ちゃんのスカート姿は制服くらいですもんね。ギャップがあっていいです。あと、2人の寝顔も可愛いですよね」


 あのときの姿は咲夜と麗奈先輩から好評価のようだ。それもあってか、紗衣は俺達に顔を見せてくれた。まだ顔の赤みは残っているが。


「一昨日、颯人の家に行くからおめかししたんだ。颯人と2人きりだから思い切ってね。……その写真は、颯人と一緒に気持ち良く眠っているところの写真だから、せっかくだしアルバムに挟んでおこうかな」


 そう言うと、紗衣はようやく笑みを見せてくれた。いつか、この写真が紗衣にとって微笑ましい思い出になるといいな。

 その後もアルバムを一緒に見たり、真弓さんの見せてくれた写真もあってか、紗衣が髪を下ろしワンピース姿になった姿を咲夜や麗奈先輩に見せたりと、楽しい時間を過ごすのであった。

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