連山




 ミラは一瞬、イシュルの突然の感謝の言葉に双眸を大きく見開き、驚いた顔になった。

 だがすぐにイシュルの言葉の意味がわかったのか、うれしそうに笑った。

 笑顔になったミラの頭上、夜空にうっすらと浮かぶ山影に、白く輝く精霊の姿がある。誰か、異変に気づいた宮廷魔導師が呼び寄せた精霊だろう。

 イシュルが立ち上がろうとすると、ミラが手をさしのべた。

「イシュルさま……」

 イシュルのまわりに人びとが集まって来ている。シャルカはミラから少し離れた後ろの方にいて、まさか魔力の残り香でも嗅ぎとろうとしているのか、しきりに首を左右に振り辺りを見回している。クートやネリーが松明をかかげ、しゃがんだり、背伸びしたりして辺りを調べている。

 彼らのかかげる松明の明かりが、ミラの潤んだ眸に揺らめいている。

「ありがとう」

 イシュルはさしのべられたミラの手をそっと握って言った。

 ミラの、松明の炎に揺らめく眸に妖しい影がかかる。彼女の唇が微かに開かれる。

 ミラ……。

 イシュルの顔がゆっくりと、ミラの眸に吸い込まれるように引き寄せられていく。

 だがそこで、ミラの斜め後ろに少し離れて、頬を膨らませ唇を尖らしイシュルをじっと見つめる、エミリアの姿が視界に入ってきた。

 うっ……。

 イシュルはミラの甘く薫る呪縛から逃れた。

「……」

 ミラがほんの少しだけ表情を曇らす。

 イシュルはそんなミラに首を横に傾け、仕方がないね、というような諦めの表情をしてみせた。

 残念だが、いつまでもミラとふたりだけの世界に浸っているわけにはいかない。

「……こいつを入れて全部で七、八名、ってところか」

 ネリーが、イシュルに肺を潰され殺された黒尖晶の男の死体を、松明で照らしながら声をかけてきた。

 他の黒尖晶の者たちは血煙となって夜空に消えた。死体として残っているのは鏡の魔法具を使ってきた男だけだ。

 イシュルは表情を引き締めネリーの方へ振り向き、無言で頷いた。

 彼女やクートはその道のプロらしく、周囲の地面につけられた足跡を調べ、辺りを漂う血の匂いを嗅ぎ、イシュルと黒尖晶の争闘の様子を探ろうとしていた。

「こいつはどうやって殺した? 外傷がないな。仮面の下から血が出ている。まさか魔法で臓物をやったのか」

「詳しくは教えられないな」

 イシュルはネリーに答えながらミラから離れ、早足で黒尖晶の死体の方へ歩いていく。死体を照らすネリーの横で、クートが地面に落ちた鏡を拾い上げようとしている。

「爺さん、待て」

 イシュルはクートを静止すると、鏡の側まで歩み寄り、その上を向いた鏡面に視線を落とした。

 鏡に三日月が映り込んでいた。

 まさかな。

 このことも月神の計りごとだと? そんなことあるものか。

 イシュルは鏡に足を降ろし踏み抜いた。

 乾いた小さな音を発して、希少な精霊神の魔法具はただの割れた鏡になった。

「ああっ、もったいない」

 クートはそれではと、仰向けに倒れた黒尖晶の死体から仮面を取り外そうとする。

「それもだめだ、爺さん」

 イシュルは厳しい声で言った。

「黒尖晶の死体から離れろ。ネリーもだ。この死体は今から消し去る」

 山頂の方から幾つもの松明をかかげ、デシオらが降りてくる。彼の後ろにはバスアルら騎士団の男たちの姿もある。

 クートとネリーが男の死体から離れると、イシュルは風の魔力を地面に押しつけるように展開して、その死体を粉砕した。そして山裾の下の谷川の方へ向けて風を吹かし、黒尖晶の男の血肉も、衣服もつけていた仮面も、すべてを暗闇に消し去った。

「むう……」

 クートが小さな唸り声をあげる。

「凄い……」

 ネリーが呆然としている。

 自らの腕と剣を風の魔力で固められたことはあったが、彼女は今まで間近でイシュルが風の魔法を使ったのを見たことがない。日中に退治した牙猪の群れは遠方だった。

 イシュルはミラに、エミリアに、クートらに顔を向け見渡すと言った。

「悪魔の群れが忍び寄ってきたので俺が退治した、騎士団長にはそう説明してくれ。儀典長には、ミラ。後で内々に説明を」

「わかりましたわ」

 ミラは頷くと踵を返し、デシオの方へ歩いていく。ネリーがはっと我に返って彼女の後をついて行った。

 イシュルはエミリアを一瞥し、クートに鋭い視線を向けた。

「爺さんもこの稼業は長いんだろ? ならわかる筈だ。精霊神の魔法具なんか使うと、いずれ身を滅ぼすことになるぞ」

 イシュルは、踏みつぶした精霊神の鏡の魔法具に、視線を落とした。

「この鏡は魔封の結界を張ってひとの心の記憶を抉りだし、幻覚を見せる魔法具だった。幻覚に打ち克つことができれば、魔法は消え去り結界は解かれる。ひとの心を弄び、騙すだけの魔法具だ」

 幻覚に打ち克つ、というのはいささか大仰な表現かもしれない。鏡の中の幻影に真実の、正しく強い心が映し出され、対象者がそれを感じ取ることができれば鏡の魔力は消え去る。

 鏡の魔法具で精神攻撃魔法の発動と同時に魔封の結界を張り、対象者による何らかの対抗魔法や精霊の支援を封じ込める。そしてその対象者に幻覚を見せ、その間に接近し物理攻撃するのが彼らの戦法であったろう。だが、もし攻撃対象者が強靭な精神力を持っている、あるいは清廉潔白な人物であれば、鏡の魔法具はけっして有効には働かないだろう。鏡の魔法具が効かなければ、攻撃する側とされる側が、魔法や武術体術でやりあうだけの通常の戦闘になるだけだ。

 人間誰しも悪意や苦しみ、悲しみ、あるいは大小のトラウマを抱えていたりする。鏡の魔法具はそこに、人間の弱さにつけこむ。だから確かに恐ろしい魔法具なのかもしれない。少なくとも自分にとっては恐ろしい、必殺の魔法具に思えた。だが魔法具を武器として使う用兵側からすれば、攻撃対象によって著しく効果の異なる、不安定な武器を主力とすることはできない筈だ。

「おそらく今まで、この魔法具とやつらの戦法は有効だったのだろう。多くの者が斃されてきたのだろう。だが、この精霊神の鏡の魔法具は、使う対象者がどんな人物かによって威力がまちまちで一定ではない。しかもそれは使ってみなければわからない。ある意味、武器としてこれほど当てにならない魔法具はない」

 イシュルは再びクートに視線を戻し話を続けた。

「そして、やつらがつけていた黒い仮面、あれが精霊神の隠れ身の魔法具だったんだろ?」

 イシュルの唇が皮肉な笑みに歪む。

 手に触れて確認するまでもなかった。すぐにわかった。魔力なのか、あまり気分のよいものではない、何かの濃厚な気配が感じられた。

「顔を隠すから隠れ身の魔法具ということか? だがあんな真っ黒の仮面ではな。魔法を発動しなければ、顔を隠すだけで昼間は目立ってとても使えない。まぁ、夜専用でかまわないんだろうが、使い勝手だけを考えれば、あんたらのしている刺青の方がはるかに優れている」

 クートは黙ってイシュルの話を聞いている。エミリアはイシュルから少し離れたところで立ちすくみ、あっけにとられた表情でイシュルを見つめている。

「精霊神の魔法具というやつはみなこんな感じなんだろ? 恐ろしい魔法具に見えてその実、何かかならず、ものによっては致命的な欠陥をかかえている」

 昔、ゴルンから聞いた話に出てきた反射の魔法具、あれにもとんでもない欠陥があった。

 イシュルは話しながら視線を山の上の方に泳がせた。

 奥の暗がりから男がひとり近づいてくる。クートの掲げる松明の明かりに、ぼんやりとした姿が浮かびあがる。神官の服装をしているようだ。デシオだろうか。

 山裾の上の方では、集まってきたバスアルら正騎士やセルダら宮廷魔導師に、ミラが説明している声が聞こえてくる。

「精霊神の魔法具はみな、使い続ければその者が大きなしっぺ返しをくらって自滅しかねない、矛盾を、背反する事象を内包した、いわば破滅の魔法具なんだよ」

 破滅の魔法具、とは大げさに過ぎるだろうか。

 あの鏡に映ったリフィアの幻と、聞こえてきたミラの声は真実そのものを表わしていた。精霊神の魔法具は矛盾に満ちているからこそ示唆に富み、人間に対し警鐘を鳴らし、何かを暗示する。

 そのことに気がつかなければ、その先にはおそらく破滅が待っている。

 イシュルは皮肉に歪んだ笑みを引っ込め、真面目な顔をつきになって言った。

「アプロシウスは人間を戒めているのさ。どんな魔法具も万能ではない。魔法の先にあるものを見ろ、それを忘れるなとな」

「……」

 クートの顔に一瞬、まるで別人のように峻厳な表情が現れた。

 ん?

 それはイシュルが目を凝らすと同時、松明の炎のゆらめきの中に掻き消された。

「ご明察かな、イシュル殿」

 そして横から男の声がした。

 デシオがただひとり、イシュルの側まで来ていた。

 デシオはそう言うとイシュルに深く頭を下げてきた。




 向かいのクートは首を前に揺らし、こくり、こくりと船を漕いでいる。

 イシュルはほんの僅かに焚き火に風を吹き入れ、火勢を強めた。

 辺りはうっすらと明るくなってきている。今はイシュルとクートが見張り番だ。クートは相手がイシュルで安心しきっているのか、ずっとうつらうつら、寝たり起きたりを繰り返している。

 あの後、結局イシュルはデシオに、黒尖晶の襲撃を受けたことを簡単に説明した。デシオの顔にどんな表情が現れるか、彼がどんな反応を示すか見たかったからだ。

 イシュルの話を聞くと、デシオははじめ驚愕し、続いて表情を曇らした。型通りの反応だった。

「イシュル殿が正義派に付いたことが国王に知られたのかもしれませんな」

 デシオはこれも型通りのことを言ってきた。

 イシュルは抑揚のない、静かな口調でデシオに言った。

「遅いか早いか、ただそれだけのことですよ」

 俺が正義派に付いたことは隠さない、国王派への強烈な威嚇になるからだ、それはミラが言っていたことだ。それならやつが刺客を送ってきたことを問題視してもしょうがない。そんなことは覚悟の上だ。ビオナートが刺客を寄越し続けるのなら、俺はただそれを倒し続ければいいだけだ。

 そんなことはどうでもいい。だが見逃せないことがある。

「もうあなたが、ミラやセルダが、正義派の影働きの者たちが多数、クレンベルとカハールから聖石鉱山に向かっている。国王派が聖石鉱山で行われることを知らないとしても、正義派が何かを重要なことをやろうとしていることは誰にでも想像がつく。それが俺が加わったことで決定的になった、それだけでしょう」

 イシュルは視線を鋭く言った。

「彼らがこちらのやろうとしていることを知ろうが知るまいが関係ない。彼らが聖石鉱山でその時、できうる限りの妨害をしてくると考えて、こちらもしっかり対策すべきです」

 今はそれぞれ違うルートで聖石鉱山に向かっているふたつの紅玉石、それがひとつにまとまる時、その時国王派は、おそらく今日の黒尖晶の襲撃よりも、さらに大規模な妨害工作を仕掛けてくるだろう。彼らも聖石鉱山では正義派を厳重に監視するに違いない。こちらの企みを最後まで隠し通すことはできないだろう。

 イシュルの言にデシオは少し脅える表情になって、無言で何度も頷いた。

 この男が味方なら警告、助言になる。裏切り者なら威嚇、挑発になる。

 イシュルは周囲の松明の明かりから顔を逸らすと、うっすらと笑みを浮かべた。


「お早う……イシュル。そろそろ交替しよう」

「お早うございます。……あら、クート殿は寝ていますね。イシュルさん。お早う」

 ピューリとラベナがテントから出てきて小声で声をかけてきた。

 ラベナは朝方でもばっちり、テントの中でしっかり櫛を入れてきたのだろう、流れるような黒髪が美しい。

 一方ピューリは目がしょぼしょぼして、まだ眠たそうだ。

「おっ、おお、おはよう」

 クートは涎でも垂らしていたのか、口許に手をやりごしごしとさすりながら慌てた声を出した。

「お早う、爺さん」

 イシュルはピューリとラベナにかるく笑顔で「おはよう」と挨拶を返すと、クートには抗議の意味を込めて、低い声で無愛想に言った。

 それも「ふぁあ」とピューリが可愛く欠伸をすると、ラベナが低い声で笑い、イシュルもつられて笑い声をあげた。まだ寝ぼけまなこのクートにも笑みが浮かんだ。

 イシュルは立ち上がるとテントの中には入らず、焚き火の反対側の地面に置いてある鉄鍋を手に取った。

「あら、イシュルさん、わたしが洗うわ」と、ラベナが声をかけてきたが、イシュルはどうせ横になっても眠れないから、と断り、鍋をぶらさげ山裾の北側奥を流れる小川の方へ歩いて行った。

 黒尖晶の襲撃の後、イシュルは見張りを休ませてもらいテントで横になったが、心身に疲れはあるものの気持ちが意味もなく昂揚し、神経が逆立ってあまり眠ることができなかった。

 あんなことがあった後ではしょうがない。日中は辛くなるが我慢するしかない。

 イシュルは欠伸を噛み殺しながら、ゆっくり歩いた。

 野営地では早くも目を醒ましたのか、テントの内外でひとの動く気配が感じられる。小川の方にも雑役人夫の男たちが数名、小川の川縁に並んで顔を洗ったり、布切れや食器らしきものを洗っている。

 ふむ。

 イシュルは眠そうな目を見開き、一瞬立ち止まりそうになるのを必死に堪えた。

 イシュルは何気ない足取りで、背中を見せ、小川に向かってしゃがんだり中腰になったりしている男たちの間に入った。

 イシュルの左側、上流の方に、小太りというよりはがっしりした体躯の中年男が食器類を洗っている。右側にはやや上背のある男が布きれを洗っていた。

 イシュルは無言で川の流れに鍋を浸す。

 すると上から租末な木の器が流れてきた。

 イシュルは小川にかがみ込み、手を伸ばしてその木の器をとろうとした。

「ああ、すまねえ」

 左側の男が声をかけてきた。

 と、同時に反対側の右側の男がからだを起こし、両足を開き踏みしめる気配。

 イシュルは咄嗟にからだの下に風の魔力を呼び込むと、斜め上に全身をふっ飛ばした。

 以前、ナヤルが精霊を捕らえるときに使った、流麗な風の魔力の流れ、あれをイメージして風の魔力を自身のからだに巻きつける。

 周りで風が鳴った。風鳴りには自分以外の、何かが高速で動く音が混じっている。

 拙いぞ。

 イシュルはからだを捻りながら宙返りし、その頂点でさらに高く遠くへ逃れようとした。

 空中で宙返りし頭が下に、川縁の男たちの方を向いた時、早見の魔法が発動した。

 イシュルの目線の僅かな下を軌道に、握りこぶしよりひとまわり小さな鉄球が、ゆっくりと動いていく。鉄球からは鎖が伸びていた。

 分胴鎖!?

 ボーラか!

 ボーラとは二つ、もしくは三つの鉄球や石などを適度な長さの縄や鎖で結んだ投擲武器だ。振り回して打撃武器としても使われる。

 イシュルの右側の男が木の皿をわざと流し、イシュルがそれをとろうとからだを伸ばしたところで、左側の男がボーラを振り回し打ちつけてきたのだ。

 右側の男は腰からナイフを抜き腰だめに、イシュルに向かって突っ込む体勢に入っている。男の視線はまだ川縁にいたイシュルの位置を見ている。

 こいつら……。

 イシュルの視線の下を動く鉄球はこのままなら当たらない。だが右側の男がイシュルの動きを捉え、上斜めに鉄球の軌道を変えてきたらやばいことになる。男が手首を少し捻るだけで、鉄球の軌道は容易に変わるだろう。男が手首を捻る前に、ベルシュ家の指輪に触れることができるだろうか。

 そこでイシュルの横を、風の刃がもの凄い早さで現れはじめた。

 ナヤルか?

 早見の魔法ですべてが静止したように見える空間。その中を風の刃は異様な早さで形を成して飛び、鉄球から伸びる鎖を断ち切った。

 イシュルは早見の魔法を切り、小川の反対側に降り立つと同時、ボーラの男の首を風の魔力の塊で跳ね飛ばした。

 鉄球が川に落ち飛沫が上がる。イシュルは早見の指輪の再発動を抑える。

 視界を埋める水しぶきの向こうでナイフを構えた男がたたらを踏む。

 男が呆然とイシュルの方を見た瞬間、男が真っ赤に染まった。そしてズン、と低く重い音を残して跡形も無く消え去った。イシュルの周りを風がひと吹き、駆け抜けた。

 イシュルは血に染まった男が消えた空を仰いで、ひとつ大きく息を吐いた。

 危なかった。

 だがあいつは殺さなくてもよかったのに。しゃべるかどうか微妙だが聞きたいこともあったし、騎士団に引き渡してもよかった。

「ナヤル、ありがとう。助かった」 

 だが、イシュルはナヤルに感謝の言葉を伝えるだけにした。

「ごめんなさい。殺気も殺していたし魔法も使ってこなかったから、少し対応が遅れたの」

 ナヤルの声が耳許から聞こえてきた。

「それにしても剣さまの反応、早かったわね。……予想してたの?」

「ああ、なんとなく」

 襲撃主力に勝利し、こちらが油断したところを見計らって秘かに罠をしかけておく……。よくあるパターンだ。これはむしろ前世の経験が生きた。氾濫する数多(あまた)の小説や映画、ドラマに漫画……それらに触れてきた経験が生きた。

 しかし、あの距離でボーラを使ってくるとは。

 いや、ボーラというより昔の日本の分銅鎖に似ていたのではないか。

 イシュルは厳しい顔になって周囲を見渡した。

 他に異常はない。刺客はふたりだけだ。

「ひっ」

 イシュルと刺客の男たちより下流にいた男が、腰を抜かして震えている。

 尻餅をついて脅える男の前には、首を飛ばされた男の死体があった。

 イシュルは首のない死体に視線を落とした。

 ふたり組で片方が奇襲と牽制、もう片方がとどめの一撃。フゴの村長宅で襲ってきたふたり組に手口が似ている。あれは辺境伯でなくてビオナートが放った刺客だったのか。

 いや、大陸の裏社会には、国を跨いだ暗殺集団みたいなものがあってもおかしくはない。

 イシュルの正面にナヤルがすうっと薄く姿を現した。

 ナヤルも首のない死体に視線を向ける。

「なんだかんだいっても結局、一番恐ろしいのは人間ね」

 ふたり組の暗殺者は殺気を消し、魔法を一切使わなかった。だからこそナヤルはそう思ったのかもしれない。

 透けて見えるナヤルの向こうに、こちらへ駆けてくるピューリとラベナの姿が見えた。


 その後、イシュルはラベナらにミラやバスアルらを呼びに行ってもらい、自身は小川に落ちた鉄鍋や、ナヤルによって断ち切られた分胴鎖の鉄球を回収した。

 イシュルが刺客を返り討ちにした問題はミラの裁定で不問とされ、バスアルも了承した。了承せざるをえなかった。聖王家査察使で五公家のミラの決定に逆らうことはできなかった。

 バスアルは国王派である。ミラがいなければイシュルと刺客の戦闘を私闘とみなし、使節団護衛の傭兵の任を解き、イシュルを使節団から追放することもできたろう。

 ナヤルを話がこじれるからと出てこないようにしたせいか、バスアルはイシュルとふたりきりになると以前のような傲慢な態度をとった。

 ミラたちが現場から去った後も居残り、イシュルと一対一になる機会を狙っていたようだった。

 バスアルはイシュルとふたりきりになると露骨に威嚇してきた。

「この件は聖都に帰還後、国王陛下にお知らせする。覚悟しておけ」

 だがイシュルはそれを聞いて吹き出しそうになった。

「くっ、ふ……」

 イシュルは口許に手を当て、緩んだ顔でバスアルに言った。

「いいんじゃないか? ついでに昨晩の悪魔の襲撃の件も伝えると、国王陛下もよりお喜びになるだろう」

 イシュルはそこで笑顔を消すと冷たく言い放った。

「その前に、エストフォルまで無事帰ることができればいいんだがな。生きて帰れないと、ビオナートに報告できないぜ」

 聖石鉱山では、こいつらも実力をもって正義派を妨害してくるだろう。

「何?! 貴様、 へ、陛下を呼び捨てにするとは——」

 と、激昂するバスアルのからだを風の魔力で固め静かにすると、イシュルは彼に背を向け、鉄鍋をぶらさげエミリアたちのテントの方へ歩いて行った。

 首のない死体は山裾の脇に、雑役人夫たちの手で埋葬された。



 

 見渡す限り続く山々の連なり。

 東側には山頂が雪で白く覆われたより高い山々の峰が続いてる。その山々の最果てがやがて地平線に溶けて消えていく。西に目を転ずれば、少しずつ低く、柔らかくなっていく山々の稜線が、その先の平野に広がる霞に消えていく。

 見渡す限りの雄大な眺望だ。だがそれも毎日、数日も続けばひとは誰でも飽いてしまう。

 黒尖晶の襲撃から以降、イシュルに対する襲撃はもちろん、正義派に対するものもすべて、国王派の妨害はぴたりと止み鳴りを潜めた。

 ひたすら歩き続けても何の代わり映えもない景色の毎日に、時折襲ってくる悪魔の群れや火龍が、使節団の者たちの無聊を慰める唯一の刺激となった。 

 ただ、襲ってくる魔獣の退治もイシュルが手を出せばあっという間に終わってしまう。イシュルはナヤルにも言い含めて、傭兵のパーティや宮廷魔導師らに一撃二撃攻撃する間をわざと与えてから始末したり、悪魔の群れなら最後の一、二匹だけを残し、彼らに狩らせるように調整したりした。

 山嶺を目的地までずっと続く一本道は、幾つかの山脈に接続し、分岐し、ずっと北東へと向かっていた。

 その山の尾根をいく小道も、クレンベルを出発して六日目あたりからは少しずつ標高を下げていき、下り道が多くなっていった。

 山を下りはじめ周囲にも高木が増え、辺りの景色が変わりはじめた八日目、早朝から激しい雨になり、その日は一日休養日になった。使節団は前日からちょうど谷川の広い川縁に野営しており、当日もそのまま野営を続けることになった。

「外輪山とおっしゃいましたかしら?」

 ミラが薄暗いテントの中から、しとしとと降り続く雨を見ながら言った。

「……」

 イシュルは黙って頷いた。イシュルもぼんやりと雨を見ている。

「明日はいよいよ外輪山の内側に入ります。そこからは聖石鉱山のある内側の山まで、丸一日徹夜で歩き続ける強行軍になります」

 ミラは雨から視線をはずしイシュルに顔を向けた。

「ですから今日はお休みになってちょうどよかったですわ」

「……」

 イシュルはまた黙って頷いた。

 イシュルは左手、北の空に目をやった。木々の向こうに見える空は雨に煙り、二重カルデラの外輪山らしき山並みもそれらしき影も何も見えない。

 イシュルも顔をミラに向け、その奥に座るセルダにも一瞥して言った。

「黒尖晶の襲撃から、やつらは一度も仕掛けてこなかった」

 外輪山の内側は多数の魔獣が出没する。その一帯で待ち伏せはあり得ない。

「国王派は間違いなく、聖石鉱山に戦力を集中してくるだろう」

 黒尖晶とふたり組の刺客はもちろん、俺の暗殺が主目的であったろう。俺を殺せなければそれはそれ、俺の、特に対人戦闘における実力を計る、いわば威力偵察になる。

 以降は無駄な戦力を投入せず、全力を正義派が集結する聖石鉱山に投入する。相手は単純明快、割り切った思考をしている。

 この感触……。危険なやつ、と見なしていいだろう。

 毎晩小出しに攻撃し続けるのもこちらを疲労させるいい手だと思うが、俺の方にはナヤルもいるし、さすがの国王派もそこまで戦力は充実していないだろう。手持ちの戦力を無理に投入し続ければ、彼らの戦力も枯渇してしまいかねない。まさか黒尖晶のような者たちが何百、何千名といるわけではないだろう。

 危険なやつ、とは誰だろうか。黒尖晶の長(おさ)、現場の指揮官……。

 やはりビオナートなのか。

「フラージに着いたら、すぐに“ウーメオの舌”を見に行く。周囲の地形を確認させてくれ。そうしたらすぐに打ち合わせをしよう」

 現地に行ってみなければ、細かいことは何も決められない。

「わかりましたわ」

 と、ミラ。

「うん」

 セルダは頷くと、お茶の入った白磁に金筋の入った小さなカップを両手に飲んた。

 セルダはイシュルと目が合うと笑みをつくって言った。

「ミラのところへ来ると、雨の日でも温かいお茶が飲めるからいいね」

 イシュルも頷くと自分のお茶を口にした。茶は風味は薄いが、全身に染み渡る独特な温かみがある。

 ミラは少し首を横に傾け無言で微笑んでいる。

 今日は休養日ということで、ミラからお茶の誘いがあった。

 ミラは茶を温めるのにベルムラのものか、異国の趣(おもむき)のある変わった形の鉄瓶を持ってきていた。鉄瓶ならシャルカの魔力で火を起こさずに熱くできる。

 セルダは、イシュルらと話すことより温かいお茶が飲みたくて、ミラのテントに遊びに来たようだった。セルダは節度を守って親友のミラに甘えることなく、クレンベルを出てからずっと宮廷魔導師のテントで起居している。

「セルダ、他の宮廷魔導師らに変わった動きはなかった?」

 イシュルがセルダに質問した。

 残りの宮廷魔導師は三名、男は土魔法のベルナール・イアード、火のアッジョ・オルカール、女は風でダナ・ルビノーニ、みな十代後半から二十代前半で、ミラやセルダよりちょっと上だが若手で揃えられている。

 ミラの話ではみな正義派寄りの人物だということだったが、イシュルは彼らと顔を合わせてもお互い目礼をかわす程度で、あまりよく知らない。

「……うん。ぼくの知る範囲では問題なし。たぶんダナたちは頼めば協力してくれると思うよ?」

 それはそうだろうが……。

 夜間の動きはデシオら神官、バスアルら騎士団とともにナヤルに見張らせている。問題のデシオをはじめ、道中、これまで彼らに怪しい動きはなかった。

 デシオの件もある。味方であっても、完全に不安を拭い去ることができない状況だ。そこで他の宮廷魔導師らを味方に引き込んでも、もし万が一彼らが国王派だったら、いや、消極的な対応をされただけで、いざという時に混乱の度合いが増しかねない。

 “ウーメオの舌”で本物のふたつの紅玉石が合わさる時、俺が一番警戒しなければならないのは、敵味方が入り乱れて各個に戦う、敵か味方かわからない連中が乱入してくる、そんな混乱、混戦状態になることだ。いくらひとの動きや魔法の気配を読めるといっても、夜間の暗いところで敵味方を識別するのは困難を伴う。

 ただ味方を多くしても俺にとっては意味がない。当日は、暗夜でも気配で誰か見当がつく、ミラやエミリアたちだけで臨み人数をおさえ、内戦をコンパクトに絞って乱戦状態になる前に外線の敵方を一掃する、そんな戦い方が理想的だ。

「あれから国王派の襲撃もありませんし、やはりイシュルさまのおっしゃる通り、鉱山に着いてからですわね」

 あれから、というのは黒尖晶とふたり組の刺客の件だ。

 ミラはイシュルに顔を向けて言った。

「すべてが動きだすのは」

「ああ」

 イシュルは何とはなしに頷くと外を見やった。

 灰色の空に谷川の対岸を覆う深い緑。谷川の水は暗く濁って流れを早めている。

 イシュルは森の奥、遠くで複数の風の魔法の煌めきと空気の震動を感じた。ナヤルが野営地に近づく魔獣を退治しているのだ。感じからすると小物だ。赤目狼か少悪鬼(コボルト)の群れあたりだろう。

 ミラやセルダ、シャルカさえも反応しない。おそらく気づいたのは俺だけだ。

 標高が下がり周囲に木々が多くなると、魔獣の出没も増え出した。二重カルデラにも近づいている。

 雲が厚く低い。だが雨脚は少しずつ弱くなってきている。

 このままうまくいけば夕方には止むだろう。

 火を起こすのに苦労しそうだが、晩飯はなんとか温かいものが食えるだろう。

 ……すべて、か。

 イシュルは心の中でミラの言葉を反芻した。

 いや、心の中でただ、漠然と呟いただけだった。


 その夜、見張り番だったイシュルが焚き火の前で漠然と座っていると、背後のテントからエミリアが出てきてイシュルの横に座った。

 彼女は無音で気配を消し、すっとイシュルの横に忍び寄ってきた。

「もう交替の時間?」

 イシュルがエミリアの方を向いて声をかけると彼女は薄く笑って首を横に振った。

 周囲にはグループごとに焚き火がたかれているが、火勢が弱く、炎が小さく暗いところが多い。昼間の雨で荷馬で運んできた薪が湿ってしまい、どこも火を起こすのに苦労していた。

 イシュルは割当られた薪の束を風の魔力の壁で囲み、かるく風を吹かして湿気を飛ばした。宮廷魔導師のテントの方からは、時々派手に炎が吹き上がっていた。火の魔法を使い力づくで焚き火の火を起こしているようだった。

 宮廷魔導師たちは何か慣習や掟のようなものでもあるのか、普段の生活で自身の魔法を便利使いするのを厭う傾向がある。自分の魔法は主君である王や自家の当主のため、自分を守り誰かを助け、戦うためにこそ使うものである、との考えを固持している者が多い。

 かつてマーヤたちとフゴに向かう時も、マーヤは焚き火を起こすのに火の魔法を使うことが少なかった。今日のように雨が降った時、周囲に湿った枝葉しかない時、そんな時しか使わなかった。ニナにしても同じである。衣服や食器を洗う時も、泉や小川など水場で洗い、どうしても、という時しか水球を出したりはしなかった。

 ただミラは外見はお高くとまっているが、割合に自身の魔法を便利使いする。お茶を温めるのに金(かね)の魔法をよく使っている。

 エミリアたち影働きの者たちも、どちらかというとミラの方に近いだろうか。それほど魔法の使用に拘りがある感じではない。

「あのね、もう少しで聖石鉱山に着くでしょ。だからイシュルにだけは話しておこうと思って」

 少し惚けていたのか、焚き火のゆらめく炎をぼんやりと見ていたイシュルは、はっとした顔になってエミリアに顔を向けた。

「少し眠たそう……。今、大丈夫かな?」

「ああ、大丈夫」

 イシュルが何度も頷き、取り繕うようにして答えると、エミリアはイシュルにからだを寄せてきて、囁くような小声になって話しはじめた。

「わたしの持ってる紅玉石なんだけど」

 彼女は胸に隠し持つ革袋を服の上から握りしめた。

「これ、本物なんだ」

 !!

 イシュルは驚愕に目を見開いた。

「なっ……」

 エミリアはくすっと小さく笑うと話を続けた。

「カハールから向かっている傭兵のパーティに妹のエンドラがいるんだけど、もう片方の本物の紅玉石は彼女が持っているのよ」

「それは……」

 まさか、エミリアが本物を持っていたとは……。

 ミラは自分の持っているものは偽物だと教えてくれた。だから、セルダあたりが本物を持っているかと睨んでいたのだが。

 エミリアはクレンベルに来てから国王派と思われる同業者から襲われている。彼女やエンドラが本物を所持するのが一番危険なのではないか。もちろん、みなそういう考えを持つだろうから逆に彼女らが本物を持たされた、とも考えられるが、それにしても……。

「わたしが持っているこの革袋は見た目は何でもないものだけど」

 エミリアは胸元から首から下げている小さな革袋を出してきた。あの時、神殿でイシュルに見せてきたものだ。

「これでも、精霊神の貴重な魔法具なのよ。この袋の口から入れられる大きさなら何でも隠せるの。それも複数の物を、何度でも。そして、この袋に入れる時に唱えた呪文と同じ呪文を唱えないと、その物を取り出せないの」

 なるほど……。

「金貨でも宝石でもいくつでも入れられて取り出せるのか」

「実際には呪文の数が増えて憶えられなくなるから、ほどほどの数になるけどね」

 そうか、入れるものごとに違う呪文、いわばパスワードが必要になるわけか。

「確かに貴重品入れとして充分に使えると思うけど、もしその布袋を破いたらどうなる?」

 革袋はかなり小さいし、いくら物を入れても膨らまない。何も入っていないように見える。小さな物であれば隠し持つのに適していると言える。

 エミリアは微笑んで、もちろんわかるでしょ、といった感じの表情をすると言った。

「破けば、魔法具は壊れて中に入れたものは消えてなくなり、二度と取り出せなくなるわ」

「ふふ、なるほど。確かに精霊神の魔法具、だな」 

「だからわたしを生かして捕らえて拷問でもかけなきゃ、この小袋から紅玉石は取り出せないわ。わたしが最後まで耐え切ったら、紅玉石は守られる。わたしは死んじゃうだろうけど」

 それはそうだが……。ただ、実はデシオや彼のお付きの神官らが本物を持っていた、などという最悪の事態よりは気を揉まずにすむのは確かだ。

 もしデシオらが本物の紅玉石を持っていたら? デシオが裏切り者だったら? そうなると最も大きな懸案事項になってしまうところだったが、これでそのことにあれこれと悩み、考えをめぐらす必要はなくなった。

「わかった」

 イシュルは思い詰めた目付きになってエミリアに言った。

「大丈夫よ、今まで通りで。わたしにつきっきりになったら相手方に悟られるかもしれないし、あの公爵家の娘さんも怒っちゃうでしょ?」

 エミリアはイシュルの緊張した心をほぐそうとしたのか、明るい声で冗談を言ってきた。

「それより、今からこの袋から紅玉石を取り出す呪文を教えるね」

 あくまでエミリアは明るい表情を崩さない。

「この呪文はエンドラとクート、多分あと数人しか知らないわ」

「それは……」

 エミリア、おまえ……。

「イシュルには知っておいて欲しいのよ。あなたは一番強い。どんなことがあっても、あなただけは生き残ると思うから」

 確かにその通りだ。しかし。

「袋を握って、精霊神よ、生まれも知らぬ我が請う。かのものを成さしめ給え。って唱えるの」

「……」

 それを聞いたイシュルは厳しい顔つきになった。

 生まれも知らぬ、とはエミリア姉妹のことだろう。それがいわば暗号になるわけだ。彼女らの生い立ちを知らぬ者にはわかりようがない。

「エミリアは神殿の孤児院育ちか」

「そう。親の顔も知らないの」

 エミリアは微笑む。

 イシュルはエリスタールで保護した子どもたちのことを思い出した。

 聖堂教会の街中の神殿では、孤児院が併設されているところが多い。もしくは神殿長が、街のギルドや有力者とともに共同で経営している場合もある。

 孤児院で育てられた子どもたちは、どこかの家にもらわれていくか、出資しているギルドに所属する職人になったりする。稀にだが頭の出来のいい子は神官見習いになって、神官を目指すこともある。

 さらに……。

「わたしもエンドラも子どもの頃はやんちゃでさ……、イシュルもわかるでしょう?」

「ああ」

 イシュルは遠く、目の前をゆらめく炎の先の暗闇を見つめた。

 小さな頃からはしこい、機転がきき、活発で敏捷な子どもたちは特に選ばれて、紫尖晶のような教会に付属する影働きの修練を積むことになる。

「この仕事が終わったら、わたしとエンドラは特別に許されて正式な神官になって、聖王国内かよその国の神殿に赴任することになってるの。もちろん内々にだけど、ウルトゥーロ・バリオーニ二世猊下に直接お目見えしてね、妹とふたり、いっしょに赴任させてくれるって、お話してくださったの」

 エミリアはその時に、本物の紅玉石と革袋を渡されたのだという。

 エミリアは微笑んで、夢見るような顔になって言った。

「たぶん、どこか田舎の小さな神殿だと思うんだけど、それでもいいんだ。神殿に赴任したらかならず、わたしは妹といっしょに孤児院をやる、って決めてるの」

「そうか……」

「孤児院にいた時は嫌な事もあったけど、楽しいこともたくさんあったから。やさしい神官さまもいたのよ。だからわたしも、たくさんの親のいない子どもたちの世話をしてあげるの」

 エミリアの素晴らしい言葉。

 だが彼女はそこで表情をあらためた。

「だから、ビオナートが聖堂教も聖王家も、両方とも自分のものにして大陸を支配しよう、なんてことになったら困るのよ。戦乱の世にされては困るの」

「そうだな」

 エミリアが俺を見てくる。

「紅玉石はふたつ揃わないと意味がない。どちらかひとつ、わたしたちが持っていればビオナートは何もできないわ。だから心配しないで。もしもの時は、あなたが持って」

 エミリアは顔を寄せてきた。

 そして囁いた。

「あなたが紅玉石を持っていれば、わたしたちは絶対に負けない。だってあなたはこの世で一番強いから」 

 

 晴れた空に野鳥の鳴く声が聞こえる。

 翌日、半日ほども緩やかな山道を下ると、木々の間から大きな岩山の連なりが見えてきた。緑の間から垣間見える灰色の山肌は、かなり近くに感じられる。

 いよいよ聖石鉱山のある二重カルデラ、その外輪山にたどり着いたのだ。

 イシュルは秘かに唇を噛み締めた。

 あの山の向こうには、多くの者たちの野望と欲望、そして希望が渦を巻いている。

 

 

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