第5話『従妹』
月原との話もあったせいか、授業中も休み時間もいつも以上にクラスメイトから見られることが多かったな。そんな俺も、自然と普段よりも月原のことを見る回数が多くなってしまっているが。それは月原も同じようで、何度か目が合うと彼女はその度に顔を真っ赤にしていた。
休み時間になると、月原は何人かの女子と話すことが多い。たまに笑顔を見せることもあるけど、いつもの笑みとは程遠かった。
放課後。
月原に話しかけようか迷ったけれど、今日の彼女の様子を思い返すとそっとしておいた方が賢明かな。
ただ、一切関わらないというのは悪い気がしたので、ゆっくりと席を立つと真っ先に月原のところへと向かう。
月原は頬を赤くしながら、俺のことをチラチラと見てきた。
「か、神楽君……」
「……また明日な。あと、佐藤先輩絡みのことで何かあったら遠慮なく言ってくれ。すぐに月原のところに行くから」
「……うん。ありがとう」
そう言うと、月原は今日初めて俺に微笑んでくれた。これならひとまずは大丈夫そうかな。
「また明日ね、神楽君」
「……ああ」
月原が俺に小さく手を振ってきたので、俺も小さく手を振ってみる。何だか照れくさいと思いながら教室を後にした。
いつもなら昇降口に直行するけれど、今日は従妹と一緒に放課後を過ごす予定なので、隣の1年3組の教室を覗いてみる。うちのクラスほどじゃないけど、恐がったり、睨んだり、後ずさりしたりする生徒がいるな。
「あっ、颯人」
1人の女子生徒が落ち着いた笑みを浮かべながら俺に向かって手を振ってくる。その振り方はさっきの月原よりもずっと大きかった。彼女が俺の従妹である
紗衣は友人らしき女子生徒達に手を振ると、スクールバッグを持ち、ポニーテールにした銀髪を揺らしながら俺のところにやってくる。
「じゃあ、行こっか」
「ああ」
俺は紗衣と一緒に昇降口に向かって歩き始める。
紗衣と一緒なのでいつもより周りから見られることは少ない。けれど、驚きの視線を送られることが多くなる。
紗衣はスタイルのいい長身で、端正な顔立ち。それに加えて運動神経が抜群、クールな性格もあって、男女問わずに人気がある。実際に、高校に入学してから男女両方の生徒から告白された経験を持つ。全て断っているが。
また、体育が3組との合同授業ということもあってか、うちの教室で紗衣のことを話しているのを何度も聞いたことがある。
紗衣のおかげか、誰かに絡まれたり、悪態をつかれたりすることもなく学校を後にすることができた。天気予報通りで朝から降っていた雨が止んでいた。
「紗衣、駅前のショッピングモールとかに行くか? それとも、家に来る?」
「颯人の家がいいな。例の話、他の人には聞かれない方がいい気がするし」
「分かった。じゃあ、一緒に帰るか」
「うん」
俺は紗衣と一緒に自宅に向かって歩き始める。
紗衣は小さい頃から、数え切れないほどに俺の家に遊びに来たことがある。高校生になってからは、今日のようにバイトがない日は俺と一緒に家に帰ることがたまにある。
「ちなみに、今日は陽子さんはいるの?」
「確か、今日は6時くらいまで喫茶店でパートだったな」
「そっか。じゃあ……今日は2人きりなんだね。小雪ちゃんは部活でしょ?」
「ああ」
ちなみに、小雪も俺と同じく白髪だけど、目つきは母親似でパッチリとして可愛らしい。それもあってか、俺と違っていじめられた経験は全然ない。本当に良かった。
その後も他愛のない話をしながら歩いていくと、俺が花を育てている花畑に到着する。
「確か、一昨日の夜に月下美人の花が咲いたんだよね」
「ああ。紗衣のバイトがなかったら呼んでいたよ」
「一昨日は夜までバイトだったからね。月下美人の花の写真、綺麗だった。満月をバックになってて」
「そうだろう? ……実はその写真を撮った後に月原と会ったんだよ」
「……へえ、そうなんだ」
すると、紗衣の笑みは寂しげなものになり、小さくため息をついた。
「あの月下美人の花を、颯人と一緒に見ることができるなんて。月原さんが羨ましい」
「……そうか。もし、次に月下美人の花が咲くときは、早めに連絡するよ」
「よろしくね」
紗衣は爽やかな笑みを浮かべてそう言う。月下美人は毎年2、3回咲くから、今年の開花時期の間に紗衣と一緒に見るチャンスはまだあるだろう。
俺は紗衣と一緒に自宅に帰る。予定通り、家には誰もいない。
紗衣を俺の部屋に通して、俺は彼女と自分が好きな冷たいアイスコーヒーを作る。リビングにクッキーがあったので、何枚かお皿に出してそれと一緒に紗衣のところに持っていく。
「紗衣、お待たせ。アイスコーヒーとクッキーを持ってきた」
「ありがとう、颯人」
今日はジメジメとしているからか、紗衣は俺が出したアイスコーヒーをさっそくゴクゴクと飲んでいる。
「うん、美味しい」
「良かった。もう冷たいものが美味しい季節になったな」
「そうだね。バイト先でも、今月に入ってから冷たい飲み物を注文されることの方がより多くなったよ。またスイーツを食べに来てね」
「ああ」
「……そろそろ本題に入ろうか。月原さんとの話を聞かせて」
紗衣は真剣な表情になって俺にそう切り出してきた。
月原が佐藤先輩からの告白を断るためにニセの恋人になってほしいと言われたこと。それを断り、クラスメイトとして告白の場に居合わせたこと。しかし、告白の流れで、月原が俺のことを恋人であると宣言し、俺にキスをしたことなどを俺は紗衣に包み隠さずに話した。その間、紗衣はたまに相槌をするくらいで、静かに聞いていてくれた。
「そういうことだったんだ」
それが、全てを話し終わってからの紗衣の最初の言葉だった。彼女はアイスコーヒーを一口飲む。
「何だか颯人らしいなって思ったよ。ニセの恋人にはならないこともそうだし、佐藤先輩のラブレターの件が解決するまで親身になっていることも。月原さんとの話が広まっても、恋人じゃないって本当のことをちゃんと言い続けることも」
「……そうかな」
「ただ、告白してきた相手がしつこくて、とっさに颯人が恋人だって言っちゃう月原さんの気持ちも分かるかも。月原さんの立場だったら、私もキス……しちゃうのかなぁ。それで、相手が諦めてくれるかもしれないなら」
キスのことを話しているからか、紗衣は珍しく頬をほんのりと赤くする。
どうやら、紗衣は月原や俺の行動や言動に理解してくれているようだ。それが嬉しくて、心が少し軽くなった気がする。
「でも、2人が恋人じゃないってことは佐藤先輩の耳にいつかは入るよね。そうしたら、また告白しに来るんじゃない? しつこいんでしょ?」
「チャンスは残されていると考えて、また告白する可能性は十分にあるだろう。単に逆上するだけの可能性もありそうだが。そういうときは俺に連絡してくれることになってる」
「……そうなんだ。じゃあ、友達やクラスメイトの女子には、訳あってキスはしたのは本当だけど、恋人じゃないってことを伝えておく」
「ああ。ありがとう」
俺がそう言うと、紗衣は穏やかな笑みを浮かべて、ほっとした様子になっていた。美味しいのか、クッキーを食べているときに「ふふっ」と声に出して笑う。
「あと、紗衣も月原と似たようなことがあったら、遠慮なく俺に相談してくれよ」
「うん、ありがとう」
紗衣も人気のある生徒だから、いつかは佐藤先輩のような人からラブレターをもらうかもしれない。
「ただ、今の話を聞いていると、月原さんもいい子だなって思う。颯人の見た目だけじゃなくて、人となりもちゃんと見ている気がして。そういう人がクラスメイトに1人でもいることに、何だか安心する」
「……そうか。できれば、紗衣とも同じクラスになりたかったな」
「……そうだね。より楽しい高校生活になりそう。だから、体育だけでも合同授業で一緒で良かった……かな」
そう言う紗衣は視線をちらつかせ、どこか照れくさそうな表情をしていた。最近はあまり見せないので懐かしさを覚えた。
紗衣のクラスで明日提出する数学の課題があるということなので、彼女の手助けをしながら俺も課題を片付けるのであった。
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