第2話 散歩しようよ
自然科学史の講義に出席するため大学通を急ぎ足で歩いていた。本来、大型台風の影響で休講の予定だったが、昨夜中に通り過ぎたため急遽開講となった。昼近くには、台風一過の晴天となったが、未だ風は強かった。教室は白い木造モルタル造りの5号館の二階202号室だ。始業時間の10分過ぎに到着したが、未だ、教授も着いてなく、学生も疎らだった。通常、講義開始と同時に出席票が配布されるので遅刻すると致命的だ。ホッと胸を撫で下ろした。席は窓側の後ろから2番目の横長机に座った。窓の外では、楡の木が風に煽られていた。
台風のせいで、室内は湿度が高くムシムシしていた。外気を入れようと木枠の窓を半分ほど開けたとき突風が吹き、折れた枝が窓枠に当たった。気づくと前に座った栗毛色の髪の女学生がふりむいて、未だ、風が強いので少しだけ開けといた方がいいよと云った。その女学生が振り向いたときセミロングの髪が揺れ、いい香りが鼻をついた。以前どこかで嗅いだ香りだ。
自然科学史の講義は毎週1回木曜日の午後1時から予定されていた。2年生の時出席日数不足で単位を落としているので今年は是非とも取らなければならない。彼女はいつも講義の15分前に同じところに席をとり、必ずその後ろに陣取ったが、それ以来話しかけるきっかけはつかめなかった。
ある日学食で昼食をとっていると、隣いいですか?と女性の声、顔も見ずに、どうぞと云うとA定食の匂いに混じって、いい香りがした。昼食の後、表のベンチに誘った。彼女は、文学部英米文学科2年生の石田加代子と名乗った。胸が、ドキドキした。栗毛色の髪、グレーのブラウス、黄色のミニスカートから細い足、すごく痩せている。やはり前に会っている。面影がある。落ち着こうとしてタバコに火をつけ思い切り吸った。はいた煙が彼女の顔をかすめ青空に溶けた。
君のことで僕は こんなに心乱してるのに
君は平気な顔してるんだね
窓の外では 木立がカサカサ
僕を見て笑ってるみたい
この部屋抜けて散歩しようよ
そして僕は空の下で 夢でも食べよう
君はすごく痩せっぽちだね 僕と同じで
強く抱きしめると壊れそうだ
僕たち二人 ロングのコートが似合うよ
枯れ葉の街を歩いてみたい
この部屋抜けて散歩しようよ
そして僕は空の下で 夢でも食べよう
池袋西口にアマリエン・ボーンというカフェがある。
アップルパイとミルクティが学生の間で人気だ。或る木曜日講義の後に彼女を誘った。先に行ってて、後で行くからと云われずっと待ったが、来ることは無かった。
その日以来彼女に会うことは無かった。講義でも、キャンパスでも。確認したいことが、あったのに・・・。
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