第45話 会議
「これ以上サングリル公国と戦ってなにになる!? 国力は著しく疲弊した」「魔将ニーヴェルト様を討たれたおいて仇も討たず。それで国民が納得しますか?」「納得の問題ではない! 他の国も今は抑えているが、今後どうなるかはわからない」「しかしーー」
デルシャ王国の主城アウヌンサクス城の戦略室では激論が繰り広げられていたが、筆頭大臣ダナンは一人落ち着いていた。
議題はサングリル公国と停戦するか否か。すでに、撤退をし始めている状況で大勢は決まっている。しかし、それだけでは納得できない輩もいる。ダナン以外の者たちにとって、それはいわゆる、ストレス発散の場だ。
「確か……サングリル公国侵攻を主張したのは魔将ニーヴェルトでしたな?」
一言。筆頭大臣であるダナンは、公然と口にした。
「「「「……」」」」
「どうしたんですか。私の記憶が正しければですが、なにか異論でも?」
その問いに答える者はいない。この会議上の誰もが、知っている。主張したのは他ならぬダナンで、反対したのはニーヴェルトであると。それを、堂々と言い放つ大臣に、誰もが固唾をのむ。
「確か……そ、そうでしたな」「魔将ニーヴェルト様は勇敢な方だったから」「しかし、皮肉なものですな」「本当に……」「……」
一斉に翻された意見に、ダナンは密かにほくそ笑む。その豪胆さと繊細さを併せ持ったその手腕こそが、彼が筆頭大臣にまで登り詰めた理由だった。そして、すでに『交戦を主張したのは、魔将ニーヴェルトである』と、議事録もすでに改竄済みだ。死人に口なし、ここで言質さえ取れば自分の足跡は完全に消え去る。
あとは、残ったニーヴェルト派との落とし所を探るだけだ。いや、彼らもまた、後ろ盾をなくして路頭に迷っている状態だ。あとは、ここで恩を売らせておいて、こちらの勢力に取り込めばいい。
「非常に惜しい方を亡くしました。我が国にとっては痛手でした。魔将として、我が国に多大な貢献を頂いた方だ。しかし、彼の意思に固執して大局を見誤ることは、彼にとっても本意ではないでしょう」
「「「「……」」」」
「ここは苦渋の決断をするのも一つの手かもしれませんな」
「……そうですな」「撤退するのも一つの勇気かもしれませんな」「相手はニーヴェルト様を討つほどの敵だ」「今なら、致命的な損害は避けられるですしね」
口々に他の大臣たちの意見がまとまり始める。武官の原理が魔法だとするならば、文官の原理は多数決だとダナンは理解する。そして、すでに彼はもっとも多数決の票が取れる位置にいる。
武官でありながら、そのカリスマで文官にも勢力を拡大してきたニーヴェルトは、彼にとってもっとも面白くない人物だった。しかし、ニーヴェルトが死んだ今、彼に意見できる文官はいない。
もちろん、国民からの非難は浴びるであろう。しかし、そこで矢面に立ってこそ、すべてが丸くおさまる。
「……意見はおおかたまとまったようだ。それではーー」
バタン。
その時、戦略室に一人の魔法使いが入ってきた。魔将の一人である闇のゼルダゴである。
「なにしに来たのかな?」
ダナンが心の底から尋ねる。お前の出番はこの場にはない。ニーヴェルトと違い、文官のツテもない、ただ魔法だけしか能がない者に居場所などない。
「次は私が行く」
「……残念ながら、今ちょうど停戦でまとまっていたところだ」
「魔将の私がいるのに、なぜ戦わない?」
「当然だろう。同じ魔将であるニーヴェルトが討たれたのだ。これ以上の失態は、我が国にとって致命的な損害になりかねない」
「……クク。おおかた、貴様が得意な政治だろう?」
「総合的な判断だよ」
嫌味な男だと、ダナンは舌打ちをする。
「貴様みたいな者は、結局はより大きな力に呑まれるだけだってことだ」
「……口を慎めゼルダゴ。あまり調子に乗っていると」
「ゼノスか?」
「……」
「ククク……やつはお前を助けんよ。他でもない、この私に怖気づいて動かない」
「バカな」
ダナンは鼻で笑った。死の王すら叶わない魔法使いが、他ならぬ自分であると。そんな発言をするだけで、すでに死が襲ってくるというのに。
「まぁ、私は魔法使いだからな。証明するのは、魔法だけでいい。心配しなくても、お前たちの手を煩わせはしないさ。私の軍だけでいい」
「……いいだろう」
『死ね』と、ダナンは思う。一軍でなどと、どんな思い上がりか。戦は魔法使い一人の戦力では決まらない。ニーヴェルトですら5軍を率いて負けたのに、同等の実力を持ったお前が一軍のみでと。ヘーゼンが不在であっても、それは変わらない。
しかし、ここでもう一人の魔将が死ねば、むしろ撤退の意志は固められる。
「どうも、大臣殿」
意気揚々とそう言い放って、不敵にもゼルダゴは去って行った。
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