第39話 金貨


 会議室には、見たこともない大臣たちがズラッと席に着いていた。このサングリル公国では文官の地位がかなり強い。デルシャ王国から侵攻されていた頃は、一時的に武官の勢力が強くなったが、皮肉にも先の魔将ニーヴェルトの勝利から文官の勢力が盛り返してきた。


 デリクールが座った横に、ヘーゼンも隣に座る。一斉に刺すように大臣たちからの視線が刺さる。


「さて、デリクール総隊長はなぜ停戦にこだわるんですか?」


 大臣の一人が、敵意を持ってデリクールに尋ねる。


「決まってますよ。このままでは負けるからです」


「戦う前から負けを決めつけるなど、魔将ニーヴェルトを撃破した功労者とは思えませんな」


「あの戦は奇跡に近い。同じことは二度とできません」


「それは謙遜ですよ。冷静に戦況を把握しければいけないのに、そう言ったことは感心しませんな」


「私は冷静に分析してますよ。熱に振り回されているのはあなたたちでしょう?」


 ピリッと空気が騒つく。


「あくまで噂ですが、あなたがデルシャ王国の関係者と親交があると伺いましたが?」


「ほぉ……知りませんでしたな」


「では、その噂は事実無根だと?」


「会議の場で噂レベルの話を壇上に上げていいとは知りませんでした。そう言えば、ある大臣もデルシャ王国の関係者と親交があると伺いましたよ。あくまで、噂程度でしたので言うかどうか迷いましたがね」


「……っ、ふざけるな!」「私たちを愚弄するのか!?」「自分が勝つ自信がないからとそれを棚に上げて! 恥ずかしいと思わないのか!?」「それでも栄光あるサングリル公国の総隊長か!」「証拠だ! 証拠を出せ!」


 口々と怒号を浴びるデリクールであったが、


「あくまで噂ですよ」


 と一刀両断に斬り捨てる。


 役者が違う。そもそも歴戦の戦士が、文官風情に囲まれた囲まれたからといって、なんの圧も感じない。その場全員が口をつぐみ、場の雰囲気は更に殺伐とする。しかし、こんな論戦を一人で1ヶ月続けていたなんて、ヘーゼンとしては、頭が下がる想いだ。


 そんな中、会議室の扉が開き、デリクールの表情が曇る。


 視線の先には一人の男がいた。いかにも、真紅のガウンを羽織った大層な髭を生やしており、身分が高いことは伺える。


 間髪入れずに全員が立ち上がり、お辞儀をする。ヘーゼンも瞬時にそれに習う。


「よい。頭を上げよ」


 そう言いながら、中心の席に座る男。


「……バリダ様だ。リーダ公の弟君だ」


 デリクールがヘーゼンだけに聞こえるようにつぶやく。


「なんでこんなところに?」


「あの方は政治に興味を持っておられる」


 デリクールの内心をヘーゼンは理解した。このサングリル公国は絶対的な君主制である。しかし、君主であるリーダ公は、政治には興味がない。実際にデルシャ王国との戦争が起きているかどうかも知らない可能性すらある。そこで、実質的な権限を握っているのがこのバリダである。


 この中の誰よりも大きな権限を持つ彼がここに来たということは、デリクールにとっては非常にまずい状況だ。おおかた、停戦を唱える彼を封じ込めようと、大臣たちが画策したのであろうことは容易に想像できた。


 文官にはこれがある、とデリクールはよくヘーゼンに愚痴った。いくら、その場での議論を押し通しても、それを最終決定する過程で中身が変更させられている。今回は、そこまでの時間もないということで、バリダが呼び出されたのであろう。ということはおおかた意見はまとまっていると考えてよい。


「デリクール」


「はっ」


「先の戦い、見事だったぞ」


「……もったいなきお言葉」


「そして、そこのヘーゼンと言ったか……」


「はっ」


「貴殿があの魔将ニーヴェルトを討ったそうではないか」


「……はい」


「素晴らしい魔法使いだ。その調子で残りの魔将も討てるな?」


「一人で戦っている訳ではありませんので」


ヘーゼンがそう答えると、バリダは近寄って肩に手を乗せる。


「謙虚な姿勢は素晴らしいことだな。しかし、勘違いをするな。これは、聞いているのではない」


「……」


「いいか? 私の命令は絶対だ。それがサングリル公国における至上の原則だ。デリクールもわかっているな?」


「……はっ」


 ギシシッと歯ぎしりが聞こえる。ここで、拒絶などすればそれこそ総隊長を解任される。そうすれば、次にその地位に居座るのは他の大臣の息がかかった無能になる。それだけは、断固避けなくてはいけないという判断を瞬時にデリクールは下した。


「いい返事だ」


 バリダは笑顔で頷いて、ヘーゼンの掌に数枚の金貨を手渡す。


「褒賞だ。これで、美味いものでも食うといい」


「……ありがとうございます」


 ヘーゼンは静かに手を握った。


「ご英断でございます」「さすがはバリダ様」「お手を煩わせて申し訳ありません」「なんせデリクールが強情なもので」「自身が臆病風に吹かれてるので」「あなた様の檄がいただければデルシャ王国など敵ではありません」


 振り向くバリダに群がる大臣たちが口々におべっかを使う。


「まったく、このような即断できる決断に私の手を煩わせるなんてーー」


 バーン!


「……」


「……」


「「「「……」」」」


















 ヘーゼンが金貨を地面に思いきり投げつけた。

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