第40話 ブチ切れ
「貴様!どう言うつもりだ!?」
近寄ってきて胸ぐらを掴むバリダの腕を捻って、ヘーゼンはいきなりその頭を壁に叩きつける。
ガンガンガンガン!
「ぎゃああああああああっ!」
「美味しいもの? 知らねぇのかお前は……今は戦争でものが買えなくて配給制なんだよ!」
「おい! ヘーゼン、やめろ……」
<<闇よ いかなる光も通さぬ 汚濁を為せ>>ーー
デリクールが止めようとした瞬間、闇の魔法陣が発生した。
大臣一同は声すら出ずにその様子を見守っている。バリダに傷などつければ確実に死刑だ。問答無用で不敬を働く黒髪の魔法使いに信じられないような思いを描く。
「貴様……死刑だ! 死刑! 死刑! 死刑!」
滴り落ちた血を眺めながらバリダは、狂ったように喚き散らす。
「……死刑」
「ああ、そうだ! フフフハハハハハ……今更後悔しても遅い! 王族特権で貴様を必ず死刑にしてやる」
「なら、その前に殺すか」
「……は?」
満面の笑みを浮かべるドS魔法使い。
「死刑は嫌だから。でも必ず死刑にするんだろう? だから、殺す」
「ば、バカを言うな! そんなこと許される訳ないだろう!?」
「どちらにしろ死刑なんだろう? 誰がなにを許すんだ?」
「ひ、人殺し……」
「それはそうだろう。もう戦地で何千人と殺したかわからん。動けぬお前を殺すからと言ってその事実が変わることはない」
その瞳には、一切の躊躇もない。
「ひっ……」
バキッ。
鈍い音があたりに木霊する。
「ぎゃあああああああああああっ、ひぃひぃだああああああい!」
「まさか、楽に死ねるなんて思ってないよな? お前のような不快なゴミは、なるべく折りたたんで処分するのがいい。一本ずつ……一本ずつ骨を折っていく」
「おい! 魔法陣を解け」「貴様、不敬罪だぞ」「確実に死刑になるぞ」「いや、お前の一族もろとも皆殺しだぞ」「とにかく、バリダ様を離せ、悪いことは言わないから」「死刑だとしても、その振る舞いはあんまりだろう」
口々に囀る大臣たちにも、ヘーゼンは無視。
「や、やめてくれ……」
「お前は今までああやって振舞って生きてきたんだろう? リーダ公の弟だと特権を振りかざして、自身の能力でもないのにああやって他人の尊厳を踏みにじってきたのだろう?」
「ひっ……ひいいいいいい……許す。お前の罪は許すから!」
「そうか……それはありがとう」
バキッ。
「ひぃだあああああああああああああっ!」
「なにを勘違いしている? お前が僕を許したとしても、僕はお前を許さない」
「わ、私がなにをしたって言うんだ!? 殺されるようなことをしたか? そこまでのことはしていないだろう?」
「ああ……なにもしていない。しかし、お前に不敬だと吐いて死刑だと騒いだだろう? これが、初めてじゃないよな?」
「ひっ……」
全てを見通すような瞳で。
いっさいの反論を許さないほどの眼光で絶対権力者を射抜く。
「そんな暴虐な振る舞いで、何人殺した? これから、お前が生きていくことで何人殺すつもりだ?」
「イ、イカれてる……貴様は……完全に狂っている」
「お前がその権力を横暴に振りかざすように……僕もこの魔法という力で横暴にお前を殺す……ただ、それだけのことだ……死ね」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいっ……」
その手をふりかざそうとしたとき、
「おい、ヘーゼンやり過ぎだ! やめろ」
デリクールが声をかける。
「ふ、ふはははははははははは! 貴様……もう、死んだぞ! ほれ、見たことか! 貴様みたいな下賤な身分では知らないだろうが、私の命令は貴様の上司ですら逆らえないのだ。あまりにも思慮が浅はかだったな」
「バリダ様……申し訳ありません」
デリクールはバリダに頭を深々と下げる。
「ははは……よいよい。早くその男を殺せ」
「いえ……それはできません」
「……は?」
「奴を……ヘーゼンを殺せばこの国は滅びます。この国が滅べば、ひいてはリーダ公の命が危ぶまれます。そんな危険には晒せません」
「な、なにを言っている!? 私は『殺せ』と命じたのだぞ? いいから早くこの男を殺せ……殺せええええええええっ!」
「申し訳ありません。何卒……その広いお心で何卒ご勘弁ください」
デリクールは土下座して詫びる。
バキン。
その時、4本目の指の折れる音が響く。
「ぎゃあああああああああっ。と、とにかく早く奴を止めろ!」
「ヘーゼン! もうやめろ」
「嫌です」
「バリダ様……申し訳ありません。駄目でした」
「……は?」
「ヘーゼンは私よりも遥かに強い実力を持っています。と言うより彼を強制的に止める力を軍は保有しておりません……本当に口惜しいですが、耐えてください」
歯を食いしばりながら両拳をギュッと握る総隊長。
「な、なにを言っている!? では、このまま殺されろとでも言うのか?」
「ヘーゼン……どうか、殺すのは勘弁してもらえないだろうか?」
「嫌です」
「そこをなんとか!」
「……嫌です」
「バリダ様……申し訳ありません」
「なにを言っているなにを言っているなにを行っている!?」
取り乱すバリダに、ひたすら、頭を下げ続けるデリクール。
「堪えがたいほどの屈辱と苦痛でしょうが、どうか国家安寧のため、陛下のため、どうかお耐えください」
「そ、そんな馬鹿なことがあるか!? そんな馬鹿なことが存在するのか!?」
「バリダ様……この会議場の席も同様戦場です。戦場には権力は通用しません。恐れながら、その道理もわからず無闇にそれを振りかざしてしまったあなたも些か思慮に欠ける部分があったのかもしれません。そういうことで、どうかご納得頂けないでしょうか?」
「納得などできるか!」
バキャッ。
「ぐぎゃあああああああああああああああああ」
三本連続で指を折った。
その時、バリダの意識が飛んで泡を吹いて倒れた。
ふぅとこともなげに息を吐いて、ヘーゼンはその場を退出した。
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