第4話 みずようかん

 高校へは路面電車と歩きで通っていた。高校2年生の春、一学期の初日というのに雨がしとしと降っていた。いつもの電停で降り、折りたたみ傘をさし学校への緩やかな坂道を急ぎ足で歩いていた。既に、始業時間は過ぎていた。昨夜、父親とつまらぬ事で言い合いとなり深夜過ぎまで眠れなかったせいで寝坊してしまった。

 

 その途中、いつも部活の後に行く「焼きうどん屋ふたたま」の軒下から声が掛かった。見ると同じ高校の制服を着た女の子だ。おはよう! ねえ、学校まで入れていってくれへん? 関西弁だ。聞くと、京都からの転校生で、道に迷っているうちに雨が降り出した、傘を持ってないので雨宿りしていたとのこと。心臓がバクバクしていた。相合傘なんて、母親とぐらいしかしたことが無く、万一誰かに見られたらと思うと・・ 廻りを見るとさすがに通学中の生徒はいない。校門近くまで一緒して、その後、校舎までひとり走れば、誰にもバレないと考えOKした。


 傘の中、ずっとドキドキしていた。何を話してよいか考えていると、いい香りがした。いい匂いがするねと云うと、某化粧品会社のオーデコロン「琴」を初日なんでつけてきたといった。名前なんていうのと聞こうとしたとき、後ろから、おい!お前たち何をしてるんだ!と呼び止められた。新担任で体育教師の小山田だ。 最悪!


 その日の昼休み、職員室に呼び出された。昼食のパンを食べて、職員室に行くと小山田と教頭先生それと母親が待っていた。いくら説明しても遅刻していたことも含め、不順異性交遊だと決め付けられ、母親はひたすら頭を下げた。教室に戻ると、黒板に白いチョークで相合傘マークが書いてあり、右にピンクのチョークで京女、左に、青で停学男と書いてあった。

次の日から、3日間停学処分となった。



 停学明けに学校にいくと、クラスの連中は皆よそよそしかった。誰も声をかけてこなかった。今でいう”いじめ”なのかどうか、しかし、こちらも気にしなかった。 唯一、担任の小山田が、彼女の母親が昨日学校に来て事実を説明して、教頭も理解したと云った。お前彼女に感謝しろと訳のわからないことを云われた。帰り、電停まで行くとあの京女と母親らしき女性に呼び止められた。家に来て欲しいと云われ、タクシーに乗せられた。彼女の家は、金比羅池のほとりの一軒家で、父親が勤める銀行の社宅ということだった。

 家に入るとすぐ、うちの母親に電話をし、事実を説明し、迷惑をかけてと謝ってくれた。もっと早くやってれば停学にならずに済んだのに申し訳ないとも云ってくれた。

 実は停学になるのは、これが2回目で慣れていた。1回目は、禁止されてるビリアード場で遊んだときに中学時代の友達共々ママさんポリスに捕まったのだ。


 二人に何度も謝られ、少し恐縮した。それから、彼女の母親は、あの先生方は堅物ばっかりで本当に融通が利かない。これからは、家に来て遊びなさい、安全だからと云った。彼女が関係をどのように説明したのか気になった。初めて会ったばかりだったのに・・。


 お腹すいたでしょと云って、母親が、緑茶とお菓子を出してくれた。

これ何?と彼女に聞くと、「みずようかん」よ、はじめて?と聞かれた。

食べると、冷たくて、軟らかくて、ほんのり甘くて、旨かった。気持ちが安らいだ。いままでに食べたことの無い味だった。この京女のことが好きになった。名前もまだ知らないのに・・。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る