フゴへ、点景、あるいは魔獣殺し 2



「これはイシュル殿。いかがしたかな?」

 大精霊が話しかけてきた。昨日と同じく心の内に響いてくる感じだ。他の者には聞こえていないだろう。

 マーヤがなぜ彼の名を知っていて、その複雑な名をあんなにすらすらと言えてしまうのか、今すぐにでも問いつめたいんだが。

 ここはぐっとこらえてその件は後回しにする。

 イシュルは目線を牙猪の群れの方に向け、大精霊に言った。

「あれを退治してくれ」

 カルリルトスは後ろを振り向きイシュルの目線の先を見た。

「ふむ、あれかね?」

「ああ」

 大精霊は今ひとつ気をそがれたような感じだ。あまりやる気がなさそうな。

「わかった」 

 彼はこちらを向いたまま、矛を片手で持ち後ろへかるく薙ぐ感じで一閃、牙猪の方に見向きもしない。

 矛が僅かに上向いた、薙いだ先に大きな半円状の、魔力でぎしぎしに固めた巨大な風の刃が現れる。刃の両端は川の両側の木々の奥まで伸びていた。

 平べったい半円状の、ブーメランにも似た形状の風の刃は形を成した瞬間、猛スピードで前方に進みはじめる。

 特大の風の刃は音もなく現れ、周りにもほとんど風が吹かなかった。

 やはり「外」からだ……。

 魔力も「風」も、精霊界から呼びよせた、ということなのだろうか。

 風の刃は下の川の水面を押さえつけ、両側に生える木々を何の抵抗もなくすぱっと斬り倒し牙猪の群れの方へ向かって飛んでいく。

 木々の幹や枝が折れ、倒れ込むバサバサと乱雑な音が後に残される。風の刃自体からはほとんど何も聞こえてこない。微かな風切り音くらいは出ているかもしれない。

 先の方へ突き進んでいく風の刃は距離があるのでなんとか目で追っていけるが、その速度はどう見ても機銃弾やミサイル並の早さがあるだろう。

 そして切られた両岸の木々が倒れ込む先に、大きな真っ赤な血煙が上がった。

 牙猪の群れはそれで終わりだった。彼らには何が起こったかもわからなかったろう。

 風の刃はその後も直進し、遥か先の方まで木々を倒し続けやがて音なく静かに消えた。遠くの空に倒された木々の枝葉と土煙がもわっと上がっているのが見える。

「よろしいかな」

 風の大精霊は後ろを振り向きもせず、呆然として言葉もないイシュルに話しかけてきた。

「あ、ああ」

 マーヤたちも無言で固まっている。

 これが大精霊の力か。

「剣殿。決して文句を申すわけではないが、我を呼び出すのなら、もう少し骨のある相手の時にしてもらいたいものだ」

 大精霊が唇の片方をくいっとあげ、笑みを浮かべて言ってきた。

「あ、ああ。わかった。今度からそうする」

「うむ。ではまた」

 彼はひとつ頷くと、昨晩のようにまたあっさりと姿を消した。身のまわりを微風が通り抜けていく。

 一同、しばらくのあいだ身動きひとつせず、誰も声を発しない。

「あ、ああああ」

 ニナが一番はじめに口を開いたが、何を言いたいのかわからない。

「さ、さすがは大精霊。イシュルなみの凄さ」

 マーヤが感無量、といった感じだ。めずらしい。

「いや、恐れいった。さすがはイシュル殿。まるで神話かお伽話の世界にいるような感じだ」

 と、アイラ。彼女にも見えたか、わかったらしい。

「う、うん……」

 じゃなくて。

「じゃなくて、マーヤ、おまえなんであの精霊の名前を知っているんだ?」

 それになんでつっかえずにさらりと言えちゃうの?

「ん?」

 マーヤが首を傾けイシュルを見上げてきた。


 その後、イシュルたちは間道に戻るまで大変な目に合うことになった。大精霊のかるい一閃で川縁に倒された木々、その幹と枝葉が幾重にも折り重なって、イシュルたちの行く手を塞いだためだ。

 ひとが先に進むのも難渋するのに、大精霊の放った特大の風の刃で繋いであった木の幹が倒れ、あやうく死にそうになった荷馬が脅えてしまい、馬の扱いに慣れたアイラがなんとかなだめすかし、皆で協力して必死の思いで彼を間道まで引き戻すはめになった。

 随分と時間をかけ、間道に戻った時には皆疲労困憊だった。

 肩を落としため息を吐いたイシュルに、さきほど大精霊を直に目にした感動もどこにいったか、マーヤがうんざりした口調で言った。

「ほんとにばかだね、イシュル」

 だが、その顔には笑顔が浮かんでいた。

 




 太古の、はるかな大昔、風の国を治めていた風の神、イヴェダはある日、主神ヘレスから相談を受けた。

 ヘレスが言うには、火の国を治めていた火神バルヘルがとても乱暴者で、水の神や地の神が治めていた国々にたびたび悪さをはたらき、彼らから何とかしてくれと泣きつかれ、困っているのだという。

 イヴェダは、わたしが何とかしましょうとヘレスに答え、自らバルヘルを諌めることにした。

 彼女はさっそく火の国に乗り込んでバルヘルに直談判しようとしたが、まわりの家臣がそれを止めてきた。家臣たちはイヴェダ自身が火の国に行く前に、まず使者を立てて、バルヘルにイヴェダさまの意を伝えましょう、と言った。

 家臣たちは、いきなりイヴェダ自らが火の国に赴くと、相手にかるく見られ侮られるとその理由を説明したが、本音は別のところにあり、いきなりイヴェダがバルヘルと会って、もし話し合いが物別れに終り互いに争うことになれば、地が割れ空が裂けて一大事になると心配したのだった。

 イヴェダは家臣どもの申し出を受け入れ、バルヘルに使者を遣わすことにした。

 使者はイヴェダの臣下の中から弁の立つ聡い者が選ばれ、火の国に赴きバルヘルと面会したが、バルヘルは使者の弁を是とせず、使者を無数の炎が渦巻く彼の神殿の奥へと案内し、その一画に轟々と燃え立つ青い業火を見せた。

 バルヘルはその使者に、この地の底から立ちのぼってくる青い火が予を狂わせるのだ、と言った。この炎はバルヘルの命さえ聞かず、彼にも消すことができないのだという。バルヘルはそなたは風の国の者だから消せるのではないか、と問うてきたが、使者はこの青い火は冥界から、月神レーリアが熾した火だと察して、この火はわたくしには消せませぬ、とバルヘルに答え、一度風の国に戻り主に相談するとバルヘルに告げ、風の国に帰ることにした。

 イヴェダは帰ってきた使者の話を聞くと、ならやはりわたし自ら火の国に赴こう、と言った。レーリアが熾した火を、イヴェダ以外のいったい誰が消すことができようか。

 そこで、意気込む彼女の前に家臣のひとりが進み出で、名乗りをあげた。そのお役目をぜひわたしに、と。

 その者はイヴェダを側近くにて守護する、彼女の家臣の中でも指折りの剛の者であった。彼はイヴェダから許しを受けるとすぐに火の国に向かい、バルヘルと面会し、かの神殿の奥深くに燃え立つレーリアの業火を、おのれの持つ大矛のひと振りで見事に消し去った。

 その者の名こそ、カルリルトス・アルルツァリ、かの大精霊であった。


 イシュルは目の前の焚き火に細かく折った枝を差し入れ、かるくひと吹き風を吹き入れた。炎がぱちぱちと鳴り、微かに火の粉が宙を舞う。

 マーヤたちはみな眠っている。今はイシュルが見張り番である。

 ……その後はめでたしめでたし、言わずもがな、だ。

 この話はマーヤが幼いころに読んだ、子ども向けの書物にかかれていた神話のひとつだという。彼女はこの話が気に入って、何度も読み返し、話の内容も、かの大精霊の名前も自然と覚えてしまった、ということだった。

 この物語は聖堂教の聖典に書かれている創世神話とつじつまが合わない部分があるが、この手の聖堂教の聖典と話の内容が矛盾する神話は有名無名、数多く存在する。大方、聖堂教が成立する以前の古いもので占められ、別にめずらしいものではない。

 ただなんの偶然か、物語の内容がなんとなく今の自分と赤帝龍、レーリアとの係わりを暗示しているようで、気にならないでもない。

 エリスタールの貧民窟で出会ったあの美しい女神官、彼女が実在しないと知ったとき。男爵家を滅ぼし、フロンテーラに向かう道中で接触してきたメリリャの姿に化けた月神、レーリアらしき者。そしてあの大精霊が登場するいわくありげな古い物語。

 もう俺は、彼らの世界にこの身を深く沈めてしまっているのかもしれない。

 イシュルは焚き火の炎のゆらめきを見つめた。

 月神の業火か……。

 

 間道に入って五日目の夜。

 風の大精霊の力を目にしたあの日から丸二日、魔獣と遭遇することも、夜間の襲撃もぱたりと止んで、短いが平穏な旅路を進むことになった。

 イシュルは大精霊を召還した二日前の夜の見張りの時間から、自らの魔法の能力を向上させるべく独自の訓練をはじめた。

 カルリルトス・アルルツァリ、彼の力量を目の当たりにしたことも刺激になったが、赤帝龍とどう戦うか、赤帝龍にいかにして勝つか、想定を重ね作戦を練る一方、自らの魔力をいかにうまく使っていくか、力量を、強さそのものを上げていくことも重要だと思ったからだ。

 風の大精霊は、おそらくニナの契約精霊も、「外」からやって来て、「外」から引き入れ、あるいは呼び込むようにして魔法を使ってきた。「外」とは精霊の住む精霊界、あるいは神々の住む世界なのだろう。先日、まだ明るさの残っていた陽のもとで、間近で見ることができた赤目狼に放ったマーヤの火球、あの異様な火力、あの力の源も同じところから来ているのではないだろうか。

 自分の魔力そのものも同じ所から、風の魔法具に供給されているのかもしれない。それが自身と一体化しているために、自身の内側から湧き上がり、吹き上がってくるように感じているのかもしれない。

 ただ自分が魔法を実行する時、その魔力を使うときは、今の段階では「外」から引き込むことができない。この世界の魔法、呪文や術、業を知らないからだ。ずっと自分なりの感覚と考えで魔力を発動、展開してそれらしきものを開発してきた。

 当分は今までのやり方でやって行き、力をつけていくしかないのだ。

 そして今夜も、イシュルは自分の見張りの番がくると、秘かに訓練をはじめた。

 焚き火の前で仰向けになり、夜空を見上げ、視界いっぱいに魔力を展開していく。

 魔力を展開しながらマーヤやニナの方にちらりと目をやる。かなり大規模に魔法を使うので彼女たちが起きてしまわないか、一抹の不安がある。

 イシュルはまず準備運動がわりに自身の上空で、数百の加圧した空気球をいっきに、同時につくっていく。加圧の度合いもそれほどのものではなく小さな空気球だが、さすがに数が多いので負担が大きい。 

 最初にこの訓練をはじめた時には、まるで自分の神経が華道で使う剣山、それも無数の——で、えぐられるような苦痛を覚えたが、それも二度三度と繰り返すうちに慣れてきた。

 続いて上空に浮かぶ三百ほどの空気球を涙滴型、涙のしずくのような形に、そして紡錘形へと変形させていく。

 これまで空気球をつくる時は単純に球体をイメージしていたが、当然その球体を紡錘形にした方が加速が早く、軌道も安定する。もし直線的に対象に当てるのなら球体よりも紡錘形にした方が威力が増し、有効な筈である。ただ、対象によっては誘導弾のように調節しながら当てる場合もある。その時は紡錘形がかならずしも適した形とはいえない。

 早く動く相手、赤目狼や加速の魔法を使う者が標的になる場合はどうしても空気球を直線的に当てるのは難しくなるので、その時は従来どおりの球体で。城塞や、そう、おそらく赤帝龍のような大きな標的には紡錘形の空気球で目一杯加速して、空気球の進行方向後方を絞り、前方に強く力が働くよう破裂させるのが有効になるだろう。

 円錐や多角錐、砲弾型も考えたが、形を維持するのもコントロールするのもより神経を使うし、魔力で操ろうとすると、形態そのものがやはり金属などの固体により適しているのだと、強く実感させられてしまう。感覚的にそう訴えてくる。というわけで、現状で挑戦するのはやめておくことにした。それにかならずしも、攻撃対象を貫通することが主目的ではない。

 イシュルは紡錘形に成形した空気球をすべて同時に、上空へいっきに加速させ、自らのコントロールの離れるぎりぎり手前、五百長歩(三百五十〜四百メートル)を越えたあたりで各球の下部と側面を抑え、上部から大きな破裂音がしないようにゆっくりと減圧、消滅させていった。

 そしてイシュルはこれを数回繰り返えしていく。

 少しずつ摩耗していく精神力。めくれ、剝離していく集中力にやがて無数の突起、触手のようなものが姿を現し、心に触れてきて、無数の穴をあけ蝕んでいく。

 イシュルは息をひとつ吐くと、集中を解き、自身の心を蝕んでいく複雑な何かを遮断した。

 ひと息入れたら次に移ろう……。

 イシュルが上半身を起こし、ぼんやりと樹間に目を遊ばせた時、遠くの空にそれが見えた。

 思わず立ち上がり、より視界の広い方へ移動する。木々の間の小さな草原の向こうに、二匹の火龍が空を飛んでいくのが見えた。

 新月へと近づき、よりその輝きを細めていく下弦の月の弱い光に、蝙蝠に似た形の翼を広げ、首と尾を水平に伸ばした二匹の龍のシルエット。西の方へ向かっている。よくわからないが番いだろうか。

 これでここ二日ほど、付近に魔獣の姿が消えた意味がわかったような気がする。

 火龍の強さは他の魔獣と比べ段違いだ。火龍が現れれば弱いものはみな身を潜め、他所へ移動していく。あの二匹の龍が周辺にいる魔獣をおとなしくさせ、他所へ移動させていたのだろう。

 火龍が二匹か。

 それなりに歯ごたえがありそうで力試しには悪くないが、かなり距離がある。風の魔法のアシストをつけて追いかければ何とかなるだろうが、持ち場を離れるわけにもいかない。

 あきらめるか。

 イシュルはみんなが囲むようにして寝ている焚き火の方へ戻り、仰向けに横になっていた場所に腰を降ろした。

 その時、火龍がどういうわけか夜空に雄叫びをあげた。高い悲鳴のような高音と獰猛な低いうなり声の混ざりあった、あの特徴的な鳴き声だ。続いて二匹目も。

 獲物を見つけたのか、これから着地してひと休みするのに、邪魔な魔獣を追い払ったのか。

 火龍の鳴き声でみながいっせいに飛び起きる。近くの木に繋いであった荷馬が突然高い声で嘶いた。前足で地面を引っ掻きほじりはじめる。

 馬の嘶きの方がむしろびっくりだ。居もしない仲間にでも知らせているつもりか? 

「火龍……」 

「!!」

「あうあうあう」

 飛び起きた女性陣も三者三様だ。

 寝ぼけ眼にのんびり魔法の杖を構えるマーヤ。跳ねるように飛び起き、すかさず剣を取るアイラ。慌てふためき魔法の杖をお手玉するニナ。

 自分の感知範囲にあの二匹が入ってくる。

 馬だ……。彼の嘶きがやつらに聞こえてしまったらしい。

 イシュルはまた木々の切れ間の見通しの良いところへ出た。今度は空を飛ぶ二匹の正面のシルエット。明らかにこちらに近づいてくる。

 イシュルは追いかけてきたマーヤたちに振り向いて、誰にともなく言った。

「あれは俺がやる」

 赤帝龍に勝つために大精霊の召還に続いて考え、ここ数日取り組んできた新しい工夫、それを試すいい機会だ。

 イシュルはまず頭上に自身とマーヤたちを守るための空気の壁をつくり、続いてその上空、自分の魔力の届くぎりぎりの位置に、五十あまりの風の渦巻きを一気につくった。回転するファンをイメージして、自身を中心とした半球体、ドーム状の曲面に沿うようにして配置する。

 ドーム状に配置された風の渦巻きは外からその内側へ強制的に空気を送り込んでいく。

 これでイシュルの魔力の「手」が届かない、さらに外側の空気も風も、自らの力で集めることができるようになった。

 イシュルはひと息おくと、そのすぐ内側の空気を丸ごと「つかみ」、ピストンで押しさげるような感覚で一気に圧縮した。それをふたつの強力な空気球にまとめる。その後を追うように、気圧差を埋めようと周りから異常な強風が吹き込む。ドーム状に配置された渦巻きはそのスピードをさらに上げてより多くの風を取り込んでいく。

 二回目に圧縮した空気球はさきほどまで練習していた紡錘形に成型していく。

 イシュルたちの上空には今まで誰も聞いたことも見たことも、感じたこともない、奇妙に整った風の轟音の重なりと、悲鳴のような高音を鳴らす風のうごめき、異様な力と規模で空気が合わさり引き裂かれ続ける不気味な気配が充満した。

 より人工的に、機械的に制御されていく夜空の風の動き。

「なに? 何が起こっているの」

 夜空を見上げるマーヤの不審な叫びが、風鳴りを通して微かに聞こえてくる。

 アイラも、近づいてくる火龍を無視して呆然と、無言で空を見上げている。

 ニナは緊張した面持ちでイシュルを、空を交互に見やって、頭を上下にせわしなく動かしている。

 彼女らには特に不可解に、不気味に感じられたろう。

 頭上に展開される風の動きが自分の知る、感じる魔法によるものではないと彼女らの直感が訴えかけてくるのだ。

 イシュルの頭上の夜空には、従来の魔法とは違う目に見えない大規模な、機械仕掛けの魔法が動いていた。

 そこに魔法使いや精霊の使う魔法のような洗練はない。武骨で歪な、魔法の機械仕掛け。

 だがそれでも……。

 イシュルたちに近づいてきた二匹の火龍は上空で大きくその翼をはばたき、スピードを落とした。二匹とも一瞬こちらを窺うような仕草をすると、反転して逃走しはじめる。

 火龍が逃げ出すとはな。彼らも異常を、危険を察知したのだろう。

 だが、もう遅い。

 イシュルは最初につくった空気球を二匹の火龍にぶつけた。おのおのの片方の翼に。

 従来よりも強力に圧縮された空気球は火龍の片翼をかるく吹っ飛ばし、二匹とも身を大きく振るわすとまたたく間に失速して、くるくると回転しながら地面に落下していく。

 木々の向こうから、ドン、と彼らが地上に激突した音が響いた。

 イシュルは微かに笑みを浮かべると、上空に待機しておいた紡錘形の空気球を、地上に落下した火龍に向けて加速しはじめる。

 やつらはまだ生きている。弱ったからだを後ろ足で持ち上げようともがいているのが伝わってくる。

 第二の空気球が火龍を粉砕した。

 林間に大きな爆発が二度、連続して起こる。

 イシュルたちの足許を振動が、面前を木々の間を抜けてきた爆風が吹き抜ける。

 木々の向こう側から大きな土煙が上がった。土煙には龍の鱗の破片が混じっているのか、淡い月の光を受けてきらきらと光るものが混じり夜空を舞っていた。


 マーヤたちを後に残し、イシュルはひとり木々の間を抜け、火龍の落下した場所へ向かった。

 イシュルは辺りを霧のように覆う塵埃をかるく吹き飛ばしながら、草木を掻き分け進んでいく。

 木々の間から、すり鉢状に地面が掘り起こされ、なぎ倒された木々が見えた。夜だったからだろうか。火龍の死体は、その肉片さえも見つけることができなかった。

 火龍は消えてしまった。

 

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