第2話『体育館裏での告白』

 6月18日、火曜日。

 今日は梅雨の時期としては珍しくスッキリと晴れており、雨が降る心配はないという。これなら、佐藤先輩の指定した通り、放課後には体育館裏で月原への告白が行なわれるだろう。

 今日も俺の通う都立夕立ゆうだち高等学校に登校する。

 夕立高校は地元・夕立市にある高校で、自宅から徒歩で15分。偏差値も自分の実力に合っていて、大学への進学率もいいことから受験し、今年の春に入学した。勉強をする意味では、今のところ問題はない。


「うわっ、白狼が来たぞ」

「本当に目つき恐いよな、アドルフ。おまけに白髪だし、背も凄く高いし」

「右眼を髪で隠しているところがまた恐え!」


 今日も校門に入った途端、生徒達のそんな声が聞こえてきた。

 白髪と目の鋭さは生まれつきだから、小さい頃から言われ慣れているけれど、それでも多少なりと精神的ダメージがある。


「……はあっ」


「きゃあっ!」


 単にため息をついただけなのに、すぐ目の前に歩いていた女子生徒が叫び、怯えた様子で俺のことを見てくる。そのことで、周りの生徒達が俺のことを睨んできたり、おどおどしたりしている。


「わ、私……何か悪いことをしてしまったのでしょうか?」

「……いえ、特に何もしていないので安心してください」


 俺がそう言うと、それまで怯えた女子生徒はほっとしていた。声が低いせいか、今のようにため息をついただけでも怯えられてしまうことは何度もあった。

 月原はよく俺と普通に話してくれたな。たまに笑顔も見せてくれて。俺に頼み事があるからっていうのもあると思うが、彼女は凄い人間じゃないかと思う。

 校舎に入り、月原と俺のクラスである1年4組の教室に向かう。


 ――シーン。


 朝、俺が教室に入ると、必ずと言っていいほど教室の空気が一瞬固まるのだ。そして、俺のことを睨んだり、怯えたり、距離を取ろうとしたり。俺のことを気にしないクラスメイトはほとんどいない。

 ただ、幸いなことに俺の席は窓側の一番後ろ。普段から生徒は寄ってこないけれど、ここであれば周りにあまり気を遣わずに過ごすことができる。

 自分の席に座り、いつもならスマホを弄るか好きな本を読むけれど、今日は教室の中の様子を見る。月原のことを確認するためだ。


「面白かったよね。あのシーン」


 月原は廊下側の前から2番目の席に座って、友人達と楽しく話している。女子の方が多いけれど、男子も混ざっている。クラスで人気のある生徒が集まっている印象だ。話の内容からして、昨日の夜にやっていたドラマのことだろうか。

 これまでも、月原って今のように誰かと楽しく話すことが多かった気がする。クラスの中心人物で人気の生徒の1人という感じだ。物理的にも精神的にも端っこにいる俺とは正反対の存在。そんな生徒が俺にニセの恋人になってほしいと頼んでくるとは。生きていると予想外のことが起きるんだな。


「ねえ、アドルフ君がこっち見てるよ」

「なんでこっち見てるんだよ。普段はスマホか本か窓の外を見てるのに」

「私達、何かしちゃった?」


 俺の視線に気付いたのか、月原の取り巻き達がこちらを見てそんなことを言ってくる。はいはい、俺はスマホか本か窓の外を見てますよ。


「白狼とかアドルフって言われてるけど、神楽君は人間なんだし、たまには気分転換でこっちの方を見ることもあるんじゃない?」

「さすがは咲夜! 言うことが違うなぁ。あたしは咲夜ほどに心を広く持てない」

「そう? 宏実も心が広い方だと思うけど」

「そうかなぁ?」


 そう言って、宏実と呼ばれる茶髪の女子生徒が月原とじゃれ合っている。あいつは確か田中宏実たなかひろみっていう名前だったか。

 月原の一言で取り巻き達の表情やグループの空気が一気に良くなった。さすがは月原だな。

 月原は俺の方をチラッと見て、爽やかな笑みを浮かべながらウインクをしてきた。それは「いいフォローだったでしょ?」という意味なのか、それとも「放課後はよろしく!」ということなのか。どうでもいいか、そんなこと。



 今日もいつも通りに授業を受け、休み時間はたまに同い年の従妹とメッセージのやり取りをすること以外は1人の時間を過ごした。

 睨まれたり、怯えられたり、今朝のように少し遠くで悪口を言われたりすることはあったけど、それもいつも通りのことだった。



 放課後。

 いよいよ、月原に協力するときがやってきたか。

 今も青空が広がっているので、予定通り体育館裏で月原は佐藤先輩に告白されることになるだろう。


『先に行ってる』


 月原のスマホにそうメッセージを送り、教室を出ようとするときに月原の方をチラッと見る。すると、彼女と視線が合う。今も月原は友人達と一緒にいるので、何とか理由を付けて後から1人で体育館の裏にやってくるだろう。

 俺は1人で体育館裏へと向かう。来るのが早かったのか、体育館裏には誰もいなかった。


「そういえば、佐藤先輩ってどんな顔をしてるんだ?」


 金髪のイケメンという情報しかない。

 でも、ここには木が何本か生えているだけで、他には何もないし、部活とかで使う生徒はいないか。ここにいれば、金髪のイケメン生徒の姿を見ることができるだろう。

 近くに生えている木に寄り掛かりながらスマホの画面を見つつ、たまに周りの様子を伺う。遠くの方で下校する生徒や、部活なのか体操着姿の生徒が見えるだけで、佐藤先輩らしき生徒は来ないな。

 月原からは……『既読』のマークが付いただけで、返信はないな。取り巻き達もいたし、メッセージを見るのが精一杯なのだろうか。


「まだか……」


 そんな声が聞こえたので、さりげなく周りを見ると体操着姿の金髪のイケメン男子生徒の姿が。彼が佐藤先輩かな?

 俺がスマホを眺めている体勢でいるからか、佐藤先輩らしき金髪男子生徒は俺のことを気にかける様子はない。

 そして、金髪男子生徒が姿を現してから10分ほど経ってからだった。


「神楽君」


 ようやく月原がやってきた。俺に協力してもらうからなのか、彼女は1人でやってきたな。ちなみに、これが今日、初めて月原から俺に向けられた言葉だった。


「ごめんね、返信できなくて。なかなか1人になれなくてさ」

「気にするな。『既読』って付いていたし、月原がここに来るのは分かっていたから」

「そう言ってくれると、少しは気が楽になる」


 だからなのか、月原はほっとした様子を見せる。

 ちなみに、さっき来た金髪男子生徒がこちらを見ている。これで、彼が例の佐藤先輩であることがほぼ確定したかな。


「最初は宏実達に用事があるからって言ったんだけど、勘がいいのか何かあるんじゃないのって言われちゃって。それで、佐藤先輩の告白を断るって白状した。断るのにみんながいたら、佐藤先輩がかわいそうだからって告白の場所も教えなかった。それで、みんなが帰ってからここに来たの。それで遅くなった」

「なるほど。……その佐藤先輩らしき人があそこにいる。昨日、月原が金髪のイケメンだって言っていたから、彼が佐藤先輩だと思うんだけど」


 俺がさりげなく金髪男子生徒の方を指さすと、月原はゆっくりと頷いた。


「……うん、彼が佐藤先輩だよ。例のことを教えてくれた先輩から写真を送ってもらったから分かる」

「そうなのか。じゃあ、一緒に行くか」

「うん」


 俺の寄り掛かっていた木にバッグを置き、俺は月原と一緒に金髪男子生徒のところへと向かう。


「あなたが佐藤達紀先輩ですか?」


 月原がそう問いかけると、金髪男子生徒は彼女に爽やかな笑みを浮かべる。


「うん、そうだよ、月原さん。ここに来てくれて嬉しい。……ところで、その後ろに立っている白髪の男子は誰? 俺の記憶が正しければ、狼とか呼ばれている1年生だと思うんだけれど」


 佐藤先輩は嘲笑しながら俺のことを見てくる。

 人によってここまで態度を変えるとは。こんな奴さっさと振ってしまえ、月原。そのためなら全力で協力しようじゃないか。


「月原にお願いされて、俺はクラスメイトとしてこの告白を見届けに来ました」

「……へえ。まあ、月原さんの頼みじゃなかったら、お前には帰ってもらうところだったよ。2人きりで話したいからここに呼び出したんだし」

「そうですか。まあ、俺のことは気にせずに告白してください。佐藤先輩が何もしなければ、俺だって何もしませんから」


 何もしなければね。

 それにしても、これから好きな人に告白しようとしているのに、その人が連れてきた人に対して偉そうな態度を取っていいと思っているのだろうか。俺が告白すれば必ず成功考えているのかな、コイツは。ただ、告白したらすぐにフラれるが。

 意識が月原に向いたのか、佐藤先輩は真剣な様子になる。こういう切り替えの早さもあってか、悪評はあっても多くの女子と関わりを持つことができたのかも。


「……月原さん、ラブレターにも書いたとおり、俺と恋人として付き合ってくれませんか?」


 佐藤先輩は月原のことを見つめながら告白をしてきた。

 先輩のこれまでのことを知っているからなのか、月原の脚は少し震えている。もし、1人きりだったら彼の思う壺だっただろうな。

 けほっ、と俺が咳払いをすると、月原はチラッと俺の方を見てきた。なので、彼女に小さく頷いた。

 すると、月原は一度、大きく呼吸をして、


「……ごめんなさい。あたし、佐藤先輩と恋人としてお付き合いはできません。お友達から始めることもないです」


 はっきりとそう言うことができた。よく言えたな、月原。

 ただ、話によると、ここで引き下がらないのが佐藤達紀という人間らしい。本当の勝負はここからだろう。

 佐藤先輩は寂しげな笑みを浮かべながらため息をつく。


「断られるかもしれないとは思っていたけれど、友達から始めるつもりはないと言われるとは思っていなかったよ。何だかショックだな……」

「べ、別に先輩を傷つけるつもりはなくて。素直に自分の気持ちを……」

「それなら、お友達からでも始めてもいいんじゃない? 何なら、お試しってことで少しの間、俺と恋人として付き合ってみるのはどうだろう? その上で考えてくれればいいから」


 来たぞ来たぞお試し攻撃。これが佐藤先輩のしつこさってヤツか。

 そろそろ俺の出番だろうか。


「そ、それでもあたしは、佐藤先輩と付き合うつもりはありません!」


 月原は大きな声で佐藤先輩に自分の想いをぶつけにいく。俺が側にいるからなのかどうかは分からないけれど、自分でちゃんと言えるのは凄いぞ。心の中で拍手を贈る。

 しかし、月原が告白や折衷案を受け入れないからか、佐藤先輩の目つきが段々と鋭いものになっていく。


「……どうして、そこまで俺の言葉を拒むんだ? 彼氏でもいるの?」


 低くドスの利いた声で、佐藤先輩は月原に詰め寄ってくる。

 月原の脚の震えがさっきよりも強くなっている。こうなったら、俺が助けるしか――。


「いますよ! ここに!」

『……えっ?』


 月原の予想外の言葉と俺に指さしたことで、思わず変な声が出てしまった。その声が佐藤先輩の声を重なってしまう。それが悔しかった。


「おい、月原……」

「へえ、そいつが恋人だったとは。本当かなぁ? 本当に恋人なら、その証拠に俺の目の前でキスできるよな? もちろん、唇と唇で!」


 佐藤先輩は意地汚い笑みを浮かべながら、叫ぶような大きな声でそんなことを要求してきた。

 くそっ、どうする! 恋人ではないと伝えたら、その隙を突いて自分のペースに乗せてくるかもしれない。


「ええ、できますとも!」


 月原は佐藤先輩と負けず劣らずの大きな声でそう言うと、俺のネクタイをグッと引っ張り、頬を赤くしながら俺に唇を重ねてきたのであった。

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