第7話 KING'S ARMS
海のみえる公園にいた。浜辺のベンチに座り、自販機の缶ビールを飲みながら海を見ていた。心地よい潮風に吹かれいつの間にか眠ってしまったようだ。
散歩中の犬に顔をペロペロ舐められている。「ダメよ! 寝てるの邪魔しちゃあ!」その女の子の声で、薄目を開けると、邪魔してごめんなさいと言い、白い大きな犬のリードをとって向こうに去っていった。
誰かに肩をポンポンと叩かれた。それで目をあけると、髭面のマスターがこちらを覗きながら、大丈夫ですか?と云った。夢をみていたのかあ・・、カウンターに突っ伏して腕枕で寝ていたようだ。両腕が痺れている。マスターが、今日はもうお客さん以外誰も居ないしそろそろ閉めたいんですけどと云った。腕時計をみると1時を回っていた。この店は通常午後8時にオープンし、翌日の5時半にクローズドとなる。元々、この店は、港に寄港する外国船の船員をターゲットに営業していた。未だ、閉めるには早いんじゃないの?と聞いた。先程から雨が降り出して、もう今夜は誰もきませんよ、それにお客さんも充分飲んでるし、もう帰った方がいいんじゃないですか?とマスターが云った。実は、今日いや昨日誕生日だったんだよ、それで久しぶりにここに来て一人さびしく飲んでるのに・・、もっとやさしくしてくれよ!と云った。
それに、ここには、XX年前から通ってるんだ、あんたの前のマスター、前の前のマスターもよく知ってるんだ。こんな早くに店閉めたら、オーナーに怒られるんじゃないの? ちょっと酔ってて無謀なことをいってしまったが、まだ居たかった。
もう一杯くれよとマスターをみて云った。しょうがないなあという顔で、ギムレットでいいですか?と云った。いや、Ancient Ageのオンザロック、ダブルで、と注文した。
マスターがアイスピックで割った氷を入れたロックグラスをカウンターにおき、そのバーボンを注ぎかけた時、カウベルがカランカランと鳴った。振り向くと、先程出て行った女が、ビニール傘をたたみながら、入ってきた。マスターが「あれ・・どうしたのキョウコちゃん?」、「あー、まだ開いててよかった。終電に乗り遅れてん、代りにタクシー待っててんけど、雨でぜんぜん来へんし、戻ってきてよかったわ。」と女は一つ空けて隣の席に坐った。マスターが「じゃあ、朝まで頑張るか。何飲む? キョウコちゃん」とこちらを見た。ウインクで返した。
「さっき入れたAA、ソーダ割で・・」とキョウコが言った。マスターは、キープボトル、氷入りのタンブラーグラス、ペリエを彼女の前に置き、AAソーダ割りをつくった。
キョウコ「マスター、薄めでお願い!」こちらを見て、「オジサンも如何?」
マスター「このお客さん、今日いや、昨日が誕生日やて、それに昔はここによう
来てくれはったらしい。」
キョウコ「いやー誕生日なん? そやったらこれ飲んで・・」といって、そのソー
ダ割りを私の前に置いた。それから、マスターに同じものを2つつくら
せた。
「オジサン、誕生日おめでとう! カンパーイ!!」
3人で乾杯した。マスターは酒に弱いらしく、ソーダ割り一杯で顔が真っ赤になり、缶入りのピスタチオを我々にサービスして、テーブル席に移動し寝てしまった。何かあったら起こしてくださいと云って、、、。
「マスター、ダラシナイね。そやったら、朝まで二人で飲もう!」キョウコが云った。「今日は本当にありがとう!初めてあったのにこんなに良くしてくれて。」二杯目は、私がつくってキョウコに渡した。「ありがとう! オジサンはスコッチの方が
いいんでしょ?」キョウコが言った。「いや、AAのオンザロックにするよ。」と云って、先程マスターが用意してくれたロックグラスの溶けた氷を捨て、新に、氷を入れキョウコのボトルを注いだ。ボトルのネックには、マジックで”3/10 Kyoko M.”と書かれた円形のタグが下がっていた。「ところで、キョウコって漢字でどう書くの?」と聞くと、それには答えず、私の方に向き直り、胸元のペンダントをジッと見つめながら、「それすてきなペンダントだね」と言った。「昔ある人から貰ったんだ。」と云うと、「これあたしからの誕生日プレゼント」と言って、私の鼻の頭にキスした。
その時、突然ドーンという爆音と共に体が下方から突き上げられた。次に、大きな横揺れが起こりピアノのところまで飛ばされた。カウンター後部の戸棚からバーボンボトルやグラス類がガラス戸を突き破り、破裂し飛び散るのが見えた。ゴォーっという爆音が響いた。すべての明かりが消え暗黒の世界が広がった。今自分がどこにいるのか分からなかった。揺れは長い時間続いた。
しばらくして気がつくと静寂に包まれていた。窓の外が白んできた。足の折れたピアノの下敷きになって上向きに倒れていた。傍に、キョウコがうつ伏せに倒れていた。彼女の左手は私の胸の上にあり、ペンダントを握り締めていた。体を動かして立ち上がろうとしたが、まったく動かなかった。下半身が何かに挟まれていた。次第に激しい痛みが全身に襲ってきた。意識が薄れてきた。静かに瞳を閉じた。
”ずっと一緒にいるよ”ささやきが聞こえた。「琴」の香りがした。
幼さはもう碧い風に舞い
戯れと思う心過ぎ去り
今はもう君の笑顔愛おしく感じ
知らず知らずひとり思う
君はJUST FRIEND ただの女
君はJUST FRIEND 愛を知らない
夜の街餌を探す梟のように
酒に酔い恋に流され宿につく
寂しさだけが心の中過ぎていき
今はただやさしさが欲しい
君はJUST FRIEND ただの女
君はJUST FRIEND 愛を知らない
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